十話

 外に出、木々の間を適当にすり抜けていると、拓けた場所に着いた。ここだけ明るく、幻想的だ。花は少ないが、草の緑色が鮮やかで、私にこういった事を上手く表現できる語彙力がない事が惜しいくらいだった。兎に角、美しかった。

「かぁごぉめ、かぁごめ。かぁごのなぁかのとぉりぃはぁ。いぃついぃつ、でぇやある」

 ふと、声がした。振り向いても、どこを見ても、人はいない。しかし、声は歌い続ける。

「よあけのばぁんに」

 近づいて来る。そう思って私は太い木に背をつけた。声のする、一点だけを見つめる。

「つぅるとかぁめがすぅべった」

 カサリと音はする。しかし、姿は見えない。

「後ろの正面、誰ですか」

 突然、耳元で声がした。思わず叫んで尻餅をつくと、相手の顔が見えた。

 それは、般若の面で顔を隠した、黒髪の人間だった。声からして、男だろう。だが、この館は__この言い方だと少しあれかもしれないが__男しかいない。石川さんは金髪だから外しても良いが、他はみんな黒髪だ。当てにならない。

「……せ、先輩、ですか?」

 彼の手を見て寒気がした。どうか、どうか先輩でいてほしい。

「じょ、冗談は、やめてくださいよ。そ、そ、そんな、は、刃物だとか、物騒な」

 そう言っても、彼は返事をしない。一歩、一歩と私に近づいて来る。

 ああ、この体験は、いつかどこかでした物だ。だが、いつ? どこで? 私は、それを覚えていない。

 逃げなければ。そう思っても、足が動かなかった。ポケットの中から何かが落ちていく。

「嫌だ……嫌だ、死にたくない!」

 涙が溢れる。それでも、彼は無情にも私に近づいて来た。


 __ああ、死んでしまう。

 私は、覚悟を決めた。

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