第十七回 はたらく魔王さま!(和ヶ原聡司/電撃文庫)

 異世界ファンタジーというジャンルはもうすでに語りつくされ、新たなフォーマットは出てこないものだとばかり信じてきました。剣と魔法、異世界召還・転生、ドラゴンとの戦いetcetc...これらはもうすでに使い古され、戦いばかりの作品群の中で経済という特異な概念を持ち込んだ狼と香辛料以降、ライトノベルにおける異世界ファンタジーというジャンルにおいて新たな視点を持った作品など世に出てこないものだと思い込んでいました。その考えを根底から覆してくれたのが本作です。ごく個人的なことですが、新人賞上がりの本作を読んだときの衝撃をいまだによく覚えています。

 新宿区の笹塚駅近くにあるヴィラローザ笹塚(築50年六畳一間風呂なし家賃四万五千円)の201号室には、真奥貞夫と芦屋四郎という男が二人で住んでいます。真奥はフリーターでマグロナルドなるハンバーガーショップでアルバイトに精を出し。芦屋は主夫として真奥を支え、昼間は図書館で勉学に励む毎日。貧乏な若者であるということ以外は特段何も変わったところの無い二人ですが、実はこの二人、異世界で勇者一行に敗れて命からがら日本に逃れてきた魔王サタンと大元帥アルシエルその人であり、いつの日にか元の世界へ戻る方法を探しあて、勇者であるエミリア・ユスティーナを倒して人間を駆逐すべく、アルバイトと家事をしながら爪を研ぐ毎日なのでありました。そんな平和な毎日に突如として嵐がやってきます。なんと勇者であるエミリアも、遊佐恵美として日本の、それも笹塚のコールセンターで働いていて、それに気づいたエミリアは二人に襲い掛かります。百均のナイフで。……エミリアもエミリアでまたもとの世界に戻れなくなってしまっていたのでした。やがて異世界からぞくぞくやってくるエミリアの仲間や敵、魔王の戦友、真奥のバイト先の後輩店員である佐々木千穂など、地球と異世界の人々が入り乱れて、魔王のアルバイト生活は平和な毎日とはいかないわけでありました。

 今までの異世界モノというのは、当たり前なことですが異世界が物語のベースで現実世界は全く干渉してこないか、あるいは異世界に現実世界の人間が転生したり召還されたりして赴く、というのがパターンでした。本作は物語のベースをあくまで現代の日本に置いて、そこで悪辣なイメージの魔王という存在をあえて地に足つけてあくせく働く青年として描くことで、今までの異世界モノの概念を覆した作品であると個人的には思っています。最大の見所は、物語のスケールの大きさに反比例している魔王一行の庶民くささでしょうか。魔王サタンはアルバイト先で使う資格試験の結果に一喜一憂し、宰相アルシエルは夕食の献立と冷蔵庫の中身に頭を悩ませ、堕天使ルシフェルは働きもせず日がなパソコンで暇をつぶすニートっぷり。物語が進むにつれて、異世界であるエンテ・イスラの状況が分かるようになり、交渉に行ったり戦いが起こったりと、そのスケール感はなかなかのものですが、しかし魔王は長期で休んでいるバイト先のことを散々気にしたりと、そのスケールにいい意味で順応していません。勇者であるエミリアも、日本の農業技術の高さに目を見張るばかりで、家業であった農業にどうにかフィードバックできないかと頭をめぐらしたりと、影響を受けまくっているところが笑えます。ラブコメ的な面から見れば、魔王サタンと勇者エミリアを、ある事情から「ぱぱとまま」と呼ぶ幼児が登場し、魔王と勇者の距離が急接近するという何とも豪快な設定なのですが、それがどうして、戦い憎しみあっていた頃の関係では理解できなかったお互いの立場・心情について知る機会となり、どっちつかずでつかず離れず、なかなか面白いコメディに仕上がっています。

 本作は俺TUEEEEかつ「日本スゲー」系異世界ファンタジーという、なんとも古参のファンには嫌われそうな属性を持つ作品ですが、設定しっかり、スケール感しっかり、内容もきっちり、ラブコメどっさりで、そういった方々にもとてもおすすめできる作品です。私はとても気に入っています。

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