二話
取材旅行と言われ連れて行かれたのは、よく分からない洋館だった。目隠しで、何時間も車に揺られ、その上携帯の電波も届かないだなんて。黒塗り車の運転手は既にどこかへ行ってしまい、寂しい空気だけが私達を取り囲む。こんな所、先輩にとっては天国だろうが、私にとっては地獄に近い。
「だから言ったろう。本なり何なり持って来い、と」
そう言う先輩は、いつも通りの和服にボストンバッグを肩、小さめのリュックを背に持っていた。
「先輩。それは……」
「衣服と、本と原稿用紙。部屋に行ったら見せてやる」
先輩は怪しい洋館相手に、怖気付く事もなく扉を叩いた。数秒後。今時珍しい丈の長いメイド服を着た女性が私達に姿を見せる。歳はさほど変わらないのだろう。
「呼ばれた者だが、ここで会っているか?」
招待状をメイドさんに見せると、彼女は小さく頷いた。
「よ、ようこそおいでくださいました……わ、わたくし、女給の、
慌てながら珠代さんは手帳をパラパラとめくる。慣れていないのだろう。
「あ、えっと、お、お客様の名前は、この館では、つ、使えません。と、いうか、えっと」
「偽名を名乗らないといけない、って事ですか?」
「あ、はい! その、名前の方はわたくし達で決めさせていただきましたので……これを」
震える手で渡されたのは、二枚の名刺だ。一枚には先輩のイニシャルと「江戸川乱歩」という文字。もう一枚にはご友人という字と「小林少年」と書かれている。
「他の連中も、俺みたく作家の名前か?」
「は、はい……ああでも、詩人の方がいらしまして。その方には詩人の名前をお願いしています」
「そうか……付き人には、そいつの著作から名を?」
「た、多分そうです。あまり本を読みませんので、分からないのですが……」
珠代さんは困ったように顔をしかめている。まだ続けようとする先輩を止め、私達は部屋に案内してもらう。
館内は皆が一様に思い浮かべる洋館であった。蘇芳色のカーペットに、何やら鈍く光っている階段の手すりに、高そうなシャンデリア。廊下には、様々な文書が額縁に入れられて飾られている。
「これは……」
「原稿だな。本物か」
「は、はい。ご主人様の趣味らしいです……ぎ、偽名も、ご主人様が好きだから、と聞きました」
館の主人は読書家なのか。ここまで聞いて、私は気づいた。先輩から、この館や呼ばれた理由について何も聞いていない事に。これがただの取材旅行ではない事は明白だった。しかし、聞く機会を逃したまま、私は部屋に着いてしまう。
「ろ、六時にご夕食で、呼びに参りますので……それまで、お部屋から出ないよう。あ、と、トイレ、じゃない、お、お手洗い! は、この廊下を真っ直ぐ進んだ所にあります! では、ごゆっくり!」
今にも沸騰しそうな勢いで珠代さんは逃げて行った。
荷物を床に置き、先輩を見る。
「では、先輩。この洋館は何なんですか?」
「知らん。招待状が来たから来ただけだ。ついでに、危なそうだから君を呼んだ」
「いや、私じゃあ何もできませんよ……」
先輩は「そう思っているだけだ」とせせら笑う。
「その時が来れば自ずと分かる。俺が約束しよう」
「……さいですか」
それなら、信用しても良いかもしれない。まぁ、死にそうになったら何が何でも着の身着のまま先輩を連れて逃げるけれども。
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