願いが叶う前に

「もう9つ目か。早いな…、あれから9ヶ月経ってんのか」

「そう、だね…。鐘巡りも、今日でおしまいか…」

「じゃあ、大きな願い事しないとな」

「あ、そっか。最後だから総合的なお願いをすればいいのか」

トワはそう言って、ユウタとともに鐘を鳴らす。

「ユウタが幸せになれますように」

私は心の中で願った。


その時、ユウタが着ていたコートの袖から、腕がちらりと見えた。

その腕には、いくつもの針を刺した痕があり、とても細くなっていた。

寒さのせいか、手も少し震えている。

「トワ…?」

ユウタが少し心配そうに聞いてくる。

「ごめん…。ユウタの腕見たら、なんか急にユウタが遠くに行っちゃいそうで…」

ユウタは無言で笑っていた。

いずれ遠くに行ってしまうことは本当だし、嘘をつけなかったんだろうな。

「そうだな。1月っていうことは、俺の寿命までは…、あと2ヶ月しかない」

ユウタは、まるで他人事のように淡々と言った。

でも、少しだけ声は震えていた。

「だけどさ、俺の死を悲しい別れにはしないでほしい。死ぬまでの一瞬は笑ってたいんだ。お前の横で」

ここでようやく気づいた。

もう、ユウタは助からないし、長く生きられない。


「でも、寿命より早く死ぬことにならなくて良かった。鐘巡りはできたし。あとは、雪見て、桜まで見れたら最高」

ユウタは、あわてて話を変えるようにつけたした。

「そっか…。それじゃあ、ここから出ないとね」

私も、話題を変えるようにつとめて明るい声を出した。

「ここは南寄りのメガフロートだもん。四国地方が近くにあるでしょ?この辺は、台風の通り道にはなっても、雪の通り道にはならない。

でもね、北に新たなメガフロートが造られたらしいの!そこには、なんと雪が積もっているらしい!」

ユウタは、目を輝かせた。

「マジ!?そういえば、そっちにも研究所があった気がする。母さんが知ってるかも。もしあったら、そっちに転院しよっかな」

「え、なんで?」

ユウタは、手に持っている端末を見ながら言った。

「桜は、ここのメガフロートにはあんまり植わってないから。あ、北のメガフロートあった。ここと同じ構造で星座で振り分けられてる。桜も、こっちの方が多い」

「えっ…。ここじゃなくていいの?」

「雪か桜見ながら死ねるなら最高」

と半ば強引だった。その後、ユウタの母の許可も取ることができ、無事に北のメガフロートへと降り立った。


「雪降ってるー!」

北のメガフロートにも鐘があった。

その周りは、雪で真っ白。

どこまでも続くであろう草原の上に、新雪が積もっていた。

「やべぇ、雪って最高!」

ユウタはひとしきりはしゃいでいた。


私は、それに何故か寂しさを覚えた。

どうしてだろう、ユウタは嬉しそうなのに…。

振り向いたユウタも、少し悲しそうな笑みを浮かべていた。

ユウタの目からは涙が流れている。

寒さのせいか、体も震えていた。


「え…」

何かおかしい。

あれは寒さのせいじゃない!


体が震えているのは、痛みに耐えてるから。

涙が出ているのは、その痛みに反射しているから。

悲しそうな笑みを浮かべているのは、

自らの命に、終わりが来たことが分かったから。


私が気づく時は、もう遅すぎるほどに遅かった。


「最後に伝えたい…、幸せになれ。

そして…、ありがとう…」

声にならないまま、口を動かして私に伝えてくれた。


ユウタは雪の上に倒れ、もう目を覚ます事はなかった。


涙に濡れたユウタの顔は、かすかに微笑んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る