第六回 煉獄のエスクード(貴子潤一郎/富士見ファンタジア文庫)

 独断偏見なので10年以上前のラノベを紹介したっていいんです。最近のラノベ買って無いから書けないとかそういうことではありません。決して。いやたぶん。

 というわけで表題の煉獄のエスクード。貴子潤一郎という名前、古くからラノベを熱心に追ってきた方ならピンと来る名前と思いますが、当時のファンタジア文庫大賞は最優秀賞をめったに出さないことで有名で、この方が「十二月のベロニカ」で大賞を取るまで、8年のブランクがあったという開きようです。十二月のベロニカも大変面白い作品なのでおいおい紹介したいと思っていますが、今回は氏の初長編作品となるこちら。先に結論を書いてしまうと、現在は絶筆しておられる様子。本当に残念でらならないです。

 貴子潤一郎という作家が描く物語は、何より設定を作りこんでいるところにあります。主人公や二人のヒロインに対して重めの過去をくっつけて、話を肉付けしていくという手法はわりとありがちですが、その作りこみ具合が半端ではない。ボーイミーツガールというほど爽やかではないですが、特にレイニーと作中で呼ばれる女性の設定に心酔しまして、このレイニーをモデルにしたキャラを核にして長編のプロットを書いたこともありましたっけ。とある魔術の禁書目録ではないですが、キリスト教の裏に魔族を魔界に閉じ込めておくための秘密組織があるという設定で、そこで何千年もの間門番をしているのが「魔族」であるレイニーです。これだけで厨二病にはたまらないですし、当たり前ながら戦闘能力もすさまじい。アクションシーンの出来は歴代のライトノベルの中でもかなり上位に位置すると思います。骨太な設定と魅力的なキャラクター、そして上質な描写能力の三拍子そろった文章を書けるのが貴子潤一郎という作家です。そして何より、その類まれなる描写力でいわゆる「濡れ場」まで描ききっているのが素晴らしい。苦手な人には申し訳ないですが、退廃的なレイニーが醸し出す色気を余すところ無く書ききっている。世界観からしてあまり上品な作品ではないですが、こうした脇を固めるエピソードでも描写や展開に抜かりはありません。ハイファンタジーと呼ばれた、設定をてんこ盛りにした小説群の中でも随一の素晴らしい作品であったと思います。


 こうして書いてみると絶賛ばかりですが、この作者の最大の欠点は筆の遅いところ。筆が乗っているときでも5ヶ月は当たり前。煉獄のエスクードから、次作となる灼熱のエスクードまでは、直接的に物語が繋がっているにもかかわらず二年のブランクがあります。そして何より、作品の刊行がずっと途絶えているということ。富士見の看板を背負っていく人材だと思っていたのですが、残念極まりないことです。



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