五話
珠代さんと足元に気をつけながら行ってみると、先輩に「入るな!」と叫ばれる。驚いて入り口で立ち止まると、中で誰かが倒れていた。
「い、泉様、ですか……?」
「ええ。脈は止まっています。珠代氏、電話は通じていますか?」
「は、はい。非常時用に、と渡された物がキッチンに」
「じゃあ、八雲。珠代氏と電話をお願いします」
ヤクモさんが深く頷き、先走った珠代さんを追って暗闇へ消えて行った。入り口に残された私と島崎さんは顔を見合わせる。
「そういえば、石川さんは?」
「見てはいません、知りもしません。同じ頃、部屋に戻ったのが最後です」
室内にいる二人も知らないらしい。島崎さんによると、部屋は自分の隣で、三十分程前から物音がしなくなっていたようだ。
「ずっと、ずっと騒々しかった。まるで、この空間を笑うように」
島崎さんは歌うような口調でそう付け加えると、深いため息を吐いた。
「静寂こそが、素晴らしい。平安こそが、美しい__そう思われませんか、小林殿」
「んー……よく分かりません」
否定しても肯定しても面倒臭そう……こういう時は、適当に答えれば良いと聞いた事がある。事実、そう返答すると、島崎さんはそれ以上何も話さなくなった。
泉さんは、ここからではちゃんと見えないが外傷はなさそうだ。なら、絞殺か毒殺か? しかし、毒ならあんな悲鳴はない筈。
「なら、絞殺……?」
「いや、それはありえん。痕がない」
遺体を検分している先輩に否定されてしまう。しかしどうやら、先輩も死因が分からないらしい。何度も何度も同じ所を探している。
「もしかすると、ショック死でしょうか。ちょっと来てください。死体があります」
柳田さんは開け放した窓の下を指差す。彼が言うには、そこにスーツを着た男性が倒れているらしい。
「心臓を一突き、でしょうか。血痕があります」
「だな。とりあえず、後は警察に任せよう」
そう言って先輩は部屋を出て、暗い廊下を進んで行った。
食堂の椅子に座り、二人は俯いていた。
「どうでしたか?」
「……だ、駄目でした。電話が壊れてて」
「直せそうにないくらい見事にさ。それと、こんなのが」
ヤクモさんが机の上に置いたのは、綺麗な字で書かれた手紙だった。
「悪いが、読んでくれないか? 話せはしても、読み書きは難しくてね」
「よし、じゃあ君」
先輩に押し付けられ、周囲から視線が集まる。全員がいる事を確認して、私は咳払いをした。
「招待客の皆様へ。死体を見て驚いている事でしょう。予め、泉様の料理に毒を混ぜておりました」
そんな最初の一行で、珠代さんの顔が蒼ざめる。そりゃあそうだろう。料理を配ったのは彼女なのだから。
「珠代氏。知っていましたか?」
「い、い、いえ……わ、わたしは、ただ、キ、キッチンに、お、お、置かれてた料理を、は、運んだ、だけ、で……」
震える彼女の背を撫でながら、ヤクモさんは舌打ちを鳴らす。何に苛立っているのだろうか。不思議に思うが、続けてくれ、と先輩に言われ手紙に目を戻す。
「えーと……私が彼女を殺した理由は様々ですが、恨みがあったからです。毒に関しては、私の書斎を調べていただければ分かりましょう。その為、説明は省かせていただきます___さて。では、皆様には私が誰かを当てていただきます。この館にヒントは隠されています。もし、それなりの理由と共に私が名指しされました時には、潔く皆様の前へこの姿を現しましょう。しかし、月曜日までに分からなかった場合には、皆様は潔く私に殺されてください。では、良い結果を待っています……だ、そうです」
思わず息を漏らす。緊張して、いつの間にか汗ばんでいたらしい。手紙は少しだけヨレてしまっていた。月曜日……今日は金曜だから、あと三日。いや、もう夜中だから二日だろうか。
「訳が分からないね」
ヤクモさんはそう言って部屋に戻って行った。その後を柳田さんが続く。
「ああ、今日はやはり不幸だ……十三日の金曜日だなんて、悪い事しか起きやしない」
島崎さんも消えて行く。少しだけ落ち着いた珠代さんに促され、私達もその場を離れた。
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