第2話
彼は白い空が広がっているように見えていた。
それもそのはず。そこは島の中でも過酷な場所であって太陽がもっとも照りつけるため、普通の動物は生きれないと言われている
空中船から落とされた彼は意識が薄れており、気絶して寝ていた事がわかる。
そんな彼の意識を妨げるようにして尻をつつく、鋭利な刃を持ったあるもので、ラジオの細いアンテナのようなものが二本あることが容易に考えれるのは彼の野生があってこそだろうか。
それはこの辺りに棲むモンスターで、最悪を考えればこのまま尻を持っていかれ、体は切断された死体になって発見されるだろうが、それにしてはやけに静か過ぎで、もぐらの如く、尻の横の土を掘って外に出ようと試みている。
無害という事は、この巣はホーティスというアリ型モンスターの巣であり、敵を倒すには丁度いい訓練場所であるということになる。
「おいおい、マジかよ……」
蟻塚が丁度なのか、単に彼が痩せているのかは知らなくてもぴったりで、誰かが測っていたように抜け出せない。
腕を突き立て、体を押し上げようと試みるも失敗。
今度は体を揺さぶりながら押し上げようとするが、これもまた失敗に終わって俯き、落ち込んでいると、何やら砂ぼこりを立ててこちらに向かってくる群れが、西部のガンマンを彷彿とさせ、彼は思わず手を振るが反応はなし。
そうなってくると様子がおかしいことに気づいた彼は、こちらに向かって突進する勢いであることに気がついた。しかし、もっと異様だったのは、砂ぼこりまう手前に並ぶ黒い柵みたいなアリの軍で、それらは彼を中心に囲んでいる。
正確には蟻塚を狙っており、名前はサハラアリという、人間が四つん這いになって歩いていると間違えるくらいその体は大きく、時には村を襲ってきたりするのだが、なぜ止まっているのか。
それは手元にあった。
「鉄が苦手だったんだっけか」
鉄が苦手な理由としては諸説あるが、有力なのはトラウマから来る反射的な行動なんだとか。そうだったとしても、アリが立ち向かおうとする勇気だけを見据え、だんだんと近づいているのは絶望的だろう。
そこに砂ぼこりで迫ってきていた郡から煌めき、こちらに落っこちる軌道で向かってきている何かがあり、それは近づくにつれて姿を確かにし、彼がその姿を見ることが出来るようになると続いて数回放たれる。
放たれたものはくちばしのようなものを付けた矢で、重力に逆らって飛んできたとしか考えられない常識はずれな鉄製。
そのでたらめな矢は真っ直ぐとアリに向かって飛んでおり、ほこりがこちらにまで舞ったときは鈍く音を立ててアリを貫き刺さっていた。
これに怒らないはずがないサハラアリの郡は動揺し、矢に続くようにして六本の足をバタつかせ、そこにはほこりを立たせて自らを隠す愚行に及ばせるのは計算の内と言わんばかり突進してくる一体のらくだの影がある。
その影に、彼は声を掛けようとした。
「おーい……」
その時、大きな声を出したために肺が大量の砂を受け入れ、噎せてしまう。
影はそんな事になろうとも声に耳を傾け、顔振って探しはしてくれるが見つけられず、近づいてもなお、気づいてはくれない。
顔も分からない人が手を伸ばしてくれたのは煙が晴れかけた頃、うっすらと顔の輪郭が分かるくらいまで見えると、そこは柵状に囲むアリの影も確認できた。
「掴まれっ!」
砂にやられた声を上げ、らくだの上から手を伸ばされても出られないんじゃ届かないし、助けてくれる人も危ないだろう。
そんなとき、ホーティスの郡が出るために一生懸命になったのに後押しされた結果、すんなり尻は抜け出し、渋滞になっていたホーティスの白い軍はサハラアリの黒い軍と混じって合戦状態になり、もはや人を襲う気すら起こっていないのだろうか目が向いていない。
今なら大丈夫だと鉄の鎧を身に纏っているらくだに掛かったはしごをかけ登り、こぶ一つを挟んで、その人の服に掴まってらくだが急発進。
馬のような速さではないが、アリから逃げるにはうってつけで、その場を逃げようとする彼らの後を追うように混乱する軍の半分がこちらに向かって走ってきて、波が追いかけてきているように跳び跳ねている。
「うおーっ!アリってあんな跳躍力あったのかよ!」
感嘆なのではなく、焦って言葉が選べなくなっているだけの言葉を浮かべると、年代のそれとも思える発言を混ぜて、彼の前でらくだを乱暴に動かしている人が返答した。
