第八回 東雲侑子は短編小説をあいしている(森橋ビンゴ/ファミ通文庫)
第七回で流行に逆らって突っ走るラノベが好き、というようなことを書きましたが、今回もそんなド異端なライトノベルをご紹介。
ド異端といっても、設定がぶっ飛んでいたり、キャラクターの頭のネジが緩みまくっていたりとか、そういうことではありません。この本はネットで激賞されているのを読んで興味を持ち購入しましたが、ライトノベルという媒体でここまで「恋愛小説」をやるのかーと頭を抱えながら読んだ記憶があります。ドが突くほどのストレートな恋愛小説です。ハーレム展開にもなりませんし、魔法が出てくるわけでもなく、ましてやバトルなんてありえません。主人公の三並英太は、クラスメイトで同じ図書委員の東雲侑子が西園幽子というPNの小説家であることをひょんなことから知り、恋愛小説が書けなくて悩んでいる侑子に頼まれて恋心を学ぶために擬似恋愛をすることになります。お互いに興味本位での関係性であったわけですが、そこから徐々にお互いに惹かれあっていく様が、もうもどかしいというかこちらが悶えたくなるくらいに「恋愛」していて、本当に楽しく、文字通り「悶えながら」シリーズ三巻読みましたよ、ええ。三巻の中で、テーマがブレることは一度もありません。英太と侑子の関係性と心の変化のみにスポットが当てられ、小説内で登場するそれ以外の全てでさえも、全て二人に収束していきます。まさしく二人のための小説というわけです。
この小説の真髄は、ヒロインである東雲侑子が語りたがらないというところにあります。東雲侑子は小説家であり、言葉というものをとても大切にしています。そして、言葉を人に伝えるということの重大さについて過剰なほどに考えています。彼女の内面では言葉があふれているはずですが、それを口にするということについては、上記の理由から及び腰になってしまいます。ライトノベルというのはキャラクター小説とも言われるほど、キャラクター同士の会話が物語の展開やおもしろさを左右する重要な要素になりますが、東雲侑子というキャラクターは口数に乏しく、表情にも出づらい(当初は)という人物で、いわゆるところの典型的な文学少女といった趣です。ライトノベルのヒロインというのは表所豊かであったり、セリフからして考えていることがよくわかったり、あるいは地の文でキャラクターの内面について懇切丁寧に解説してくれたりなど、読者にとってキャラクターの心情がわかりやすいように配慮がされていることが多いです。逆に言えば、キャラクターの心情が読者には全て分かってしまうので、キャラクターの内面について隠しておくことが出来ず、読者がキャラクターのそれを想像をしながら読むという楽しみ方をするには不向きであることが多いです。対して、本作では東雲侑子の「口で語りたがらない」という、華やかであることが多いライトノベルのメインヒロインとしてはあるまじきキャラクター性を逆手にとって、読者に「彼女の内面を想像させる」という作業を、読者に負担の無い形で自然と要求してきます。本作は主人公である三並英太視点の一人称小説です。シリーズを通して彼以外の視点から物語を見ることは無いわけですが、英太のまなざしの先の彼女の紡ぐ短い言葉や、行動から、断片的ではありますが彼女の心の葛藤や恋という、彼女にとっては未知なる感情に対する憧れ、怯え、憎しみ、愛しさなどが丁寧に、それはもう丁寧に表現され、次第に英太に心を奪われていく様が「分かりづらく」表現されています。この「わかりづらさ」というのが本作の評価を高めている一要因だと思っていて、他人の心情や感情なんて現実世界では何一つ分からないじゃないですか。心が通じ合っていると思っていたらそうじゃなかったり、あるいは全く気にもかけていなかった人物に信頼されていたり。小説では主人公以外の人物でも心情についてわかりやすく説明したりされていたりもしますが、本作ではあえてそこを「分かりづらく」することで、まるでそこに東雲侑子という少女が、あるいは西園幽子という小説家が存在するかのような錯覚を生み出しています。実質的な二巻である『東雲侑子は恋愛小説をあいしはじめる』では、「いとしくにくい」というタイトルの、侑子が演劇部向けの脚本として書いたという設定の短編小説が章ごとに挿入されています。この「いとしくにくい」という小説は、東雲侑子(西園幽子)という小説家が、いかに恋心という感情を知って、英太に心惹かれていったかを示す答え合わせ的なラブレターであるわけですが、あえてここでも彼女の口からではなく小説として発表したという体をとることで、彼氏と彼女という関係性にある二人の微妙な距離感というか、ラストに向けてくっついて離れてそしてぴったり寄り添っていくような微妙な関係性を、どこか不思議に思いつつも受け入れていき、自分の大切な言葉としていく侑子の心のありのままが見えたような気がしました。
ライトノベルでここまで「語らない」小説は初めて読みました。それに、こんなドがつく直球の青春恋愛小説なんて半分の月がのぼる空以来じゃないかなと、一巻と三巻の侑子の変わりようを思い起こしながら思い返すのでした。
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