第二回 世界平和は一家団欒のあとに(橋本和也/電撃文庫)

 第一回はラノベ書評におけるいわゆる「王道」を扱いましたが、今回はドマイナーな作品です。知ってる人ほとんどいないんじゃないかなこれ。

 なんてことは言ったものの、実は数多くラノベを呼んできた中で私が一番好きなシリーズなんです。アニメ化作品とかを捻くれて高評価をつけないへそ曲がりな性格故かもしれませんが、まあとにかく、とても気に入っているシリーズです。

 主人公は星弓軋人。この人の家は皆がみな特殊な能力を持っており、戦わせれば一騎当千の力を持つ者ばかり。それもそのはず、父はかつてドラゴン退治のために異世界に償還された元勇者。母はその世界の姫が半ば駆け落ち的に日本にやってきて夫婦仲良く暮らしてる、ってなわけで、彼らには「能力」があるが故に様々なトラブルに巻き込まれることになるのです。。。と言ったところで、最新のラノベを追っている人はピンと来る人もいるんじゃないでしょうか。このあらすじ、はたらく魔王さまの作者である和ヶ原聡司の新シリーズ、勇者のセガレに瓜二つなんですわ。ここで挙げたのは、アイディア盗作的な話をするつもりはなく、勇者のセガレのストーリーが進んだときにどっちが面白くなるかなーってかなり次回作を期待しているというわけでありまして、そのあたりは誤解なきよう。

 本作最大の特徴は、ボーイミーツガールやハーレム、俺TUEEEEなどの要素が入り乱れるラノベ業界で、シリーズのテーマを「家族」に据えたところにあります。よくオタクが主人公の作品にありますよね? 家族が海外転勤や単身赴任で自宅に一人取り残されたり、親元から離れて下宿にぶち込まれたり。ラブコメをやろうと思ったときに「家族」という存在はどうしても邪魔になるんです。せっかく空想の世界で美少女とあんなことやこんなことをするという時になって、ヒロインの背後に家族という存在が認識できてしまうと、そこには途端に現実感が襲ってきます。また、主人公の家族というのもあまり前に出てきてほしくありません。命をかけての戦いに赴いたり、女たらしの人でなしであることが楽しいのに、そこに両親が存在したらどうでしょう。せっかく空想の世界なのに、ガミガミ言われたくなんかないですよね。本シリーズはそこを逆手にとって、あくまで「家族」に焦点を当て続けており、他作との明らかな差別化を図っています。それでいて、「家族」という存在のディティールの追求には余念が無い。お互いに憎まれ口をたたきつつも、どこか信頼しあっていて、どこかに憧れや羨望があって。ヒロインや友人、戦友といった「他人」ではなく「家族」という関係性を丁寧に描ききっているという点で、本シリーズは異色の作品であり、また秀逸であるといえるでしょう。兄弟や父母のキャラクター性も、それぞれが独立した魅力を持っていて、本作はあくまで軋人が主人公ですが、「家族」そのものが主人公であるのだと思います。

 もちろん、ヒロインである柚島加奈子に関してもキャラクター付けにはぬかりはありません。能力があるためにトラブルに巻き込まれ続ける星弓一家を遠巻きに眺めながらも、発現した自分の能力と向き合って、憎まれ口をたたきながらも徐々に主人公と―――なんというか、母性とでも言うんでしょうかね。家族モノの作品であることもあいまって、ここまで「嫁」とか「おかん」を感じさせるヒロインはなかなかいません(注:ヒロインは女子高校生です)。口は悪いし小姑みたいにガミガミうるさいしで、普段は萌えの欠片もありませんが、やはりそういう娘はデレたときの破壊力がすごいですね、やはり。

 文章も軽妙かつコミカルで、地の文でここまでユーモアに富んだ文章にはなかなか出会えません。主人公の一人称でほぼ物語が進んでいきますが、次第に家族の中で能力的には重要なポジションになっていっているのに、家族内ヒエラルキーでは下層というのが、文章の中でのギャップになっていて笑えます。

 以下は個人的な感想ですが、このシリーズ、10巻で終わらせるためにここで区切ったんじゃないかなあって思っています。あと1エピソード足りないんですよねえ。詳細は実際に読んでいただくとして、ある設定が投げっぱなしになっていて、そこが掘り下げられていたらなあと思うと、作者である橋本氏の次作が刊行されなかったということも含めて、残念に思うところなのでありました。






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