「ありゃ、モンスターだよ。腕を噛みちぎるくらい獰猛でな、仲間が一本持ってかれてんだ。気をつけろ」
悠長に思い出を混ぜた話をされても感動しないのに、何故、若い者にそんな話をするのかと彼は首を傾げるが、彼にも悠長に出来る立場ではないことが後ろから迫っている。
サハラアリが飛びついてこようとしているのだ。
彼らはそれに気づいてはいないが、サハラアリもまた、彼の前の人物が一緒に居た場所から矢以外が飛び出したことを知らない。
それは発車位置で黒煙を上げ、一線の日を浴びせるように速度を上げて降下して、飛びつこうとするアリ共々、歪な塊として彼にくっついて砂漠の砂へと打ちつけられる。しかし、黒煙と粉塵の中では再びもがくことになり、咳き込むと体が揺れてらくだから転落しそうになってしまい、仕方なく前の人の服を掴む。
すると汚い笑い声を上げて振り向いた。
「うちの娘もそうなってたよ!いやあ、懐かしいばかりだねえ」
「げっ、やっぱオッサンかよ」
女性であればいいという妄想を抱いていた彼にとって、それは苦痛以外の何者でもなくて、例えるならジャングルの虫にかまれて発熱したり痛かったりすることで、限りなく死に近くても何日も続いてしまう苦痛同等なのだ。
もしも苦痛があるとするなら、同じ立場に置かれたらはどうするだろうか。
彼は才能だけで剣を振るう人間で、努力をあまりしない人間だったため、苦痛があるとするなら避けて通るだろう。
前の彼がそれを予想できるわけもなく、彼は訳もわかっていない人に対して泥を擦りつけて視界を広くし、砂の上に落としてしまった前の彼を助けるためにらくだが食わえている手綱を手にとって舵を取り、落ちたところに近づいた。
「オッサン、大丈夫か?」
落とした彼にも罪悪感があると誰もが考えただろうが、件の話にあった『娘』に反応して助けに行った、ただそれだけなのだ。
オッサンがそれを知る由もないが、彼もオッサンが次に行動を起こすことを知る事もないだろう。
彼は砂を食って這いつくばるオッサンをとぼけた顔で見下ろし、オッサンは視線の先を行くようにしてよろめきながら立つと膝に手を突き、見下ろす先へ助走を三歩ほどつけて跳んだ。
それは飛ぶ鷹が空中で自由を手にして旋回するような動きで前方に回転し、彼を見定めながら両足を腹部の一番痛い部分を突き抜けるように蹴り、彼をらくだから蹴り落として砂を舐めさせ、その彼は落ちた衝撃で気絶した。
「おい、大丈夫か?おーい」
彼には拡声器を使っても届かない声を上げるオッサンは、少しだけムキになり過ぎたかもしれないと頭を掻き、片目をつぶって出てくる訳でもないのに考える素振りを見せ、後ろで交戦している仲間の激しい戦闘音を後ろに彼を乗せて家で寝かせる他ないと判断した。
夢のように掴めない白いもやのような視界がはっきりとするまで体を軽く上げ、何があったか思い出そうとするのは日が落ちかけていた頃で、彼が蹴られた事を思い出して痛めるのは間もない頃だ。
砂漠の真ん中で豚の丸焼きのようにされ、果物をその周りに置かれていればさぞよかった事だろうが、こうなった原因がオッサンにあっただろうからアイツの家だろう、と考えたのも押さえた辺りだろう。
そこで、不意に音を耳元で立てる何かの影が目の端から見え、初めて誰かが居ることに気づいた。
「誰だ……?ハナマリな訳がないし……」
記憶が少々混乱しているが視覚に問題はなく、すぐにその姿は現れる。
オッサンでもなくハナマリでもない、肌がその地域に不釣り合いなほど白く、ベビーパウダーでもまぶしてあるのではないかと思える若いものが眼前を優雅に踊り、ぶつかり合えば小気味よいだろう音を立ててくれそうな不自然な美。
死後の世界ならば蜘蛛の糸を誰かが垂らしてくれたのだろうか、と言わんばかりに目を擦り、確実に体を起こした彼はかけられた朝袋を向こうずねまで下げ、餓えるようにその人物に飛びつこうとしたところ、理不尽が降ってきた。
それは見紛う事もないだろう斧で、ギャグの調子をして彼の頭に刺さる。
「……痛いな。誰だよ、まったく」
思い当たる人物は彼が思い当たる範疇にあり、助けてくれたというよりかは喧嘩相手になったあの人であってもらいたい。
彼の中にはそういった迷子がいた。
混乱の中、少しだけ顔をドアに向ければ突っかかっている影がひとつ、黄昏るように
「斧が立ってもキョトンとしているとはなあ……」
