さよなら牡鹿 ~死体飼育員のお話~

ちびまるフォイ

スタッフが美味しくいただきました。

「あの、今日からここで働くことになりました!

 動物園の経験はなくて、その、いろいろとご迷惑を――」


「あはは、そんなに緊張しなくていいよ。

 うちは動物園といっても、死体動物園だからね。

 動物園の経験がなくっても平気さ」


「はぁ」


「それじゃ今日の仕事をするよ。ついてきて」


「はい!!」


高い時給に引かれて応募した死体動物園。

最初は掃除をしながら園内を先輩と一緒にぐるりと回っていた。


「先輩、ずいぶん念入りに掃除するんですね。

 ほかの動物園もここまで徹底的にするんですか?」


「いやいや、ここまでするのはうちだけだよ」


地面は何重にも殺菌消毒されて、ゴミひとつ見当たらない。


「うちの園内にいるのは死体だからね。

 それだけにキレイなイメージを持ってもらわないと人が来ない」


「そういうものなんですか?」


「汚い公衆トイレよりも、キレイなトイレに入りたいだろ?」


「なるほど」


園内は「死」を感じさせないほどぴかぴかに磨かれた。

脱臭も徹底しているので、死臭を感じることなどない。


「次は動物のケアだ。着替えてきて」

「はい!!」


白い防護服を着てからホッキョクグマの柵に入る。

あまりにキレイにされているので、今にも襲われそうな錯覚すら感じる。


「先輩、動物のケアたってもう死んでるんですよね?」


「ああ、そうだよ。食事も排せつもない」


「そういうと普通の動物園よりも楽そうですね」


「逆だよ。死んでいるからこそ、すぐに腐敗してしまう。

 匂いも出てくるし、毛並みも悪くなっていく。

 そのケアのほうがずっと大変なんだ」


先輩と一緒に防腐処理を進めていく。

首の近くを触っていた時に、弾丸の穴が開いていることに気付いた。


「先輩、これって……」


「そう、このクマの死因だよ。ハンターに殺されたんだ」


「隠さなくていいんですか? 血の色見たら人によっては気分悪くなるんじゃ……」


「君はこの死体動物園へ訪れる人に何を見せたいかな?」


「えっと……死体?」


「うん。でも、僕はこの動物の生々しい死にざまを見てもらって

 ちゃんと生きている動物のことを知ってもらいたいと思ってる」


「先輩……」


象牙を取るために、身勝手に殺された象。

観光開発で餌場を失って死んだキリン。

羽ペンのために撃たれた野鳥。


最初は単に動物の死体を面白おかしく展示している

不謹慎な動物園かと思っていたけれど、間近で人間の浅ましさがみられる場所だと気付いた。


この動物園にのめりこむのは早かった。

仕事を覚えるのも楽しく、数か月なんてあっという間だった。


「君もだいぶ仕事に慣れてきたね。

 最近じゃ僕よりも防腐処理が上手なくらいだ」


「いえ、これも先輩のご指導あってこそです!」


「そろそろ君にも動物の死亡管理をお願いしようかな」


「死亡……管理?」


先輩に連れられて新しい柵の前にやってきた。

そこには死体動物園なのに、生きた牡鹿が飼われていた。


「先輩! これって……生きてますよ!?」


「ああ、そうだね。だから殺すんだ」


「えっ!?」


「この鹿はね、動物園で廃棄されてしまった鹿なんだ。

 動物園で育ったから自然で生きていくこともできない。

 だからここで死体として展示する」


「老いて死ぬまで待つんですか?」


「いいや、それだけのエサ代もうちにはない。

 1ヶ月でこの鹿を最大限の美しい状態に保ってから

 死体展示用に毒殺するんだよ」


「は、はい」


牡鹿の担当となってからは、毎日がますます忙しくなった。


世話していて分かったが前の動物園の扱いはひどかったようで

体のいたるところに傷がついていた。


「よしよし、痛かったんだな。かわいそうに。

 この最後の1ヶ月はめいっぱいお前を幸せにしてやるからな」


