第十一回 神様のメモ帳(杉井光/電撃文庫)

 ライトノベルという世界は何でもありのごった煮で、ファンタジーはもちろん、ロボ、ミリタリー、ラブコメ、ホラー、ミステリー、そのほかなんでも、ライトノベルだと呼称してしまえばライトノベルたりえます。一般的には「表紙や本の中に挿絵がついているか否か」がライトノベルの定義として分かれ目になってきそうな感じですが、まあライトノベルの定義なんて十数年前にこの界隈に流れ着いたときからやっている議論がいまだに決着を見ないということからも、この議論がいかに不毛かということが分かります。今回はそんな話がしたいわけではなく、各々の中にあるライトノベルという存在を各々が各々で固定概念化して、自分の思っていたライトノベルだと思って触ったら違った、という場合も往々にしてあるんだよ、という、そんなお話。

 杉井光という作家は私はかなり好きな作家で、わりと作家買い(挿絵や内容で吟味してから買うのではなく、特定の作者が本を出したら即買うという行為のこと)をする方なのですが、周りのライトノベル愛好家にはあまりウケがよろしくありません。それは、この作家は数あるライトノベルの中でもかなりクセの強い部類に分類されるからでしょう。書いている作風はわりと硬派というかきちんとお話を作る部類の作家で、重めのエピソードが中心になりますが、キャラクターがとてもキャッチーというか個性的なので、引き込まれる人はかなり引き込まれることになると思います。逆に言えば、引き込まれない人にとっては箸にも棒にもかからないってなもんです。さて今回はそんな杉井光の中から、一番クセがあるんじゃなかろうかというシリーズからご紹介することにします。

 主人公の藤島鳴海は転校先の学校で篠崎彩夏と知り合ったことから、彩夏のバイト先である裏路地にある寂れたラーメン屋、「ラーメンはなまる」の存在を知り、そこにたむろする勉強もしないし働きもしない、いわゆるニートたちの探偵社があることを知ります。元ボクサーで荒事担当のテツ、盗聴器などの機械類を担当する少佐、女性の部屋を渡り歩いて情報を集めるヒモのヒロ、街のチンピラたちを束ねて影から探偵社をサポートする四代目、そして代表で洞察力とクラッキングやハッキング能力に優れたアリス。ニートばかりの探偵社で、お遊戯だと思っていた鳴海でしたが、彩夏が巻き込まれた事件はとても大きいもので、そうした裏社会の事件をニートたちを使ってありとあらゆる手を尽くして解決していくアリスの参謀として、様々な事件を解決することになるのです。

 さて、杉井光のとっつきずらさというのは、まずそのキャラクターのキャッチーさにあります。キャラクターが個性的であるということは、作品の評価を高める上ではプラスに働くことが多いですが、どんなことでもやりすぎるのはよくないというもので、神様のメモ帳を例に挙げれば、核となるキャラクターたちはニート、それも元ボクサーの中退者、爆発物まで自作する工作員、ヒモ、チンピラのリーダーと数え役満で、それらを束ねるリーダーであるアリスも頭脳明晰ながら風呂さえ自分で入れないという生活破綻者という有様。そんなキャラクターの中で、一見平凡そうな主人公の鳴海ですが、ここ一番の度胸とハッタリの奇抜さは尋常でなく、時に命さえもかなぐり捨てます。物語としてはこれほどキャッチーだと逆に面白くなりそうなものですが、主人公やヒロインに自分を重ね合わせて読むようなタイプの読者には、まあ受け入れられない物語といえるでしょうね。杉井氏が描くヒロインにも特徴があり、生活能力が皆無で世話を強要してきたり、無理難題を吹っかけられたりと、外面からは想像も出来ないほど横暴さや我侭が目立つことがままあります。かつてゼロの使い魔のルイズを題材にして、「主人公に暴力をふるうヒロインはアリかナシか」という議論がライトノベル界隈で大々的に行われたことがありました。議論の内容はよく覚えていないのですが、「ツンデレだからといって暴力をふるうヒロインはナシ」派の方が多かったように記憶しています。私はいいと思うんですけどね、デレた時のギャップが大きいですし。話を戻して、本作に限らず、杉井光作品のヒロインたちは、この基準で計るとほぼ全員が「横暴なヒロインなのでナシ」という結論に至ると思います。というか、そういう無理難題を吹っかける系のヒロインでも唯々諾々と従う主人公が多いので、作者にそういう願望でもあるんじゃ無いかなとか邪推していますが、真相は分かりません(笑)

 また、物語の内容についてもとっつきづらいというか、他の作者ではまず扱わない(=見慣れない・オリジナリティがあるともいえる)題材を扱うことが多いです。たとえば本作でいえば、一巻からいきなり事件の主題が「ドラッグ」です。ライトノベルでドラッグをここまで掘り下げてネタに使った作品はあまりないんじゃないかなあ。その他暴力団、二億円、闇風俗等出てくることからも、今の異世界ファンタジーをライトノベルだと思っている読者は読んだら眩暈を起こすんじゃないかなあと思うことしきりです。その分、物語では本当に読ませてくれるし、巻を追うごとに社会からは爪弾きにされつつも懸命に生きるキャラクターへの愛というか、共感めいたものが沸いてくるので不思議ですが、神様のメモ帳に限らず、杉井作品ではこうしたアクの強いキャラクターと、普通ではまず扱わない題材を巧みに操って物語を作り出していきます。こうした「軸のブレなさ」が固定ファンがついている要因なのかもしれません。

 まあ、杉井光作品で言えばこの「神様のメモ帳」か「さよならピアノソナタ」が杉井光ワールドを体感するのにちょうどいいし、何より投げっぱなしが多い氏の作品群の中で珍しく完結しているので、気になったら1巻だけ読んでみて、自分がこの作者の物語の魅力に付き合い続けられるかどうかを判断すれば良いんじゃないでしょうか。昨今は異世界チート系が流行っているので、ライトノベルといえば異世界チートという認識の方も多くなっているようですので(これは少し以前のラブコメブームのときもそうでしたし、異世界ファンタジーブームのころも同じだったのでここ最近の傾向というわけでは無いです)、ライトノベルという言葉の持つ広さを認識してもらうのに役立つのではないかと思うわけです。1巻だけ読んでも、それは体感できることでしょう。


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