第九回 異世界居酒屋「のぶ」(蝉川夏哉/宝島社)

 前回、前々回と王道を自ら外れてわが道を行ったライトノベルを紹介したわけですが、別に王道を行くラノベが嫌いであるとか、そういうことは全くありません。面白い小説は面白いです。しかし、ただ王道をなぞっただけでは面白さの差別化は図れず、埋没していってしまいます。今回は現在流行りの異世界転生・召還モノから一作ご紹介いたします。まあ、元々は「小説家になろう」から書籍になった作品ということで、ここで紹介してもいいもんかわからないですが、まあその時はその時ということで(笑)

 居酒屋の主人であったノブが経営していた居酒屋の裏口が異世界へと繋がっており、異世界で日本風の居酒屋を出し、そこで起きる日常風景を描いた料理モノの小説です。こうやって書くと流行りとは何も関係ないじゃないかという向きもあるかと思いますが、本作は立派に流行りにのっとった作品で、作者はよく勉強されておられる方なんだなというのが読んですぐにわかります。本作は一見すると異世界での日常モノ、あるいは昨今漫画界では流行りの兆しがある料理モノであると感じる方も多いと思いますが、これは異世界チート系の作品の系譜に連なってきます。異世界チート系というと、小説家になろうではもはやおなじみですが、文化や技術で現実世界よりも劣る異世界に、現実世界から何か道具(スマホであったり、銃であったり)や文化(宗教や政治システムなど)を持ち込んで、異世界の人に「そっちの世界ってすげーんだな!」って言ってもらう小説のことです。よくテレビで外国からやってきた人が日本の文化や技術に触れて「日本ってスゲー!」って言ってもらう番組がありますが(余談ですが、私はああいう番組好きじゃないんですよね)、それと似たようなカタルシスですね。自分がすごいわけでは無いのに、自分が住んでいる環境について褒められると、なぜだか自分自身が褒められたように錯覚してしまいますよね。そういった小説では、大抵は戦いにおける攻撃の手段であったり、あるいは世界や国の中で覇権を握るためにそういった「チート」が使われることが多いです。本作は戦闘描写や政治闘争の場面は描かれず、ただ居酒屋に現れる客との日常風景が描かれるのみです。しかし、本作は立派に「異世界チート」系の小説です。たとえば本作では客に親しまれている酒に「トリアエズナマ」という酒があります。まあこちらの世界で言うところの生ビールですね。しかし、トリアエズナマはジョッキにキンキンに冷えたもので、冷蔵庫がなければ話になりません。居酒屋「のぶ」では、日本に元々あった店舗の冷蔵庫を生かしておき、サーバーから注ぐという形で、異世界でもキンキンに冷えたビールを提供できるのです。それに、トリアエズナマは日本のビールであり、ラガーという製造法で作られたものですが、ラガーというのは、ヨーロッパで伝統的にそれまで飲まれてきたエールビールと比べると、製造法が難しいのです。なので、ラガービールは簡単には作れず、居酒屋「のぶ」では日本から仕入れを行って、異世界ではなく日本の方で保存をしています。また、本作では刺身や天ぷらなど、日本とのつながりが無ければ実現できない料理が数多く登場します。バトルや政治闘争がないので見落とされがちですが、しっかりと現実世界の道具を利用する「チート能力」によって居酒屋を経営しているのですね。

 話は少し変わりますが、「オリジナリティ」という言葉が創作界隈ではありますね。作品の中にオリジナリティはあればあるほどいいということが一般的に言われると思います。小説であるならば、作者にしか書けないことがあるとすれば、それは大変な価値を生みます。また創作界隈の言葉として、「王道」という言葉がありますね。使い古された陳腐なストーリー、という風にとらえることもできますが、逆に言えば、長い間体裁を変えながらも愛されてきた一種の「型」です。たとえばハリー・ポッターシリーズにしても、突如として魔法の才能に目覚めて悪者をやっつけるという点では「俺TUEEEEE」との関係性がありますし、魔法学校という学園モノであるということも言えると思います。日本でもそういった物語はいくつもありますし、「王道」というのは人類に普遍的な面白さを与えてくれるのではないかなと思っています。しかし、ただ王道な展開をなぞらえればよいかというと少し違います。多くの人が好むということは、多くのライバルとなる書き手が存在するわけで、そうした中で勝ち残るには、他の作品との差別化が重要になってきます。これこそが「オリジナリティ」というわけですが、多くの方がオリジナリティと王道はまったく別の概念で、王道要素が多ければオリジナリティが薄くなり、オリジナリティを優先させれば王道な展開ではなくなるという、いわゆる反比例の関係になっているという「誤解」があるような気がします。しかしそれは全くの誤解で、たとえば異世界居酒屋「のぶ」を例にとれば、先述したように異世界にチートを持ち込んで無双するというフォーマットを取っていながら、無双する対象を戦いではなく「料理」とすることで、他の作品との差別化を図っています。昔よく創作の議論をした人(この方はその後にあるレーベルでプロ作家になり、現在も刊行中です)との会話の中で、このテクニックのことを「外す」という言い方をしましたが、要するに異世界チートという「王道」という体を取りつつも、しかし「居酒屋」や「料理」や「日常」を題材にするというオリジナリティを加えることによって、王道から一歩外れることでオリジナリティ的な要素を加えることに成功しているのです。全くのオリジナルのアイディアで「この人の作品はこの分野の歴史を変えた」とまで言われるような作品を作れる人にとっては小手先の技術と笑われるかもしれませんが、そのような作品が作れる人はほんの一握りなので、この「外す」という技術は、多くの創作家を志す方には重要な視点ではないかなと思っています。

 また、料理モノというところでも本作は技術を使っています。孤独のグルメやクッキングパパ、食栽のソーマなどの漫画作品では、普通の料理よりもおいしそうな料理を紹介したり作ったりすることによって、作中の食べる人の驚きがより読者とシンクロして、話の面白さに繋がっていくわけですが、本作では、懐石料理屋で修行した料理人であるノブの腕は確かではあるものの、登場する料理はごく一般的に居酒屋で食べられている食べ物です。しかし、本作は面白い。それは何故かというと、異世界で「日本の」居酒屋を出すということによって、この居酒屋のおかれている環境が、文化レベル的に低いのですね。前述した「日本はすごいデスネー!」系のテレビ番組と同じで、要するに「あの料理はおいしいよねえ」というのが異世界の人々の感激のリアクションによって自分たちの文化そのものが褒められているような気がしてしまうのです。簡単に解説していますが、これをイヤミなくやるというのは中々技術がいることで(たとえば、「日本はすごいデスネー!」系のテレビ番組には、ある種のわざとらしさというか、他の国の文化を下に見ている生意気さみたいなものが見え隠れしたりしますよね)、昨今話題になっている本作ですが、作者の方は決して天才タイプではなく、血のにじむような努力で獲得した技術なのではないかなと思っています。

 本作は一見すると何気ない日常モノという体を取ってはいますが、確かな技術に裏打ちされた、とても精巧な想定の上に成り立っていることがわかります。異世界で居酒屋というと異端的な物語かと思われがちですが、いやいやこれがどうして、きちんと王道を踏まえた、「おもしろさ」がよく分かっている作者の作品なのです。




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