狭い檻の中で一生を終えるなんて寂しすぎる。

牡鹿を適度に外に出しては元気に走らせた。

園内でも嬉しそうに走る牡鹿を見て仕事が楽しくなった。


「ほら、栄養たっくさんつけろよ。最近寒いからな」


食べ物も、そのままではなく消化しやすいように加工や調理する。

家でろくに料理しないのに、手間を惜しむことはない。


1ヶ月過ぎるのおは本当にあっという間だった。

その日が来ることすら忘れるほどに。


「明日が締め日だよ」


先輩は静かに告げた。


「君の努力のおかげであんなにみすぼらしかった牡鹿も

 本当に立派になったよ。間違いなく動物園の目玉だ」


「先輩……どうしても、殺さなくちゃいけないんですか?」


「ああ」


「どうして。このままずっと飼う事も……!

 俺の時給減らしてもいいですから!!」


「君の時給をゼロにしたとしても、

 あの牡鹿をここで飼えるだけのお金はないんだよ」


先輩はそっと「毒の注射」を手渡した。


「牡鹿は君に一番なついている。最後は君の手で送られるのが幸せだろう」


その日、死体動物園には1人だけが残った。

牡鹿はなにかを悟ったのか、おびえることも逃げることもない。


「お前……明日死ぬんだよ。なぁ、幸せだったかい?」


牡鹿は静かにすり寄って鼻先をこすりつけた。

頭の中で一緒に過ごした日々が一気にあふれ出して、もう殺せなくなった。


「できるわけない!! こんなの……できるわけない!!

 人間の勝手で、動物を殺すなんて、間違ってる!!」


俺は鍵を取ると柵を開けて牡鹿を死体動物園から出した。

牡鹿は何かうかがうようにこちらを見ている。


「行け!! 行くんだ!! 戻ってくるな! お前は自由なんだ!

 だから、だからどうか最後まで幸せに生きろ!!」


牡鹿は暗い夜の中に消えていった。


「これでよかったんだ……これで……」


その日の後片付けを終えて帰り道を車で走っていた。

すると、車が立ち往生していて道が通れなくなっていた。


「あの、なにかあったんですか? パンクですか?」


「ちがうちがう。いきなりなんか鹿が出てきてさァ。まいったよ」


道路に横たわるソレを見て言葉を失った。


「あれ? もしかして、アンタこの先の死体動物園の人?

 よかったぁ~~、じゃあこの動物引き取ってくれる?

 動物の死体処理ってどうしようかわかんなくってさぁ~~」


「はい、すぐに」


俺は先輩に電話すると死体を取りに来てもらった。

死体を見ると先輩も言葉を失った。


「お前これ……」


「はい。運ぶの手伝ってください。先輩は足を持ってください」


死体を動物園に運ぶときれいに処理をしてから展示用に飾る。

全部終わってから、俺は今日のことを話した。


「すみません。勝手なことをしてしまって。

 どうしても我慢できなくって……」


「気にするな。俺も昔に同じことをしたことあるからな」


先輩はポンポンと肩をたたいてくれた。

長かった1日がやっと終わった。




翌日、死体動物園は新しい死体展示とあって大盛況だった。

幼稚園の団体さんは新展示にくぎ付け。


「すごーーい! 死んでるのにキレイ!」

「ねぇ、この看板に書いてあるよ!」


「なになに、この動物は交通事故で死んでしまった

 かわいそうな動物です、だって!」


「そうなんだ! 手を上げて渡らなかったんだね!」


「ねぇ、飼育員のお兄さん。交通事故なのになんでケガしてないの?」


「それはね、お兄さんたちがきれいにしてるからだよ。

 キミも大きくなったら死体動物園で働いてみてね」


「うん!!」




子供たちは新展示「人間の死体」に大満足だった。



死体動物のケアをしてきた飼育員にとっては、

首筋の注射痕を消しきることなどたやすかった。

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