第二章 それは黎明

宰相と丞相

 ――声、高らかに。声なき声を、高らかに。一つとなったその声の、一つを聴く。

 ウラガーン史記 第一節二十二項 「声なき声」より抜粋



 筆者は思う。この史記は、これを綴った者の、ごく私的なものであったのだと。それを、筆者は拙作「ウラガーン史記目録」において述べたわけであるが、今、この「墜星の滴」を編んで、よりその思いが強い。「ウラガーン史記目録」で紹介した、史記の終わりの部分よりも、むしろこの始まりの物語の方が具体的で、より人物の心理などに対する切り込みが深い。

 三百年も前の歴史上の人物の心理状態を知る術はない。あくまで、記録された歴史的資料や伝承などから、のちの人が想像をし、肉付けをしてゆくしかないのだ。

 文字のみの存在となってしまった人間に、もう一度肉体を、血を、そして魂を、心を取り戻させる作業。それが、この史記を編むということであったのだろう。


 史記に魅せられている。この原典を編んだものも、そして今こうして筆を取る筆者も、何かに激しく魅せられているのだろう。

 この原典を編んだ者は、恐らく、史記の最後のくだりで名を持つ人物として登場しているのだというのが筆者の持論である。あのくだりには、彼が、自らの目で見、耳で聞き、肌で感じたことが多分に含まれている。だからこそ叙述はやや冷淡で、事実を知っているからこそ突き放して描写が出来た。

 それが、この始まりの物語においてはどうだ。ザハールやサヴェフらに対し、とても主観的ではないか。


 原典を編んだ者は、最後のくだりで登場した人物達を、生身の人間として知っている。それゆえ、分からない部分が多かった。だから、この始まりの物語に登場する人物達に、彼らの影を重ねたのだろう。

 原典を編んだ者は、知りたかったのだ。自らが知り、愛した者どもが、何者であったのかを。その答え、あるいは手掛かりを、歴史に求めた。そうすることで、彼らが何を見、何を聞き、何のために戦い、生き、多くの死を見送ってきたのかが分かるかもしれぬと思ったのだろう。

 ある種、精神に大きな負荷がかかり、破綻をきたす寸前の状態であったのかもしれぬ。それほどに、彼は人生の全てを、戦いに費やした。だから、ような思いが強かったのではないだろうか。


 当たり前だが、この編年体の史記は、始まりから終わりに向かって編まれている。時系列で言えば、当然、「ウラガーン史記目録」で紹介した最後の戦いのくだりより、この「墜星の滴」の方が早い──史記の膨大な量からして、もしかすると数十年も──時期に編まれたことになる。

 最後の戦いのくだりにおいて、驚くほど事実を客観視し、突き放したように述べているもう一つの理由は、それを編む頃には長い時間が経過していて、編んだ者もまた老い、だいぶが付いていたからなのかもしれぬ。


 ふと、自らがまだ若かりし頃に発起して編みだした、この始まりの物語を見返したとき、史記に綴られる表現を使うならにかわを噛んだような顔をしたかもしれぬ。


 ここに綴られる者どもは、皆、何かを追い、求め、示し、戦い、生き、あるいは死に、繋ぐ者。それらにこそ、魅せられているのだ。

 これを編んだ者が行ったのは、文字の中だけの存在となった者に、姿形と魂を呼び戻すこと。


 そして今、筆者は、彼らに人格を与えようとしている。これを当の彼ら自身が見れば、おれはこんなんじゃなかった、もっとこうだった、と怒るかもしれぬ。だが、彼らは等しく死に、今は亡い。そのありのままの姿を写し取ることではなく、彼らの生が、後代にどのようなものを繋いだのかを描き出す。

 それが、筆者の行うことである。

 それを上手く彼らに説明することが出来れば、まあ、そういうことなら、と言って大目に見てくれると期待する。


 さて、気が満ちた。

 改めて、書くとする。



 膠を噛んだような、と言えば、ここに同じ顔をしている者がいる。

 宰相ロッシ。何者かに暗殺された先の王のあとに立った飾り物のような若王の右腕という立場であるが、王は政治や軍事のことなど何も分からず、左右に任せきりのため、実質、このナシーヤ王国の最高権力者になっている。

