襲撃者

「いいか二人とも、すぐに何か武装をリフトで射出する、受け取って撃破するんだ」

「わかったから早くしてくれ!避けるだけでもいっぱいいっぱいなんだからよ!」


 双刃刀ツインブレード持ちは執拗しつように俺に向かってその巨大な刃を振り回してくる。全て回避することは出来ず、全身の装甲が傷ついていく。


「このままじゃ……うぉ!?」


 一瞬リフトを確認して視線を逸らしたその瞬間、頭上から叩きつけられた一撃が両腕で咄嗟にガードしたとはいえ、まともにくらってしまい、月面に叩きつけられる。だがその時、リフトから何かが射出されたのを瞬間的に視界で捉えた。


「これでトドメだ!」

「いけよぉぉぉ!!」


 俺は全身のスラスターを噴かして急加速、ヤツの攻撃を避けて射出された武器に一直線に向かっていく。手に取ったその武器は一本の太刀と長距離砲ライフル。俺はライフルをエマに投げて渡すと、一転して敵に向かって加速する。


「エマ!援護頼む!」

「わかったわ、射線上には入らないでよ」


 彼女の射撃を避ける敵の方向に回り込んで太刀による斬撃をお見舞いしてやる。しかし何度攻撃してもそれを受け止められてしまう。どうにも俺の速さじゃコイツには通用しないみたいだ。


「どうすれば……戦った事なんかねぇから……こういう時どうすればいいか、わっかんねぇ!!」

「アイキ!全身にある小型のスラスターをもっと使って!」

「小型の……!?そうか!!」


 俺は腕の各部スラスターを噴かし、太刀を振る速度を瞬間的に加速させる。するとかすりもしなかった斬撃が敵の肩に直撃する。直撃を受けて動きが鈍った瞬間、ヤツの足の装甲がエマの銃弾で弾け飛ぶ。


「撤退命令……くっ……」


 再び互いの剣が交わった時、接触回線で声が聞こえてくる。若い男の声だ。だが声が聞こえた直後にヤツは俺の太刀を振り払い、急加速して俺から離れていく。


「おい!待ちやがれ!!」

「待てアイキ、追わなくていい」

「なんで!?色々見られたんだから返しちゃマズいだろ!」

「いや問題ない、先ほどこちらで他都市の内通者を捕らえた、これから尋問するところだ」


 内通者……つまりこの計画の事は、そいつのいる都市には漏れているって考えた方が良いってことか。まだ計画も始まってすらいないのにどうしてこうなるかな。


 リフトを降りて格納庫に戻ると、そこには白衣を着た男が手錠を付けられて地面に転がっていた。尋問を繰り返した結果わかったのは月面の第三の都市と呼ばれている都市「アポロ」と繋がっているということ。俺たちの技術や計画はほとんどがアポロに流されたこと。そして俺たちを襲撃した男の正体も吐いた。


「アルフレッド・ツェンダー……それがあのアクティブスーツのパイロットか」

「いや、あれはもはや旧世代のアクティブスーツと呼べるものではないだろう、我々と同じ技術を使っているのだ、ストライカースーツと呼称した方が自然だろう」

「なるほど……それでどうするんだ」

「計画は続行する、だが実行するのは先送りにする」

「それが賢明ね、じゃあ今日はもう疲れたから休ませてもらうわ」


 既にスーツを脱いだエマは上の階に戻ろうとリフトに乗り込んだところについて行き、俺も急いでスーツを脱いでリフトに乗り込む。するといまだに内通者の尋問をしているオスカーが俺たちに向かってカードを投げてくる。俺たち二人は一人一枚カードを受け取ってまじまじとカードを見る。


「なんだこれ?」

「それをリフトの操作盤にかざしたまえ、その先はキミたちの自由に使ってくれて構わない」


 彼の言う通りカードをかざすと、リフトは上層に向かって動き出すが、一階上にすすむ途中で停止して縦移動から横移動し始めた。そうして辿り着いたさきにあったのは十二畳ほどの広さのワンルームの部屋。見渡せば二段式のベットや簡易的な洗面台、個室のシャワールームにトイレと寝泊りするだけなら不自由し無さそうな部屋だった。


「ここ使えって言ってたか?」

「私はここを使うわ、少なくとも私の部屋より住み心地はいいわ」

「へぇ……じゃあ俺は遠慮しとくかな」

「どうして?」

「いや、それはあれだ……」


 女と一緒の部屋に寝泊りするなんて無理に決まっている。相手が相手なだけあって色々と耐えられそうにないからな。しかし部屋から出ていこうとした俺の腕を彼女は後ろから掴んできた。


「何を気にしているのかは察しがつくわ、だったらこれでどう?」

「なっ……!?」


 彼女は俺の手を自分の胸へと持っていく。手のひらに伝わる柔らかくふくよかな感触は、まだ女を知らない俺の理性を吹き飛ばすのには十分だった。俺がもう一方の手を彼女の肩にかけて、その体を押し倒そうとしたその時、なぜか仰向けに倒れていたのは俺だった。


