第十八回 とらドラ!(竹宮ゆゆこ/電撃文庫)

 どんなジャンルでも、何の前触れも無く突如現れて話題をさらい、以降の作品に影響を与え続ける傑作、いや怪作とでも言いましょうか、そういう存在があるものですが、私の好みは別として、2000冊の蔵書の中からそういった傑作を選ぶとしたら、迷わず本作を選びます。本作が現れた当時の衝撃はライトノベルを愛好する界隈の話題をいっぺんにさらって行ってしまいました。そのくらい、突如現れた本作のインパクトは計り知れないものがありました。しかし、一方で本作を語るということはとても難しい。言語化できないところに本作の深い魅力があるような気がするからです。読んだことの無い皆さんに魅力が伝わる文章が書けるかどうかはわかりませんが、とにかくここまで絶賛するのはあまり無いことです。

 目つきが鋭すぎてヤンキーにしか思われない高校二年生の高須竜児は、親友で真面目だが少しズレた北村祐作や、密かに思いを寄せている、常に笑顔で快活だがたまに不思議な言動をする櫛枝実乃梨と同じクラスになれたことを喜ぶ。同じクラスには実乃梨の親友で、小柄な体格と可憐な容姿からお人形のようだと形容される逢坂大河もいた。大河は祐作に思いを寄せており、祐作あてのラブレターを誤って竜児のカバンにいれてしまい、それを取り返すために大河は竜児の住むアパートに侵入する。それがきっかけとなり、竜児は大河と勇作の、大河は竜児と実乃梨の恋路を応援してサポートする共同戦線を張り、竜児と大河の関係は急激に近づいていく。この4人と、モデルをしているほど容姿端麗で、誰からも慕われている(が、実際には強烈な毒舌と高慢なプライドを持っている)川嶋亜美も絡み合って、複雑な人間関係のもとで竜児の高校生活が綴られていく。

 本作はビームも打たなければ魔法も使わない、ごくありふれた「学園ラブコメ」です。特異な設定といえるものは何もなく、物語はただキャラクターたちが青春を謳歌している一挙一投足を追うだけです。しかし、それだけに注力したといっていいその割りきりが、本作の評価を決定的なものにしました。ライトノベルがキャラクター小説であるというのは疑いようもない事実であり、本作もキャラクター小説に分類されるとは思いますが、中でもヒロインたちの造形に関しては右に出るものはないと勝手に断言してしまいます。以下の文章は重大なネタバレを含みますが、もともと扉で警告していますし、このネタバレをしないと本作の大事なキモのところに辿り着けないので、気にせずネタバレをしてしまうことにします。

 逢坂大河は当初は祐作に大して思いを寄せていましたが、体格も貧相で泣き虫でドジで家事のひとつもできない自分にずっと優しくしてくれる竜児に対して徐々に惹かれていきます。しかし竜児は実乃梨のことが好きなのであり、しかも当初自分はそんな竜児を応援しています。そして何より気づいてしまいます。親友の実乃梨が竜児のことを想っていることを。ずっと支えてくれた竜児の恋路の邪魔はすまいと、不出来な自分を親友だと言ってくれた実乃梨を応援しようと、自分の気持ちを硬く封印し、世話になった友達を幸せにしたいという思いだけが彼女をつき動かします。自分の心のきしみには気づかないふりをして。

 櫛枝実乃梨は笑顔が素敵で快活な女の子ですが、一方でその笑顔の裏に自分の本心を隠してしまう女の子でもありました。実乃梨はある出来事がきっかけで大河が竜児のことを想っていることに気づいてしまい、一方で自分も竜児のことを想っていることにも気づいてしまいます。実乃梨は大河の複雑な家庭環境と今までの不幸を知っていて、心底大河に幸せになってほしいと願っており、その快活な笑顔で自分の恋心を隠すことにしました。その親友に対する願いは硬く、想いを寄せる竜児の告白も聞こえなかったふりをしてまで、自分に嘘をつき続けます。しかし、川嶋亜美に自分の気持ちを看破されてから、自分に正直にならない大河と、嘘をつき続ける実乃梨自身に対して猛烈な怒りをぶつけます。

 その川嶋亜美は、すべてを知っています。表では容姿端麗で誰からも好かれる性格と思われている彼女ですが、しかし実は毒舌で他人を悪く言うことにかけては天下一品。腹黒い方が素という彼女、そんな一面を見られてもなぜか竜児とはウマが合い、やがてほかの3人(祐作とは幼馴染で以前から面識があった)とも、仮面をかぶった川嶋亜美ではなく、素の川嶋亜美としてとても親しくなります。しかし彼女は明晰な観察眼から自分たちが置かれている人間関係のすべてを察し、おままごとのような上っ面だけの友達関係をしていると、自分を含めた5人の関係を「ぐちゃぐちゃに」してしまいます。それはかけがえのない友達を想ってのことで、竜児の大河と実乃梨に対する想い、大河の竜児と実乃梨に対する想い、実乃梨の竜児と大河に対する想い、すべてを良い方向に向けるため、大切な友達を想って、望んで嫌われ役を買って出ることにしたのでした。―――自身は竜児に想いを寄せながらも。

 本作の人間関係のことを「三角関係」と一言で済ますことはとても簡単なことです。ジャンルとしてはラブコメディーにカテゴライズされる作品でありましょう。しかし本作の場合、根底に流れるものは「友情」であり、大切な友達だからこそ、自分の本音を隠してしまったり、あるいは当初の自分の気持ちが時を経るうちに変わってしまって、それが友達の想いを妨げてしまうとわかったり。そうしたときにどのような行動を起こすか、時にそれはボタンの掛け違いから自分で望んだ結果とはかけ離れてしまったり、お互いを想うあまりに傷つけてしまったり。そういったもどかしいまでの友情物語が本作がずっと評価され続ける主要因なのでしょう。本作への感想として「恋愛っていいな」というものをよく見ましたが、私はこんな「恋愛」なんてゴメンですね。友達とこんなに本音をぶつけ合うなんてできないししたくないですもん。しかし物語上とはいえ彼ら彼女らは、確かに本音をぶつけ合い、友達も自分自身も傷つけながら、それでも友達が大切なのだというただ一点で、前へ前へと進み続けました。本作のドロドロとした人間関係のぶつかり合いが、マイナスな感情ではなくむしろ感動を呼ぶのは、お互いがお互いのことをとても大切であるということについて深く深く掘り下げ続けた結果なのです。人間関係をぶつけ合う「友情物語」が読みたい人は駆け抜けるように読むことになるでしょう。(以下は私の勝手な感想ですが、実はこのラストには納得いっていません。まあここまで人間関係が絡み合うと、どうまとめても何かしらのモヤモヤが残るでしょうから、これでいいのでしょう、という一種の諦めのようなものがありますw)

 最後になりましたが、とらドラ!はアニメも出色の出来で、こちらは原作のドロドロ加減をマイルドに薄めたようなテイストなので原作をリスペクトする私からすると邪道ともいえますが、何より声優さんの演技のすさまじさったらありません。心の叫びの表現を聞くのにうってつけの作品と言えると思います。こちらもあわせてオススメです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る