動き出した歯車と、止まったままの思考回路

四話

 葬式のように静かな食事を終え、残ったのは私と、先輩と、柳田さんだけだった。

「少年。貴方の名刺にはなんて書いてありました?」

「名刺、ですか……どうぞ」

 隣に席を移した柳田さんに、ポケットにしまっていたそれを渡すと、彼はしばしば眺めた後に楽しそうに私に返した。

「成る程。少年。貴方は小林少年の名前が分かりますか?」

「…………」

「小林芳雄、だろう?」

 先輩の言葉に柳田さんは大きく頷く。

「しかし、名刺には小林少年、とあります。館の主は、然程詳しくないのでしょうか……ああ、いや、違うかもしれない。失礼ですが、少年は招待されてますか?」

「俺が無理矢理連れて来た。だから、まぁ、急と言えば急だな」

「そうですか、成る程……招待されてはいない、と」

 口元に手を当て、柳田さんは考え込む。先輩はどこかから出した文庫本を読んでいた。ポォーン、ポォーンと、柱時計が九時を示す。静寂が私達に深く被さった。

 それを破ったのは、柳田さんのため息だった。

「館の主は、誰でしょうか」

「おそらく、食卓にいた連中……俺達以外の誰か、だろうな。あのメイドが言うには、あの場にいた連中と石川の妹、あとは執事以外は誰も来ていないらしい」

「口が軽いですね。石川氏の妹、か……執事は珠代氏と同じく、一般的な名前でしょうが、石川氏の妹の名前は?」

「確か……ミツ、といったか」

「かの詩人の妹ですね。詳しくは忘れましたが、色々と功績を残されていた筈です」

「ふむ、作家本人の…………なぜ、こいつだけが作品の登場人物なんだ?」

「おそらく、かの詩人の作品が物語ではない為、登場人物を探しにくいからでしょうが。それでも、作家の方を変えれば良い筈だ」

「ああ。嫁なり友人なり兄弟なり、探せばいくらでもいるだろう。故人にプライバシーなんてないからな。全部インターネットで探せばすぐに分かる」

 二人は、私を挟んで議論を続ける。これは避けた方が良いだろうか、と思った時、鋭い悲鳴が耳に刺さった。聞こえたのは、客人の部屋がある方だ。キッチンと続いている扉から珠代さんが飛び出して来る。

「な、なななななにが!?」

「分からん。しかし、行った方が良いだろう」

「ええ。話し合いはいつでもできますからね」

 先輩と柳田さんは冷静に立ち上がると、スタスタと歩いて行った。

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