第十回 ブラック・ラグーン(虚淵玄/小学館ガガガ文庫)

 ライトノベルの範疇には、ゲームやアニメをそのまま小説にしたり、あるいは外伝となる話を収録して刊行される書籍も含まれます。ライトノベルを語る上でこうした「ノベライズ」作品を無視することは出来ないでしょう。ゲーム関係の関係者とつながりの深いファミ通文庫から刊行されることが多いのですが、今回は小学館のサンデーで連載されているブラック・ラグーンの小説版をご紹介します。忌憚の無い意見を言わせてもらえば、こういったノベライズ作品では原作の劣化コピーである場合が多いというのも事実で、なかなかあたりを引くのが難しいジャンルです。そんな「はずれ」の多い界隈の作品を様々読んだ中でも、本作は「あたり」で、その中でも傑作だと思っています。まあ、ブラックラグーンと虚淵玄という作家をご存知の方なら、ブラックラグーンを虚淵玄が書くというだけでもう購入するのは決まったようなものですが。。。

 東南アジアの某国にロアナプラという街があります。この街はあらゆるギャングが裸足で逃げ出す無法地帯で、世界的なマフィアであるロシア系のホテルモスクワ、中国系マフィア三合会、スペイン系マフィアコーサ・ノストラ、コロンビア系マフィアマニサレラ・カルテルがしのぎを削って抗争を繰り広げるというこの世の吹き溜まりのような場所で、小説版のあとがきの文句をそのまま使えば「命の軽い」街です。そんな街に紆余曲折あり流れ着いた日本人、岡島緑郎(あだ名はロック)は、そこで出会ったレヴィ、ダッチ、ベニーと共に、原作の科白によれば「運送屋で、たまにゃ御法に触れることもする」ラグーン商会という会社で働きながら、マフィアやゴロツキ、殺し屋などが跋扈する街でトラブルに自ら足を突っ込んでいくことになるのです。

 さて、本作が成功した要因は何か。やはりそれは、原作と小説版作者のフィーリングが似通っていたことにあると思います。その作品の空気感を引き出すことが出来るか、ここにノベライズが成功するかしないかの境目があると思います。お二方ともあとがきの対談で述べておられますが、「銃撃ちの呼吸みたいなものが分かっている人」「秋葉原の同じコーナーで干物を売っている気分」というような、お互いの作品に対するシンパシーが元々強かったこともあって、お互いに納得のいくノベライズの選任だったようで、虚淵氏は「いずれはラグーンを書かなければなるまい」という意識が元々あったようです。ブラックラグーンの世界観は、まさしくアメリカの傑作B級映画のそれです。対して虚淵氏は今でこそ魔法少女まどか☆マギカやサイコパスのような、アニメの脚本を書いているイメージが強い人ですが、所属しているニトロプラスでは、「Phantom -PHANTOM OF INFERNO-」など、ガンアクションをメインにした作品を複数出しておられますし、本人もドンパチをガンガンやるような映画がお好きであるようで、エンターテインメント作品におけるアウトローな世界観を書くのに、虚淵氏というのはやはり適任であったと言わざるを得ません。このような作品の空気にマッチした雰囲気作りが最初から出来る作家がノベライズを行える作品というのは極めて稀です。たとえばバンダイナムコの看板商品のテイルズシリーズのうち、テイルズオブヴェスペリアのノベライズで、作中に登場する二人のキャラクターの過去について取り扱った外伝小説がありますが、これは原作のシナリオを手がけた奥田孝明氏が自ら執筆しており、これもノベライズ史の中に残る傑作といえる出来でした。このように、原作とノベライズを手がける作家の間で発表されてきた過去の作品のフィーリングに類似性が見られる場合や、原作側のスタッフ自らがノベライズを行った場合に限っては、面白さが保障されていますが、そのほかについては「はずれ」の確率の方が多いかな、というのが手前勝手な私見です。

 もったいぶりましたが、内容のほうを。詳しく書くとネタバレになるので書けませんが、漫画でもアニメでも、原作に触れたことのある方なら「これがまさにブラックラグーン」という作品です。これ原作者自ら書いたんじゃないの? と思うくらいにそのまんまです。本当に違和感無く読めます。展開の節々から「虚淵てめえ勝手なことやって楽しそうだなオイ」というくらいに、ロアナプラという舞台を使って虚淵氏が自由にお話を作り上げておられます。虚淵氏も書いていて本当に楽しかったでしょうし、原作者もここまで書いてもらえたら本当に楽しいだろうなあ、と思うような、ノベライズとしては出色の出来です。原作の血なまぐささや暴力性もそのまま。アウトローたちの芯に刻まれた仁義もそのまま。ラグーン商会のコミカルな演出もそのまま。本当にそのまんまです。原作が好きな方は是非書棚に加えるべきノベライズですね。


 …………1巻半ばほどの、原作者広江礼威氏渾身のレヴィのイラストについてはあえて触れていません。どう見ても広江氏が気合い入れまくって書いた一枚だと思います。読んだ方は分かってもらえるでしょうが、まあ未読の人がそのほうが面白いでしょ、というわけで多くは語りません(笑)


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