六話

 朝目が覚め、服を着替えて食堂へ行くと、珠代さんが食事の準備をしていた。

「おはようございます」

「お、おはようございます……えっと、兄さ、東雲シノノメさんを見てませんか?」

 東雲さん? 、と鸚鵡返しに聞き返すと、彼女は悲しげに眉を落とした。

「わたしと一緒に働いてるんですけど……昨日のお昼から用事でいなくて。で、でも、遅くても今日の朝には帰って来ている筈なんです」

「もしかして、執事の方ですか?」

「は、はい! 知ってるんですか!?」

「……柳田さんから、存在は聞きまして」

 顔をパァと明るくさせていた珠代さん。そんな純粋無垢な彼女の寂しげな顔を見て、心が痛む。しょんぼりとして、彼女は自分の仕事に戻ってしまった。

 執事、執事……柳田さんの時以外に、どこかで思い出した筈だ。確か____泉さんの部屋。そうだ、窓の外に死体が……

「ちょ、ちょっと用事を思い出したので……後で戻って来ますから!」

 気づけば足が動いていた。あの死体は、


 部屋には先客がいた。ヤクモさんだ。窓枠に座って何かを見ている。

「おや、小林さんかい。Buongiorno……じゃなかった。おはようございます、だね」

「はい。おはようございます。あの、それは?」

「死体が持ってたんだ。ほら」

 ブルーシートがかけられた泉さん__誰がしてくれたのだろう__の横を通り、ヤクモさんが見せるそれを受け取る。どうやら名刺らしい。

「えっと……東雲さん、でしょうか」

「シノノメ? 面白い読みをする日本語だね。それは、ヒガシかトウ、アズマとしか読まない、と聞いたのだけれど」

「言葉によっては。土産とか、田舎とか」

 空にそれらの字を書くと、ヤクモさんは子どものように目を輝かせた。

「面白いね。じゃあ、この字は?」

「これは……被害者?」

 指されたのは名刺の端。トランプのカード数字とマークのように書かれたそれは「被害者S」となっていた。もしかすると、泉さんも……そう思いブルーシートを剥ぎ取ると、彼女の上に一枚の紙が置かれていた。

「……罪人I」

「被害者、ではなくて?」

 SもIもイニシャルだろう。しかし、なぜ罪人? なぜ東雲さんらしき死体は被害者で、泉さんは違うんだ?

「罪人。そう言われたら、殺されて当然、と思えてしまうね」

「え……?」

「だって、罪があるのだろう? 因果応報Chi la fa l'aspettiと、言うように、悪い事にはそれ相応の罰が来るのだからね」

 ポツリと何か言われるが、それは私には分からない言語だった。不思議に思っていると、ヤクモさんはとても良い笑顔で朝食に向かおう、と私の肩を叩く。

「きっと俺達の予想は合っている。でも、まだ犯人は分からないだろう? 朝飯前、という言葉がこの国にはあるけど、人間、食べないと死んでしまうからね。流石に異国で死ぬよりも、家で死にたいだろう? なんて言うんだっけ……畳の上で死なせてくれ?」

 合っているのか合っていないのか微妙な言葉を言って、ヤクモさんは目を細めた。

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