第七回 ミスマルカ興国物語(林トモアキ/角川スニーカー文庫)

 ラノベというのは流行り廃りというのがあるもので、今は小説家になろうを始めとする異世界召還・転生モノの絶頂期ですが、それ以前はハーレムラブコメが流行り、その前は異世界ファンタジー、というように、エポック的な作品が出るとそこから流行が突如として巻き起こったりするものです。しかし中には、突然変異的に異端児が現れることもあり、それはそれで世間の流行に逆らって突き進む様が私は好きなのですが、今回はそんな異端児をご紹介。

 主人公のマヒロはミスマルカという小さな国の王子です。国の重鎮からだけでなく下々からもアホだのバカだのスケベだの言われまくっているダメ王子ですが、ひょんなことから施政を任されることになり、周辺の国の様々な思惑も絡んで戦乱の世に突入。アホ、バカと散々言われていたマヒロ王子でしたが、実はこれが相当な切れ者。王子にはあるまじき「外道」と「ハッタリ」をかましながら、綱渡りの世渡りをしていくのでありました。

 アウトラインだけ取り上げると王道の異世界ファンタジーですが、この作品のすごいところはギャグに振り切っているところです。これまでも同じシリーズ内でも長編はシリアスに、短編はギャグテイストにという手法はよくあるものでしたが、本作はストーリーが進行しているにもかかわらずギャグで押し切っています。言葉にするだけなら簡単ですが、これが意外と難しい。小説を書いていると、そのシーンに合った「雰囲気作り」をする必要が出てきます。会話文多めでどんどん物語を進めてテンポを上げたり、修飾や感情表現を多用して重要な場面についてはゆっくり進行する、といったように物語の雰囲気を作者が整えるのは、読者を物語りに引き込むために重要な技術の一つです。しかし前述したように、本作の進行はほとんどがボケとツッコミと下ネタで構成されています。これが日常系のギャグ作品だったらまだ話は分かるのですが、きちんと異世界ファンタジーとして成立させていくというのがすごいところです。そして何より、ここまでギャグテイストに振り切っている作風の作品ですが、ごく稀にシリアスで重いシーンも出てきます。ここまでギャグで押し通してきたのに、そこでシリアスな雰囲気になるのか! というギャップがよりいっそうシリアスなシーンを引き立てます。主人公のマヒロは王子ですが、戦闘能力はからっきしで、頭で問題を解決していくタイプの主人公なので、戦って勝った負けたではなく、頭で戦っていくタイプのキャラクターであり、そういう意味でも、本作はギャグがメインの作風でありながら、マヒロの知略謀略を中心としたストーリーを読ませてくれる作品でもあるので、ハマる人は夢中になって読むことになると思います。キャラクターについても同様です。本作のギャグはキャラクターの掛け合いギャグ要因としていつもは存在するのに、シリアスなシーンになると重要な要素を持つキャラであったり、驚愕の事実が発覚したりすることがままあるので、マヒロの持つ危うさと相まって読んでいていつもハラハラさせられます。特に、エーデルワイスというミスマルカ王宮のメイド長を務める、本作における重要なキャラクターがいるのですが、最終巻で明かされるその素性を知ってぶったまげた記憶があります。詳細は読んでみてのお楽しみですが、アクの強い尖ったキャラクターにギャグとシリアスを同居させて物語を進められ、大風呂敷を広げた(世界観はかなり壮大です)上に物語を完結させられる作家というのはなかなかいないのではないかと思っています。


 最後に、ギャグに振り切った作風ですので、世界観の統一性の無さであるとか、キャラの性格の不一致(キャラが意図的に性格を捨てる場合もあるのですが)など、異世界ファンタジーとしてのクオリティやリアリティに重きを置く方には、本作はあまりおススメできないです。異世界ファンタジーなのにバイクとか出てきますし。


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