第三回 冴えない彼女の育て方(丸戸史明/ファンタジア文庫)

 ある人とこの作品の話題になったときに、私は「丸戸さんのシナリオを王道だと思ってさわると大怪我する」という表現を使いました。このシリーズの作者は、いわゆるエロゲの世界で長年活躍されてきた方で、私もいくつかの作品で大変お世話になりました。そんなときに突然丸戸史明がファンタジアから作品出すなんてニュースが出たものですから、そりゃあもう界隈は大騒ぎになったものでした(発売後一週間ほどで重版かかったらしいですし。。。)。

 個人的な感想になるかもわかりませんが、丸戸さんが天下一品にうまいのは「めんどくさい女」を描くことです。丸戸さんの描くヒロインは、表面上は通り一遍等というか、オタクとして数々の二次元作品に触れてきた方が「こんなヒロインどの作品にもいるよねー」と思わず苦笑いしてしまうようなヒロイン属性(ツンデレ貧乳とか、小動物系巨乳後輩とか、黒ストメガネの女教師とかとか)を持つことが多く、そんなヒロインたちが主人公のそばに集まることで、表面上はオタクの「あるある」を狙い、ある種の王道を集めたような、オリジナリティーという面ではイマイチな作品に見えるはずです。あくまで表面上は。ここで登場するのが「めんどくさい女」という追加要素が加わることによって、途端に物語がドロドロしてきます。ヒロイン同士による主人公をめぐっての腹の探りあいなんて日常茶飯事。罵り合いやマウント取り、場外乱闘など、「これが王道ですよね!」という開き直りすら文章からは感じます。だからこそエンタメとして面白いと私自身は思っているのですが、やはり「王道だと思って触ると大怪我する」というところなのでしょう。本作、冴えない彼女の育て方でも、金髪ツインテツンデレ幼馴染みとかいうテンプレヒロインの澤村・スペンサー・英梨々と、黒ストダウナーで黒髪メンヘラの先輩とかいうテンプレヒロインの霞ヶ丘詩羽は、1巻で早々に罵り合いを始めています。この罵りあいがまた最高にセンスあふれる書きっぷりなのですが、表現のしようも無いので実際に読んでほしいとしか言えませんが、このように、テンプレートなヒロインでも、その属性に一味加えることで、テンプレート的な物語からはかなり方向性の異なる物語に仕上げることが可能であるという好例が本作であると思うのです。

 もう一つ、氏の作風として、見かけ上のヒロインたちとは別に、真ヒロインというか、真ルートというか、裏ヒロインというか、物語の根幹に関わる重要なキャラクターが存在することが多いです。エロゲ時代は他の全てのヒロインを攻略しなければそのヒロインのルートは選択できないようにロックが掛かっていたりしたものですが、本作はライトノベルですから、エロゲが複数エンドの存在するマルチエンドであるのに対し、ラノベにおけるエンドはたった一つ、というか一人です。ここでエンドが一つなのに対してヒロインが複数いるのであるなら、ハーレムエンドにしてしまえばことが解決するじゃないか、という向きもあると思います。実際にそういった作品は複数存在しますが、たとえば転生して異世界の王様になったとか、すごい大富豪になって一夫多妻状態で暮らしてるとか、あるいは法律を捻じ曲げて一夫多妻を認めさせてしまったみたいな設定が後から必ず出てきます。説明するまでも無いことですが、現実世界では一部のイスラム系の国々を除いて一夫多妻は現状認められてはいませんよね。ハーレムエンドというのは、現実感のないエンドなのです。ではこの現実感の無さをどうしたらいいかというと、前述のような設定で押し通すか、あるいは異世界や過去の世界での物語ということにして、現代の倫理観の通用しない世界観を作ってしまえば良いということになります。お分かりかと思いますが、現代的な世界観でハーレムエンドをしようとすると、設定に無理が生じてしまうのです。ですから、現代的な世界観でヒロインが複数いる場合は、無理を承知でハーレム設定を押し通すか、メインヒロインのための物語と割り切って他のヒロインには苦汁を飲んでもらうという選択肢の二つに一つです。ここで後者を選んで商業的に成功できるライターはすでに商業作家の中でも一流であると思います。これがなかなか難しい。数多ラノベを読んできましたが、これができる作家はなかなかいません。そういう意味では丸戸史明というライターは、複数ヒロインがいる状況でも、他にも魅力的なヒロインが多数いる中でも、メインとなるヒロインを推し続けて物語を引っ張っていってしまう稀有な力を持ったライターということになります。

 加藤恵というキャラクターがいます。このキャラクターは本作のヒロインとして一応カウントされているのですが、ヒロインにはあるまじき「影が薄い」ということが最大の特徴で、可愛いんだが地味・印象に残りづらい・反応が薄い・自己主張しないというヒロインとしては失格と言ってもいいキャラクターです。話は変わりますが、冒頭でお話したある人は年上系ヒロインの霞ヶ丘詩羽推しの方で、現在(2018年1月18日)本作、冴えない彼女の育て方は本編が完結して外伝が刊行されている状況ですが、この方は「この展開はまったく予想していなかった」といいます。丸戸史明というライターに触れていない人から見れば、そりゃあそうです。金髪ツンデレ貧乳、ダウナー系黒髪年上、従兄弟の部活系元気娘、小動物系巨乳後輩がヒロインにそろっているのに、どうして加藤恵エンドに向かうなどと予想が出来るでしょうか。丸戸史明というライターが大好きな私からすれば「待ってました!」という展開なのですが、初めて触れた人はこの大どんでん返しにとても困惑するようです。同時に、そのどんでん返しに向けてひたすらに伏線が張り巡らされています。言葉は悪いですが、他のヒロインたちは当て馬に過ぎないと言っても言い過ぎでは無いと思います。この作家は決して王道を描く作家ではありません。王道だと思って触ると大怪我します。物語の作り方としては外道の中の外道ですが、私は事あるごとにこのライターに関しては絶賛をしています。


 余談になりますがエロゲでは複数ルートがあることから、メイン以外のヒロインにも「当て馬」感はそこまで無いのですが、1ルートしか取れないラノベではどうしても当て馬感が出てしまいますね。その当て馬感を減らすために、別ヒロインルートの漫画が出されているのでしょうね。



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