七話
食堂には既に他の全員がいた。勿論、石川さんはいない……が。彼の席に幼い少女が座っていた。
「あの、その子は?」
「石川妹のミツらしい」
眠そうに目を擦る彼女は、全くと言っていい程石川さんに似ていなかった。いや、彼が髪の色を変えていたからそう思うだけだろうか。
「だぁれ? おにぃさん? おねぇさん?」
「それは小林だ」
「こばやしさん? よろしくね」
それ、か。そうか、私は者ではなく物だったか。悲しい。とても悲しい。
「おい、君。犬神家の真似でもしてくるか?」
バシンと背中を叩かれ、変な声が出てしまう。楽しそうな笑い声が聞こえる。しかし、そんな中でも島崎さんは無表情だった。声をかけようとしたができぬまま、朝食が始まる。
静かだ。昨日以上に静かだ。葬式のよう、ではない。葬式なのだ。名も知らぬ女性と、青年の為の。罪人と、被害者の為の。
「君、どうした。人間、食べぬと死ぬぞ?」
「あ、はい……分かってますよ」
止まっていた手を動かす。パンを千切り、口に含み、咀嚼する。スプーンを持ち、スープを掬い、口に注ぐ。パンを千切り、口に含み、咀嚼する。スプーンを持ち、スープを掬いl口に注ぐ__そんな繰り返しの動作の末、寂しい朝食は終わった。珠代さんが皆の前にカップ置き、紅茶を入れる。
「あ、ミツちゃんはジュースが良いよね。ちょっと、おねぇちゃんと一緒にキッチン行こうか」
どうも、頼まれた事らしい。わざわざあちらに行くなんて……おそらくヤクモさんか。
そして、私の予想通りヤクモさんが口を開いた。
「魔女裁判とは言わないけども、犯人探しを始めようか。誰か、意見は…………ないようだね。じゃあ、俺の意見を言わしてもらうよ。俺は、犯人は石川さんだと思うんだ」
普通ならそうだろう。だが、なぜか私には、それが絶対に違うと思えた。ミスリード、と言うのだろうか。あれに近い物だと思った。
「理由は、まぁ、言わなくても良いだろうけどね……一つは、ここにいないから。二つ目は、彼には理由があるから」
「理由? それはそれは、いと面白い物でしょうか? それはそれは、ただのキミの予想でしょうか?」
「予想が近いけど、そうとも言い切れないね。どうも、ミツさんは難病を患っているらしい。それを治すには大金が必要である、と聞いた」
「いつ? どこ? なぜ? 経緯も知らねば、納得できません」
島崎さんは歌うような口調で質問を浴びせかける。
「経緯、か……ミツさんに聞いたらしくてね。柳田が」
「では、柳田殿。いつ? どこで? それをお聞きになりまして?」
「昨夜の……いえ、今朝でしょうか。三時辺りに出歩いていたら、ミツさんに出会いました。その時に」
「なら、なら、なら。さらに可笑しい、ああ可笑しい……幼子に大病を知らせ、どうするのだ? 治らぬ、どうにもならぬ物を教える程、彼は大悪人であったか? 否、否、否。そうではないと思いませんか? 小林殿」
「え、私ですか……まぁ、根っからの悪人ではなさそうでしたね」
嬉しそうに島崎さんは笑う。その手には、丈夫そうな皮手帳が握られていた。
「ですが、それは主観的すぎませんか?」
柳田さんは余裕そうだ。ワイシャツの袖を捲り、机の上で手を組んでいる。
「悪か善か、を決めるのは個人です。全体の物ではありません」
「けれども。悪人とは思えやしません」
「なら、誰が犯人だと考えているのですか?」
しばらく沈黙が落ちていた。島崎さんの息切れに近い吐息だけが、私の耳に聞こえる。
誰かが紅茶を飲む音がした。
沈黙を破ったのは先輩だった。スッと背を伸ばして、真っ直ぐに向かいの柳田さんを見ている。
「誰とも言えん。が、アレには……ああ。石川とかいう野朗には無理だと思う」
「……その訳は?」
「分からん。勘だ」
先輩は立ち上がると私を見る。どうやら着いて来い、という事らしい。全く……自由な人だ。
「とりあえず、まずは証拠を探すべきだろう。館にヒントは隠されている、と、あれにも書いてあった。話し合いだけじゃあ、何も分からないに決まっている……悪魔でも降ろさない限りな」
その笑みはどこか不気味で、怪しげだった。
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