十七話

 島崎は抵抗しなかった。縛る物がなく不安だが、彼は大人しく椅子に座って、ため息を吐いている。

「……よし。電話通じますね」

 携帯電話という文明の利器を耳元に当て__なぜそれを最初に使わなかったのか。いや、もしかすると、妨害する電波だか何だかがあったのかもしれない__柳田はどこかと電話している。警察だろうか。

「そういえば、君。あの少女は誰だったんだ?」

「あの少女?……ああ、ミツちゃん? あの子はロボットだよ。食事もできるし、肌も柔らかい、面白いロボット」

 ロボット…………ああ、分からん。さっぱりだ。

「珠代を殺す時に、ついでに壊した。邪魔だったからね」

 柳田がそれを聞き、相手に何かを伝える。警察相手にそれを言う訳ないだろうし……だが、そうすると相手は誰だ?

「すいません、島崎氏。少年やヤクモはどこに?」

「倉庫……珠代の部屋の地下。案内した方が良いか?」

「いえ、大丈夫です」

 立ち上がりかけた俺を制し、柳田は去っていく。


 ……可笑しい。可笑しい。可笑しい! あまりに物事が上手く進みすぎている! いや、実際こんな事もあるだろうが、それにしてはやはり上手すぎる。

 島崎は笑っていた。嬉しそうに、辛そうに、苦しそうに、楽しそうに。

「……ああ、この檸檬が爆弾になれば良いのに」

 檸檬? そんな物、どこにもないじゃあないか。そう言おうとした時、爆発音がした。顔を上げると、廊下が黒ずんでいる。幸いにも、俺達は廊下から遠くだから無傷だが……柳田は、大丈夫か?

「おい、柳田? 柳田!?」

「ん、ああ……大丈夫ですよ」

 彼は、瓦礫の中で無傷で立っていた。服にも汚れ一つない。

「少し時間がかかりそうですが、まぁ、ヤクモがいますし大丈夫でしょう」

「は、はぁ? どうして」

 どうして、無傷なんだ? 変じゃあないか。問いたいのに、声が出ない。その間に柳田は、スタスタと廊下を進んで行った。

 背後から、島崎がせせら笑う声がする。

「僕が負けるのは確定していたんだよ……あんたも含めてみぃんな、常人外れしかいないのだから」

「俺が、常人外れ? 何馬鹿な事を……」

 首を振り、手元を見る。いつの間にか、島崎は俺の横に来ていた。

 聞き慣れた声が、俺の耳を舐める。

「妄想は良い加減にしな、作家先生」

 目の前は真っ赤な色で染まっていた。ああ、そこに倒れたいるのは__


 #####


 低い声の虚しい笑い声が響く。

「ある館に集められた人々による脱出劇、とでも言おうか。

 それとも、探偵気取りの失態、とでも言おうか。兎に角、この話はここで終わりだ」

 首を振り、江戸川__もとい、作家先生は言った。

「なんせ、考えていないからね……幸せなんて、ありゃしないんだ」

 その目は、悲しそうに歪んでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ノスタルジイ 宇曽井 誠 @lielife

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