シングルストライカー計画

「あの、何度も言いますけど……俺はそんな計画に関わるつもりはありませんから!」


 窓の一つもない真っ暗な部屋に呼び出された俺を待っていたのは、一人の黒いスーツに身を纏った男。オールバックに眼鏡という典型的なデキる風な大人だ。


「キミの意思は聞いていない、我々が求めている被験体としてキミが選ばれた、それだけだ」


 まるで面接会場のような向かい合った椅子に座る男は、眼鏡を中指で直しながら、どこか上から目線のような高圧的な態度で俺に言葉を投げかけてくる。


「その選ばれた理由っていうのは、なんなんですか……」

「わざわざ聞かなくとも……わかっているのではないのかね……アイキ・ノヴァク……」


 こういう大人は……本当にいけ好かない。きっとこの話に拒否権は無いのだろう。きっと俺があそこに行った時点で決まっていたことなのだから。アイキ・ノヴァク、それが俺の名前。地球の日本生まれの母と、ヨーロッパの国の生まれの父の間に生まれた。


「とにかく、明日にでもまた顔を出したまえ、これより君には監視をつける、この話を口外した場合はわかっているね?」

「……わかりました、また明日にお伺いします」


 部屋を出ると、部屋の外には女がいた。少しだけ長い金髪に蒼い瞳……正直見惚れてしまったが、彼女は俺を一度チラリと見るだけで、すぐに今俺が出てきた部屋に入っていった。


「あの人も……俺と同じ、なのかな……」


 誰にも聞こえないような声でぼやいたところで、俺はビルの外に出た。空を見上げればそこに見えるのは何層ものガラス越しに見える宇宙。重力はある、けれど地球ほどではないらしい。街並みは多くのビルが建ちこめている。ここは五つある月面の都市の一つ。三十年ほど前、本格的な月面移住計画が実行され始めてから作られた四つ目の都市がここ「スカイラブ」だ。俺はこの人類の新天地で一人の学生として生きている。


 夜が明けて、俺は昨日の男のところに向かっていた。あの男とは初対面じゃない、俺が十歳かそこらの時に一度会ったことがある。名前は確かオスカー……だったはずだ、よく考えればあの男は数年ぶりの再会でほぼ初対面の相手に自己紹介もしなかったのか。


 ビルに入り俺が目指すのは上ではなく下、地下十階に昨日の部屋はある。扉は網膜認証に指紋認証とかなり厳重であるが、どうやら俺のデータは既にロックが解除されているようで、俺の目や指でも通ることは出来た。扉が開いたところで待っていたのは、昨日とまったく同じ格好をした男、オスカー。そして昨日と一つ違うのは、あの金髪の女もその場にいたことだ。どうやら今日は俺より先にここに来たらしい。


「やあアイキくん、いらっしゃい」

「で、何をすればいいんだよ?」


 文脈なんてあったもんじゃない。俺は彼の挨拶を無視して本題に入ろうとする。しかしオスカーはやれやれと肩をすくめると、金髪の女にまるで同意を求めるような視線を向ける。しかし女は一度チラリと目だけで彼を見た後にまた視線を外す。


「まぁいい……もう一度、我々の計画について説明しておこう」

「結構です」

「いらないわ」

「……そうかそうか、勉強熱心な二人の態度には感服した」


 かつて行われていた月面移住計画。これは十数年前に凍結されている。原因は多発した地球と月の間を航行していた宇宙船をジャックしての大量虐殺するというテロリストたちが後を絶たなかったからだ。それにより政府高官が乗る厳重に警備された宇宙船以外の民間の宇宙船は航行を禁止され、事実上地球と月はお互いの行き来が不可能となっていた。


「で、俺たちが使うアクティブスーツはどこにあるんだよ」

「まったくせっかちな若者だ……ついてこい」


 彼の後に続いて部屋を出て真っ白な廊下の先にある簡易的なリフト、それに乗り込むとリフトはさらに下層へと進んでいった。そしてその先で俺が目にしたのは、紅と蒼の影。


「これが俺たちのアクティブスーツか……」

「少し違う、アクティブスーツとは本来は宇宙服の改良型であり、全体的な小型化や軽量化、コスト削減に成功した量産物だ、だがこいつはそれとは違う」


 淡々と語る彼の言葉を聞き流しながら、このスーツに歩み寄る。初期型の宇宙服とは比べ物にならない薄い外装。破損の危険があるヘルメットのバイザーは目元だけが見える形になり、内側からはモニターで外を見ることができるため、まるでヘルメットを被っていることを忘れるほど広い視野を確保出来る。しかしその本体のアクティブスーツと違うところが数か所見受けられた……。


 まずはこの全身に増設されたスラスター。姿勢制御用にしては過剰な量だ。そして二機の後ろに立てかけられている巨大な盾のようなもの。そして全身に取り付けられた鋼の装甲、片方のスーツは赤く、もう片方のスーツは青く塗装されている。


