第十四回 俺の妹がこんなに可愛いわけがない(伏見つかさ/電撃文庫)

 設定てんこ盛りの異世界ファンタジーが続いたので、ここいらでトリッキーなものをご紹介しておきたいと思います。題名からしてぶっ飛んでいて、現在のタイトルでどんな物語かが一目で分かる系小説のはしりではないかと勝手に思っているのですが、どうでしょうか。

 主人公の高坂京介の妹、高坂桐乃は頭脳明晰スポーツ万能、おまけに雑誌の読者モデルまでこなす容姿の持ち主という完璧超人であるが、実は裏ではドのつくアニメオタクであり、二次元の美少女を前にすると途端に笑顔が気持ち悪くなり、「デュフフフフ」という奇声を発し始めるという困った性癖の持ち主。中でも「妹」に対する思い入れは人一倍強く、18歳未満にもかかわらず妹モノのエロゲーすら集めるほど。そんな桐乃の裏の趣味を知ってしまった京介は、その晩桐乃に押し倒されながらこう囁かれる。「人生相談があるんだけど」。かくして、京介はその相談を引き受け、桐乃がオタクトーク全開でも引かれない友人作りに奔走することになったのだった。

 妹萌えというのは今でこそありきたりなものとして認知されていますが、本作が刊行されていた時期はシスタープリンセスの登場からひと段落たったぐらいの時期で、最先端とは言わないものの、世のオタクたちにそこそこ新しい文化として浸透していた頃で、本作はまさしく「妹萌え」という文化に対するカウンターカルチャーであったように思います。ここでいう「妹」とは、往々にして義理の妹を指します。要するに、法律的にも社会的にも付き合っても何ら問題ない状態で「妹」とラブコメディをやる、というものですね。以前にハーレムを語ったときに、「現代の社会規範では、ハーレムエンドになるのはリアリティが無い」というようなことを書きましたが、義理の妹という立場はまさにこの「リアリティのなさ」の対策として生み出された概念だったように思います。まあ現実では義理の妹が転がり込んできて、あまつさえ恋人関係になるなんて状況にはならないわけですが、「実妹」よりはまだ現実味がありましょう。そして、本作はそうした状況へのカウンターとして、「実妹」をヒロインに持ってくるという暴挙に打って出るのです。本作がネットニュースサイトと連携して人気を獲得していったことは、本作自体の評価とは関係ないので割愛しますが、そうした宣伝が実を結ぶ前、本作は期待されて刊行されたものでは全くなかったと作者はインタビューで答えています。どこかからかお叱りが来たら筆を折ろうとまで考えていたと言います。加えて、現実味の無い、現実の社会規範との妥協の産物である「義理の妹」という設定が二次元の世界にあふれ出していたまさにその時、編集部に全く期待されていなかったから出来たともいえる暴走が実を結ぶことになったのです。

 本作はアウトラインだけを見るとラブコメディのように見えますが、焦点は「妹」という存在について深く深く掘り下げるということを徹底したストーリーです。作中で桐乃は、兄の京介に「大嫌い」と臆面もなく言い放つ場面が何度もあるのですが、年の近い兄妹と言うのはなかなか仲良く出来ないもので、これは現実に即したリアリティをもった言い回しと言うことが出来ます。しかし、桐乃は憎まれ口を叩きながらもその実、兄のことをとても大切に思っており、終盤では京介に仲のいい女友達(この友達は、桐乃にとっても大切な友達なので、桐乃はその狭間で思い悩むことになります)が出来ると、そのことを露骨に嫌がり、やがてその友達と兄が恋仲になると、兄は自分のものだと独占欲を見せるようになります。ここまで苛烈な妹が現実にいるかどうかはともかくとして、口ぶりでは憎んでいるような言動をしつつも、兄の助けを求め、兄が傷ついたときは支えてやり、その兄を他の人間に取られたくないという独占欲もある。家族としての情愛ではありますが、そのいじらしさといったらありません。

 まあ最初からネタバレしますと警告してあるので盛大に最終巻のネタバレをしてしまうと、実妹の桐乃以外で明確に好意を持っているヒロインをカウントすると5人もいるという、端から見ればハーレムモノと言っても差し支えないストーリーなのですが、にもかかわらず、最後はなんと「桐乃エンド」です。もう一度確認のために申し上げておくと、実妹エンドです。これにはライトノベルを当時1000冊ほど読んでいた私もぶったまげました。ラストの巻は取っ組み合いの喧嘩(これにも驚きました。桐乃の喧嘩の相手は意外なあの人です。。。)まで始める始末で、”実”妹と言う存在について掘り下げに掘り下げまくった作品はおそらく皆無でしょう。というかこれからも無いんじゃないですかね。とにかく、ラブコメディというよりはどたばたのコメディが好きな方はたぶん気に入る作品じゃないかと思います。お勧めです。


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