 こういう場合、いや、そうでなくともこういう国において付き物なのが、政治的な権力争いである。

 ロッシが膠を噛んだような顔をしているのは、そのことについてである。

「ニコライめ」

 と、若い丞相の名を吐き捨てた。ニコ、と一般的には呼ばれている。



 余談であるが史記に綴られる者の名は、たいてい略称である。ぺトロはペトラーシュカであるし、イリヤはイリーヤネフ、サヴェフやザハールは士分の家の出だから余計にややこしく、サヴェフィラトヴィチ・リヤ・コスイギン、ザハールに至ってはザハリャリンスロススカ・ルゥロードゥイ・ロプトマトという舌を噛みそうな名が正しい。ナシーヤ王国、のちのパトリアエ王国において正式な名を用いることは戸籍がらみや、祭祀のときと、墓に刻まれるときだけで、ほとんどの場合がその略称で呼ばれるという文化に、我々日本人のゲシュタルトと記憶力は救われているのだ。


 あとは、史記を綴った者があまり仰々しく正式な名や姓を用いず、この土地において普通に用いられる呼称で彼らを指すのは、彼らを「個人」として捉えたがっていたからであろう。史記の原典においては、彼らが死んだという記事の際にはじめて、その正式な名が明かされる。



「ニコライめ」

 とロッシが吐き捨てたのは、彼が死んだあと墓に刻まれる名を口にしたことになる。この土地の、特にこの時代の文化風習においては、相当に激烈な感情を表す行為と言っていい。

 ロッシは四十の半ばといったところの歳であるが、政敵であるニコは、若い。おそらく、このとき、まだ二十代の半ばといったところであろう。この年齢で宰相に次ぐ地位である丞相──中国においてはほぼ同義であるが、ナシーヤでは二つの役職の間には明確な序列があった。どちらも王の補佐をするということに変わりはないが、丞相は主に軍事と法を、宰相は民治と王家にかかわる庶務を行うということで分けられていた──にまでなっているというだけで、ニコがどれほど恵まれた才に溢れていたかが分かる。


 ニコという男は、とても明るい。目下の者にも丁寧で、気配りも細やかである。軍から王政府に上がって来るに相応しい切れのよい頭脳を持ち、誰も考えつかない策を思い付いたり、誰も届かない深い場所のことにまで思考を伸ばしたりする。家柄はナシーヤにおいて三番目に良いとされるほど高いものだから彼も頭角を現すことができたのだが、十代の前半から軍に出仕し、十年も経たずに軍の中で昇り詰め、丞相になったというのは、あとにも先にも彼一人である。それが、ロッシの足元を脅かしているのだ。


「どの面下げて、献策などと」

 今から、ニコがロッシに何か献策をしにやって来るのだ。ほどなく、扉を拳でもって叩く重い音がした。ロッシの執務室に仕える者が、扉を開く。

「宰相。お迎え頂き、嬉しく思います」

 薄い色の髪の男が、清潔な笑顔を浮かべながら、目上の者に対する普通の挨拶と共に入ってきた。細身ではあるが上背があり、どうやら武の研鑽も相当に積んでいるらしい。軍の指揮権も握っている。正直、文官の家に生まれ、文官として長い時間をかけ宰相となったロッシよりも、持つものが多い。だから、ロッシはニコを嫌い、警戒するのだ。

