焦るべからず。しかして、希望は潰えさせず
十一話
気づけば時刻は昼の一時だった。
「……遅いな」
全く。いつも通り五月蝿い声で、先輩、と呼びに来るだろう、と思っていたが、どこで油を売っているのだろうか。嫌だ嫌だと思っていても、なくなってしまえば寂しい物だな。
部屋を出ると、島崎という男がいた。なぜか般若の面を持っている。彼は俺に気がつくと、それを高く掲げた。
「これが誰のか存じませんか? 森で、ポツリと独りぼっちだったのです」
「知らん。それより…………小林。あいつを知らないか?」
「いいえ。知りませんね」
前回の、あの変な言葉遣いではないのか。情報はないが、礼は一応言っておいてやろう。
男と別れた後、そのままの足で食堂に向かうと、柳田が不思議そうに俺を見た。
「……少年は?」
「知らん。俺が聞きたい」
ガタリと柳田は立ち上がると、震えた目で俺を見た。不気味だ。嫌と言う程見て来た、あの不安にさせる、不幸を呼ぶ目だった。
その目で柳田は、俺の肩を掴んでか細い声で言った。
「外。外でしょう……死んでしまったかもしれない」
「巫山戯るな」
腕を振り払い、外へ向かう。カランコロンという下駄の音が、嫌と言う程耳に残った。
あいつを呼んだのは、間違いかもしれない。いや、間違いだったんだ。あいつは、平和に日常を過ごすべきだったんだ。
これは、俺のエゴだ。俺の独りよがりだったんだ。
事実。目の前には血の跡があった。真っ赤な鮮血が、美しい緑の上でよく映える。その近くには、大振りの鉈があった。
「ああ、死体ですか」
「死んでない! まだ確定はしていない!」
男の言葉を否定し、地面を探る。長い草が、石が俺の指を裂いていった。
「何をお探しで? お手伝いしましょうか?」
「良い。黙れ」
両手が傷だらけになった頃。木の下で一冊の手帳を見つけた。あいつが毎日つけている日記であり、メモ帳だ。あまりに物忘れが多かったから、俺が無理矢理持たせた物だ。パラリパラリとめくると、細いボールペンの字がびっしりと書き込まれている。
「……島崎、と言ったか」
「はい。なんですか?」
「君。十時前後にどこにいて、何をしていた?」
男は平然と「部屋で読書をしていました」と言う。しかし、そこにかすかに動揺があった。
「九時半まで食堂にいて、あんたと会うまでずっと部屋にいました」
「そうか」
手帳を持って、俺はその場を後にする。妙な不安感があった。まるで、パズルのピースが合っているようで、合っていないような。
同様の質問を残りの連中にすると、柳田は、少年と話した後、読書をしていた、と本を見せてくれ、ヤクモは、ミツちゃんと寝ていた、メイドは、家事を、と答えた。
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