「どう?こういう力関係だってわかっていれば変な気も起きないでしょ?」

「え……あ、あれ……?」

「あら、突然過ぎてボケちゃったかしら、つまりは生身では私の方が強いんだから、襲う事なんて出来ないわよってこと、だからここに住みなさいよ」


 ようやく状況がつかめてきた。つまりエマは俺が襲うシチュエーションを作るためにわざと胸を触らせて、俺が彼女を襲おうとした瞬間になんらかの方法で俺を地に伏せさせたと……あんまりにも強引だ。


「だが、なんでそんな一緒に住むことにこだわってるんだ、その、胸まで触らせてさ」

「これから生死を共にする相手なんだもの、どんな人間なのか把握したいし、長い時間を過ごせば息も合ってくるでしょ」


 なるほど、単に計画の為か。と肩を下げる。どうやら下心があったのは俺の方だけらしい。もしかしたら俺に最初に向けてきた笑みも、その性格の把握の為にやっていたのか、そう考えたらなんだか手のひらで踊らされていたような感じがして無性にくやしい。


「そういえば計画のこと以外は説明受けてなかったわね、食事とか作っていいのかしら」

「良いんじゃないか、でも台所がないな……」

「確か施設の食堂があったわね、聞いてきましょう」

「それなら俺も行くよ、多分オッケーしてくれるから」


 この建物……正しくは研究所ビルの事はよく知っている。ここの食堂は安くてうまい事から社員や研究員から高い評判を得ている。この食堂のご飯を食べて入社を決めた社員もいるくらいで、俺も幼少の頃からよく食べに来たものだ。


「おばちゃん、久しぶり」

「ん?あっらまぁアイキくんじゃないの~ひっさしぶりねえ~いつものでいいかい?」

「あーいや、ちょっと今日は頼みがあってさ」


 食堂の厨房で出迎えてくれたのは割烹着かっぽうぎに身をつつんだアラフォーのあばちゃんだ。おばちゃんに事のいきさつを話すと快く快諾してくれた。その代わり料理はみんなの夕飯のまかないに出してほしいとのこと。厨房の奥に入っていくとそこにいたのは十人ほどのおばちゃん達と、その中ではかなり異彩を放っている赤毛ポニーテールの女が一人。


「あ、アーくんじゃん!おっひさしぃ~!」

「アビー!お前いつからここにいるんだ!?」

「つい最近ここで働くことになったんだ~!すごいでしょ!」


 赤毛のポニーテールは俺の一つ年下の知り合い、アビゲイル・ベーカー。みんな彼女のことはアビーと呼んでいる。昔から料理が得意だったのは知っているが、こんなところで働いていたとは思いもしなかった。


「あ、すっごい美人さんだ~!なんていうの?」

「え、エマです」

「エマさんね!私の事はアビーって呼んでください!」

「わかったわアビー、早速だけど料理してもいいかな?」

「はい!こっちこっち!」


 早くも打ち解けたのか隣り合って調理を始めた二人。作っているのはなんだろう、と覗き込んでみる。牛肉にニンジン、玉ねぎ……カレーかな?


「アビー、デミグラスソースってある?」

「はいこれ、ビーフシチューでも作るの?」

「ええ、好きなのよ昔から」


 一時間ほど調理を眺めていると、次第にいい香りがしてきた。彼女が作ったビーフシチューは、まかないとして食べた全員の舌を巻かせた。俺も一口食べると料理のプロたちが絶賛するのもわかるほどの味だった。


「いやぁうまかった、普段から料理するのか?」

「ええ、小さいころから毎日ね」

「どうりでうまいわけだ」


 ひとしきり食べて腹ごしらえを済ませたところで、俺たちは立ち上がり三人並んで食器を片付ける。片付けながら俺は、腕まくりをしたエマの腕を見て思わず漏れそうになった声を飲み込んだ。彼女の両腕にはまるで斬り落とされたのをくっつけたかのような跡が残っていた。


「ねぇアーくん、今度遊びに行かない?」

「……」

「アーくんってば!」

「え、ああなんだ?」

「ああじゃないよ~!今度三人で遊びに行こうって言ったの!」

「あ、ああ……そうだな、今度な」

「うん!」


 皿洗いを終えた俺とエマはまた来ることを約束して食堂を出た。しかし俺の脳裏からは、あの傷跡が頭から離れなかった。部屋に戻って二段ベットの上の段に登る。電気を消して横になって目を閉じてもなかなか寝付けない。


「気になる?」

「何が?」

「私の腕の傷のこと」


 俺が気にしていること、気付いていたのか。そりゃまぁ気にはなるけど、こういうことって聞いて良いものなのだろうか……。


「ずっと見られているのも落ち着かないし、話してあげるわ」


 下の段のベットに寝転がっているエマの顔を俺が見ることは出来ない。でもきっといい顔はしていないと思った。きっとそれは良い思い出ではないのだろうから。


「私の両親は、10年前にこの計画に参加していたの」

「は!?」


 シングルストライカー計画が、10年前にもあったっていうのか。それにエマの両親が参加していたって……あれ、していた……?


「第一世代のまだストライカースーツと呼ばれる前段階のアクティブスーツでの大気圏突破実験の被験体となった、そして……死んだわ」

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