「どっちが俺のだ?」

「アナタはそっちよ」


 突然金髪の女が赤いアクティブスーツを指さすと口を開く。あまり突然のことに面食らっていると彼女は青いスーツに手をかけ、全身に着装していく。俺もそれを真似て赤いスーツを身に纏うが、この姿は宇宙服というよりはもはや機動兵器だ。二人揃ってスーツを着ると釈然としてなさそうなオスカーの表情が目に入った。


「人の話を少しは聞きたまえ……まあいい、その二つのスーツ……ストライカースーツ「試作一号ユニヴェール」に「試作二号シエル」、それがキミたち二人の命を預かるスーツとなる」

「じゃあこの姿で俺たちはするんだな……シングルストライカー計画を……」

「そうだ……シングルストライカー計画、つまり……単騎での大気圏突破計画をだ」


 単騎での大気圏突破。もしそれが実現すれば宇宙船を使わずとも地球に渡ることが出来るようになる。オスカー達の狙いは先だってその技術を作ることで、他の都市より優位に立つこと。


 俺の着用したストライクスーツ試作一号のユニヴェール。純白のアクティブスーツの上いたる所に、赤く塗装された鋼の装甲が全身にずっしりとした重量感を感じさせる。


「かなり重いだろうが、実際に活動する宇宙空間では普段の何も着ていないのと変わらないように感じるだろう」

「そうですか、それで決行はいつなんだ」

「三日後の0時には降下ポイントに入る予定だ」


 本当に無茶苦茶言いやがる。俺はアクティブスーツ自体は資材運搬や撤去作業で乗りなれているが、それも見越してのことなのか。きっとこの金髪の女もアクティブスーツを使い慣れているのだろう。そういえば、コイツの名前はなんていうんだろうか。


「なぁ、アンタのことなんて呼べばいいんだ?」

「エマ……エマ・フェレイラ、呼び方は任せるわ、アナタは?」

「俺はアイキ・ノヴァク、よろしくなエマ」


 微笑しながら俺の問いに答えてくれたエマ。クールな印象とは裏腹に、案外人当りは良いのかもしれない。しばらく待っていると正面のコンクリートの壁が轟音を立てながら開いていく。さっきのリフトとはまた違う頑丈そうな一人の乗り用リフトが二つ並んで見える。


「そこに乗りたまえ、そこから外に出ればスカイラブの郊外に出る、その先は無線でこちらから指示を出す」

「了解です」


 俺とエマは並んでリフトに乗ると、ヘルメットのバイザーを閉じる。先ほどまでの狭い視界がヘルメット全体のモニターで鮮明に見える。足と腰をリフトの壁に固定すると扉が閉まり、リフトが上昇しはじめる。徐々に上に近付くと天井から四角い光が差し込んでくる。


「もうすぐリフトが停止する、それと同時にメインスラスターを噴かすんだ」

「は!?いきなり何言って……!」


 月面に出ると突然リフトが停止、固定されていた部分が解放されて俺は宇宙空間に放り出された。慌てふためき全身の補助バーニアスラスターでどうにか体制と整える。


「アイキ、大丈夫?」

「ああ、なんとかな……おまえは?」

「私は平気、それで私たちはこれから何を?」


 エマは咄嗟とっさに反応し、射出のタイミングに合わせられたようだ。彼女は俺の肩に触れながら無事を問いかけてくる。接触回線というやつだ。早いところお互いの通信回線を繋いでおかないとな。


「一通り試験は済んでいる、キミたちにはとにかくそのスーツに慣れてもらう必要がある」

「なぁオスカーさん、これって極秘のプロジェクトなんですよね、安易に外に出て大丈夫なんですか?」

「心配はいらない、ここは他の都市が使っているようなレーダーには映らない、地図にもただの何もないさら地として登録されている」

「あそ、ならいいけど……」


 俺たちはオスカーの指示を受け、基本的な挙動、動作を確認しながら体を慣らしていく。すると既に回線を合わせたエマの声が聞こえてくる。


「ねぇ、何か見えるわ」

「何かって……あれは……」


 エマが指さす方を見ると、まるで青い炎のような光がこちらに向かってきているように見える。あの光は見覚えがある。いやそれどころか今だって見ていたところだ。


「アクティブスーツか?」

「待って、こっちに向かってきているわ、オスカーさん指示を」

「ただのアクティブスーツなら見られたところで問題ない、怪しい挙動はせずにリフトから戻りたまえ」

「了解」


 俺がリフトに向かってゆっくりと進み始めたその時。突然先ほどの光の方から無数の弾丸が俺の目の前を通過する。そして進行方向を塞がれ停止した俺に向かってくるのはやはり普通のアクティブスーツじゃない。その右手に握られている双刃刀ツインブレードで俺に斬りかかってくる。それをどうにか左腕の装甲板で受け止めるがギリギリと音を立て、今にも押し切られそうだ。


「アイキ!?」

「ぐっ……テメェ何者だ!」


 こちらから見えるこの双刃刀ツインブレード持ちの表情は、俺と同じ目元だけ。全身に取り付けられたオレンジ色の装甲板が俺たちと同じストライカースーツを彷彿ほうふつさせる。


「なんでここがバレたのかは知らねぇけど……やるしかねぇか!」

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