関心か諦めか、ため息には青色混じりの寂しさが皮肉だと彼に伝わるのは電流より早く、足が動いて手が後を追うように流れて殴り合いになったのはいうまでもないことは確かだろう。
その後はどうなったか。
それは彼とオッサンは殴り合いの末に太ももが綺麗な彼女が仲裁に入り、両名がアオタンを作って顔を腫らす結果となった。
「いってぇなあ。ちったー手加減しろ、坊主」
小一時間を挟んで罵声を浴びせあう中、彼女に簡単な処置をしてもらっているオッサンは片目を瞑って痛みを訴え、並んだふたつのベッドの綺麗にされた上を無惨に乗っかる事を気にせず、シーツを掴んで引っ張っては戻すを繰り返す。
大袈裟かもしれないが、怪物みたいな二人がぶつかり合えばこの通りなのはもちろんのこと、その他に影響が現れる。
それを表すのは、散乱した部屋を見れば一目瞭然。
彼はその部屋を見ながら言った。
「手加減を覚えるのはどっちだ。子どもかっ!」
その問いには覚えるものがあったのか、一瞬の沈黙を置いて真剣な眼差しで彼を見据え、元々感じていた違和感が何だったのかを打ち明け出す。
「そうだ。この……ウチの娘が来るまではな」
それは脈略もなく言葉を発して思い出にふける父そのものであり、他人に話をするような頭もないが、溢れる思いというものには力が大きく秘められていて、その魔力が不思議な心地を生み出している。
「脈略のない話はやめてくれよ。オッサン……」
流石の彼も失言だと思ってその言葉の続きを言う事を躊躇ったが、件の通りのオッサンの考えは意も介さず、長いであろう昔話が始まった。
「俺は難民を集めてつくられた"難民団"の団長の子どもだった。兄弟なんか居なかったもんだから好き勝手して生きていたが、ある時、親から言われた。『団長になれ』、と。団長の唯一の子どもだから当たり前だと思っていたが、好き勝手して生きていたかった俺にとっちゃあ不都合だったな」
彼は引っ掛かってしまったらそれを口にしてしまう悪い癖があるのだが、これは仕方がない事だろう。
「難民団とか団長とかって話にちょくちょく入ってくるけど、俺はどこに居るんだ。助けられといてなんだけど」
頭がイカれたんじゃないかというように首を傾げたオッサンはその話の話題に上がっていた娘を彼の横にやり、頭の怪我を治療するように言った。しかし、それは現実的な話なら傷を縫われる事なのだが、その娘は全く沿って歩こうともしない手段をもって治療を行いだし、オッサンに従うのだった。
水を吸ったスポンジが音を立てるような響きが部屋にし、血のついた斧がシーツをゆっくりと型どり、開けた頭からはクルミの筋にも見える黒い筋に、なんとも言えない粘っこい赤い液体が絡んで動くスポンジは心臓の動きが一目でわかる。
娘はそのグロテスクで催しそうな凹凸を眺めながら、その上に手をかざし、温かな光をあて始めた。
これは俗世でも希であり、人の肉体を綺麗に元に戻してしまう事から倫理的にどうかということから変な目で見られる事は避けられず、また、そのごく一部からはそれ以上に倫理から逸脱した存在も見受けられる回復の魔法を持つ者の力だ。
それを娘から感じれるかと言われればそうでもないはずだが、彼は仲間にもそれが居たから気になった。
「魔法でも掛けているのか?」
オッサンが昔に浸かって話をし続けているのを見てから視線を彼に戻し、何度か視線を外しながらも娘が話してくれた。
「魔法です、回復の」
そうだった。
回復の魔法なんて通常の家系や特定の地方以外では使えることがあり得ない稀な能力であり、使っているのならばすぐに気づくような異形の力だ。
持っているというだけでいじめられたり、時には悪用をする者だって出てくるが、ごく一部の一例にすぎないため、そこまで敏感になる必要はないのだが、船に乗っていた時に聞いた宗教関連の話にそれらしい何かの話を聞いた。
彼はそれを気にして訊いたのだろう。
「お前は娘をどうすんだ。イジメんのか?」
聴いていないフリをしていたオッサンは突然ベッドが揺れるような低い声を放ち、鷹のような鋭い眼をこちらに向けてほくそ笑んでいるみたいだった。
「……それはまあ、いいとして。娘が魔法を使えるなら、俺も使えなきゃおかしいと思うだろう。もちろん、お察しの通り使えねえ。ましてや身体の一部を再生させるなんてありえない」
普通の冒険者ならばそれが聴けて安心をするところ、彼は全く違う考えが浮かんでいるはず。なぜなら、オッサンと初めて出会った頃の反応からそう取れるからだ。
