第十三回 氷結鏡界のエデン(細音啓/富士見ファンタジア文庫)

 またしても正統派のファンタジー小説から。往年の富士見ファンタジア文庫そのままといった感じの作風ですが、時代をさかのぼると少しとっつきづらくなるので、わりと新しめの作品から選ぶことをオススメします。前回の作品のしかり、今回の作品しかり。

 「魔笛」と呼ばれる力を持つ「幽幻種」という脅威が存在する世界では、この災厄から逃れるために、人類は浮遊大陸「オービエ・クレア」を作って地上から引き離し、これを「氷結鏡界」なる結界によって守ることで平和に暮らしている。この氷結鏡界は、巫女が「天結宮(ソフィア)」と呼ばれる塔の中にある施設で極寒の氷の中で祈ることによって維持されているが、この巫女たちを守る「護士」であった主人公、シェルティス・マグナ・イールは、若くして天結宮の幹部級にまで上り詰めた天才であった。しかし、任務中に幽幻種が跋扈する地帯である「穢歌(エデン)の庭」に落ちてしまう。誰もが死んだと思われていたが、彼は1年後にエデンから戻っており、ある喫茶店で住み込みのバイトをしていた。その手に「魔笛」を宿して。

 …………とまあ、簡単に世界観を説明しても何のこっちゃですよね。大丈夫です。この小説はそもそもが何回も読み返すことが前提です。そういう意味では、完全に「人を選ぶ」小説でありましょう。ライトノベルの「ライト」が「軽い」という意味だと認識している人には、本作はあまり向いていません。何せ世界観が壮大かつ緻密なので、全容の把握にはかなりの時間がかかると思います。刊行順に物語を追っていくと、そもそも世界観や設定の全容については序盤ではあえてボカされていて、わからないところが多いですし。まあそうはいっても、ここでわざわざ紹介するわけですから、読み込んでいくと非常に面白いと言うことは保障するわけではありますが。

 本作のテーマを私なりに解釈するならば、「近くて遠い」ということになりましょう。設定でもお話したとおり、主人公のシェルティスはエデンの庭に落ちたことで、「魔笛」と呼ばれる「幽幻種」なる脅威が持っている力を手にしています。氷結鏡界は巫女が持つ「泌力(しんりょく)」なる魔笛を浄化する能力によって維持されるが、ここで巫女をしているヒロインのユミィとの間で、エルベルト共鳴という、泌力と魔笛が反発しあう現象が発生してしまい、お互いに好意を抱いているのは明らかなのに、二人は触れることも出来ないどころか、その立場が故に意図的に遠ざけられてしまいます。シェルティスは、巫女を直接守ることの出来る、いわゆるボディーガードの役目を持つ錬護士を目指すことになりますが、ある事件の解決に尽力したことで天界宮に戻ってくることは出来たものの、一番下の階級からやり直しで、魔笛を宿した少年と言うことで危険な任務ばかりが充てられることになり、そこから途方も無い困難と冒険に赴かなくてはならなくなりました。しかしヒロインのユミィは天界宮での祈りがあるために、シェルティスに対して何もすることが出来ません。お互いにお互いを想っている、心と心の距離は近いのに、もどかしいばかりで先に進まない、しかし困難ばかりはやってくる、という状況に晒され続けます。しかし、シェルティスはこの困難に勇敢にも立ち向かい、自分の能力と付き合いながら戦い続けていきます。二人の想いはとても純粋で、私からするとまぶしいばかりなのですが、それがとても魅力的に写るのでした。

 話は変わりますが、私は主人公やヒロインよりも、魅力的な脇役を好みになる傾向にあります。何度となく主人公を助けてくれるが、口ぶりがそっけない気の置けない友人のキャラや、主人公に協力をしてくれることが多いものの、どこか影をまとっていてある一定のところ以上には親しくなれないキャラ、主人公に想いを寄せるメインヒロインの友人だが、影では自分も主人公に想いを寄せており、恋愛と友情の狭間で揺れているキャラとか、そんな脇役がとても好きです。本作では中盤以降、シェルティスとユミィがパーティーを組んで幽幻種を倒すための戦いに身を投じるようになります。そのパーティーの他のメンバーがとても魅力的で、ぶっきらぼうだが誰よりも心優しいヴァイエル、頭脳明晰だがとても警戒心の強い華宮、巫女を目指したが夢破れた真面目なモニカの3人が中盤から物語を引っ張り始めます。それぞれのキャラクターにはそれぞれが主役となるエピソードがあり、力も精神も未熟だったキャラクターたちの成長を描いている様は、見ていてとても興奮しますし、感動的ですらあります。またそれ以外の脇を固めるキャラクターもとても魅力的です。実はこの文章を書くにあたって設定に関してはwikipediaで確認しなおしたところが多かったのですが、キャラクターに関しては、名前さえ見ればどんなキャラでどんなエピソードがあったか思い出せたほどで、2000冊近く読んでいると一作品のキャラやエピソードの記憶と言うのは薄れていくものなのですが、それだけ一人ひとりのキャラに魅力があったということなのでしょう。

 本作は設定がてんこもりで尚且つ完成度が高いと言う稀有な小説である一方、その設定の中で奮闘するキャラクターたちの造形にも目を見張るものがあります。壮大な設定だけでなくキャラクター性も魅力的な本作は、異世界ファンタジーを好む人にはぜひともオススメです。



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