第四回 狼と香辛料(支倉凍砂/電撃文庫)

 本日は、小説を書くためには小説を読んで書くだけではダメだという、カクヨムとしてはあんまりなお話。

 本作は多くの方がご存知であるように、経済のお話をメインとしたシリーズです。主人公の商人ロレンスがふとしたことから狼の化身であるホロと旅をすることになり、経済や商人としての知識や知恵を駆使しながら様々な危機を乗り越えていく物語です。

 異世界でのストーリーということで、異世界というのは現実世界の理が一切通用しない世界というのはつまり、これを逆手に取れば、作者の思いのままの世界観を構築できるということになります。一夫多妻OKな世界にしてハーレム展開にするもよし、魔法が普通に受け入れられている世界にしてバトルを持ち上げてもよし、人間ではなく亜人や別種族が人間と同じ言葉をしゃべっても、そこに下地となる設定があれば何も問題は無いということです。しかしここで大切なのがリアリティ。以前にアマチュアの方の設定やプロットを見せていただく機会が多くありましたが、たいていは世界設定のところにこのように書いてあります。「中世ヨーロッパ風」「奈良時代の日本っぽい雅な世界」「地獄と天国が存在して(略」みたいな、おいおい世界がそんな薄っぺい言葉だけで成立してしまうんかいと、思わず突っ込んでしまった(オブラートに包んでですよ。ラ研はこわくないよー)のですが、要するに異世界にリアリティを持たせるためには、貨幣経済なのか物々交換なのか、そもそもどんな種族の人間が住んでいるのか、勢力図は、地域性? 民族? 王の存在は? 気候は? 家の様式は?みたいなことを細かく設定していく必要があるわけですよ。ツイッターでこんな投稿が話題になりましたっけ。「中世ヨーロッパってみんな設定のところに書きたがるけど、中世ヨーロッパって道端ウンコだらけだぞ汚えぞ」みたいな。16世紀くらいのヨーロッパは下水道が発達していなくって、排泄物は窓から捨てるだけだったんですね。こういったことを知らないと、うかつに「中世ヨーロッパ風」なんて書こうものなら道端にウンコが散乱している世界観なんだなと思われても仕方ありません。そこまではさすがに言いすぎですが、銀魂みたいなメチャクチャな世界観ならともかく、ある程度のリアリティを求められる小説の設定が「中世ヨーロッパ風」ってのはちょっと頂けないなあと思うわけです。

 翻って狼と香辛料の話に戻ると、まずはこちらを見ていただきたい。

https://matome.naver.jp/odai/2135492510323480701

 これ、作者の支倉さんが狼と香辛料を書くために読んだ本なんですね。これらの圧倒的な参考文献の数々によって、まるで本当にロレンスとホロが活躍した時代が過去にあったかのようなリアリティが産まれるわけです。戦いで何かが変わるという話で無いところも素晴らしい。物々交換の時代が終われば、そこには貨幣が存在し、経済という概念が登場してきます。どこかの土地のどこかの時代の戦史に興味があって調べたことがあるという方ならご存知でしょうが、土地の争いというのは経済圏の奪い合いということでもあるのです。経済を制するものは世界を制するというのは、古代ローマや中世ヴェネチア、日本で言えば楽市楽座の織田信長、重商主義の豊臣秀吉、メインの都市圏を完全に移して独占した徳川家康など、わりに賛同してくれる人も多いのではないかと思っています。このように、戦って買った負けた以外のところで物語が進むというところに、狼と香辛料のリアリティの本髄はあると思うのです。まあ支倉さんほどまで資料を読めとは言いませんが、中世ヨーロッパのような世界観にしたいというなら、その当時の生活に関する資料の一つや二つは揃えてほしいなあと思います。今はネットで色々な情報が手に入りますから、論文と違って孫引き(原典となる資料に当たらずに、それを引用した資料を参照すること)でもかまわないですから、少し勉強してみては? と思っています。これが出来てない小説は読んでるとすぐ分かりまっせ。いやマジで。ホント、異世界一つ一人でこしらえるためには、膨大な情報を扱うことが必要になると思っているので、これが出来る人は素直に尊敬しています。

 勉強するのがいやだというあなた。安心してください。小説を読んで書くこと意外に何か趣味の一つでもあるでしょう? 無い人は今から作りましょう。支倉さんの経済観は、趣味のデイトレードから始まっているそうです。このように、自分の得意分野に物語を引っ張ってきてしまえば占めたものです。まあ分野によっては小説にする向き不向きはあるのですが、狼と香辛料が発売された当初は経済とライトノベルを混ぜて物語を作りこむなんて発想は全く無かったので、要するに書いたもの勝ちです。心理学だったかの研究で、人間は自分の能力よりも少し難しいことが理解できたときが一番シナプスが活発化するそうです。狼と香辛料を例に取れば、経済という素人にとってはとっつきづらい学問が、物語を通して少し判った気になる、ということです。あなたの得意分野で、自分以外は少し難しいということを分かりやすく解説して物語に落とし込む。これができれば、商業デビューはほぼ間違いないといって良いでしょう。


 …………ここまで長々と語ってきましたが、「商業デビューはほぼ間違いない」とか言ってる奴の書いた文章では説得力も無いですよね。すいません。


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