彼は反応を頭に浮かべ、嫌そうな顔をする。
オッサンはそれを見ても反応はしなかったが、話にふけようとするときは決まって腕組をし、膝に足を掛けて語り出すらしい。
まるでルーティーンのようだが、これは単なる癖だ。
「俺の娘と言ってはいるが、実際は養子だ。不都合だと感じたのはこの時だったな。今と成っては愛娘だがな!」
彼は酒を好んで飲まないため、二日酔いにはありがたいことに成ったことがない。しかし、彼はその煩わしさを、二日酔いを用いて例えるような顔をしている。そしてオッサンはそれに相反するように口を開け、狂ったように声を張って笑っている。
娘はと言えば、彼よりの感情だろう。
だが、娘を裏切るようにして立ち上がって腕を広げ、イタズラな笑みを浮かべた。
「名前を知らないが………オッサン、いい娘に育てた。ハグだ、ハグをしよう!」
オッサンも乗って立ち上がり、抱きつく。
そして、今までの流れからすれば不自然そのものでしかない感動の涙を流しながら肩を叩きあい、違和感のある彼とオッサンの友情を芽生えさせて彼は言った。
「養子を育てるのは辛かっただろう」
「ああ、大変だったが良かった………」
オッサンは言葉を最後まで言い切らず、床に伏せって倒れてしまった。
娘はそれを起こそうかと動けずにいると、彼の手にある花から花粉が撒き散らされているのが目に入り、眠らされていることが解った。
まるで月明かりがそこから溢れてくるように出てきている。
これは眠り花と呼ばれる花に見られる特徴で、誰かが嗅ぐまで花粉が勝手に飛ばないようになっている、一般的には湿度の高い暖かい地域でのみ採れる薬草の一種。
オッサンは睡眠薬に用いられる花を嗅いでしまったのだ。
「お父さん、起きて。ねえ」
娘は状況を把握するとオッサンに近づき、肩を持って揺さぶる。
眠り花の睡眠を促す効果は長時間の継続であり、睡眠薬に用いるのにはそれが大きく関わっているからだと言われているため衝撃で起きるかどうかも分からない。もしかしたら痛みですら無意味であるかもしれない。
そんな眠り花は一度起きれば、何もなかったかのように傷に無頓着どころか回復していたりする。
淡い肌の白さを拝みたい。
娘を守る存在がなければ襲えるし、中々起きない上に何をしても起きないのでは男だけとも言える妄想を巡らせて非道の道を走るだろう。
女の気など知らずに襲うはずだ。
彼はまさしくそれを表したと言っても過言ではない非道な男。だからベッドの上に立ち上がり、娘を見下して言った。
「いただきまーす!」
娘はその大声に振り向く。
すると彼が舞っているのが目に入り、次に入ってきたのは、服を着ていたから判らなかった隆起した筋肉と欲望にまみれた反動だった。
こんな行動を取るのも、全ては船に乗っていた頃に居たハナマリが大きく関わっており、人格の半分は彼女が作ったと言っても過言ではないが、簡単に全裸になるようには仕込んでいない。
ならばこれは旅がつくったモノだと言えよう。
彼はその経験を持って彼女をめがけ、抱きつく他ない。
「いやーっ!」
金属を引っ掻くような声で叫び、ベッドの下から何かを取り出す。
それは棒と言うのも大袈裟で、かといって枝とも言えない柄をした、金属を加工して取り付けた鈍器であった。
彼は勢いを止める方法がなく、戦闘で見せた人間離れした技を使う事も難しい飛び込みの体勢では避ける事もままならない。
自殺となんら変わりもないのだ。
女に手を出すのも許されないというのに、か弱い娘に手を出そうとした罰なのだろう。だがしかし、鈍器が出てくるところは闇から吐き出されていたようでもあり、都合が良すぎるのではないかという考えも浮かんでくる事実がある。
彼は避けれないと解れば先は速く、突っ込んで行くしかない。
「う……」
顔から飛び込んでいったと同時に石をぶつけた音が広がって傷口が開いた。
それは回復の途中だった事を忘れて投げ出した娘にも責任がないとは言えないが、襲う事に至ってしまう彼も悪い。
赤ワインが血を連想させるようにクルミの形は脳みそを連想させるが、ぱっくりという擬音が適切であって、死にかけている脳みそがクルミの中身を思わせるのは出来すぎた物なのではないだろうかと娘は思うだろう。
彼は瀕死の状態であそこまで動いていた事になる。
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