「本日相談に上がったのは、他でもありません」

 執務室の椅子に腰かけるや否や、いきなりニコは切り出した。

「グロードゥカの、森の賊のことです」

 後代のパトリアエの首府となるグロードゥカは、このときまだ一地方に過ぎない。王都はグロードゥカよりやや西、ソーリ海側にあった。

「森の賊が、どうした」

「このところ、尚のこと力を付け、グロードゥカ地方の民を脅かしております。ついては、再び、それを討つための軍を発する必要があると私は考えます」

「軍を発しても、またどうせ追い返されるのがだ」

 ロッシは、取り合おうとしない。軍を発するどうこう以前に、ニコの言うことを否定したいのだ。そもそも、軍事のことについての決定権はニコの方にあるのだが、最終決定は王が下す。王はロッシの傀儡であるから、ニコはロッシの許しを得なければならない。そういう経緯で、ニコは今この執務室にいる。

「たしかに、二度、三度とグロードゥカ軍を発し、退けられました。それは、私の責任です。だからと言って放置すれば、賊どもはますます付け上がり、しまいには手に負えなくなります」

その腰掛けた椅子が、少し音を立てた。

「べつに、反乱を企てているわけでもあるまいに」

「だからこそ、です。だからこそ、今のうちに潰しておくのです。首領のアガーシャという男には、今のところ国に叛くような意思はありません。だが、もし、彼らに反乱の意思が生まれれば──」

 どうなると思う、とでも言わんばかりに椅子を鳴らしながらロッシの眼を覗き込む様も、ロッシの勘に障るらしい。

「──それは討伐ではなく、戦争となります」


 それから、ニコは様々に森の賊が危険であるという理由を挙げ始めた。まず、人数である。何人いるのか正確には分からぬが、もしかすると五百を越えるかもしれぬ。そして、立地。起伏の激しい土地を、森が覆い尽くしていて、その森の中のどこに賊がいるのか捕捉しにくい。そして、森には罠がふんだんに仕掛けられている。森が切れている東の方角は一面に湿地帯や沼地が広がっていて、これも軍が攻めるには難渋する。今はただの賊でも、それが反乱の意思を示すか、反乱の意思を持つ者に乗っ取られれでもすれば、強力な要塞にそのままなってしまう。そういうことを細かに挙げ、ロッシの決断を促した。

「私には、あれを攻め切れなかった責任があります。しかし、その責めを負う必要があるならば、あれをここまで大きくなるまで放置していた者もまた、責めを負わねば釣り合いが取れません」

 もし、そういう者がいるなら、と付け足したとき、ロッシは自分の頭がかっとなるのを辛うじて堪えた。明らかに、それはロッシに対する牽制である。


 ロッシは、実際のところ、王になりたいのだ。人が何故権勢欲を持つのかは分からぬが、ロッシはその権勢欲というものに目と鼻と口が付いて、手足をもって闊歩しているような存在であった。

 今のところ、ロッシの地盤は固い。王の暗殺を行った者を捕らえ、その乱れを最小限に留めてもいる。

「賊も良いがな」

 ロッシは、話題の向く先を、別の方に向けた。

「グロードゥカと、ユジノヤルスク。あれを、どうにかせねばならんのだぞ」

 今のところ、王の暗殺は、グロードゥカとユジノヤルスクの領主が結託し、ヴィールヒを使い、行ったということにされている。無論、二人の領主は全く覚えのないこと、と全力で否定している。



 そういえば、気になることがある。

 ヴィールヒやサヴェフを王殺しの下手人としてその場で捕らえたのならば、なぜ、ロッシはさっさと二人を殺してしまわぬのであろうか。サヴェフに至っては、はじめに嫌疑をかけられたのはむしろ彼の方であったのに、さっさと許されて放逐されている。

 ユジノヤルスクとグロードゥカの領主を何らかの理由──たとえば両地域を王家の直轄領とし、ロッシの勢力の増大を図るなど──により亡き者とすることが目的であったとしても、直接の下手人の二人は殺してしまっても差し支えないし、むしろそうする方がロッシのためである。つまり、ロッシにとって、二人を殺さず、生かす利があるということだ。それが何なのかは、この時点では分からぬ。追い追い、語られることではあるが、それについて今の時点で間違いないのは、このロッシとニコの不和が関わっているということだろう。

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