記憶の鐘

最近、目がさめると涙を流している時がある。

夢の中でなんだろうけど、記憶を失っている私が夢を見るなんて不思議なことだ。

自分の記憶か、それとも他の人の記憶かは分からない。けれど、誰かの人生を見ているということは分かる。それも、毎回同じ場面だ。

今日もそう。

戦争で、大勢の人が苦しみながらも、家族を呼び、嗚咽をあげている。

核を使っている戦争なのか、それとも火災みたいな自然災害が起きたのか、絶えずサイレンが鳴り響き、人々が逃げ惑い、泣き叫ぶ。

私も、誰かの名前を呼びながら燃え盛る街を歩く。後ろの方から、砂嵐のようなザザ…という音が聞こえて、後ろをふり向こうとすると、そこで目がさめる。

目覚めてからしばらくすると、夢は忘れてしまう。でも、最近頻繁に見続けているからか、忘れることはなかった。記憶の鐘なら、それが分かるかなって思って今回は鐘を鳴らそうと思ったけれど…。

「この山、辛い…」

ユウタが真っ先にぼやいた。私も今回ばかりは同感としか言えなかった。


双子山は、冥府の神が宿る霊山。

その為、課題が1つあった。

「死期が近い事を悟られてはいけない、ねぇ…」

「相手が冥府の神じゃあ、な。連れてかれるって事だろ?」

とユウタが苦笑した。

「うん、その可能性は拭いきれない。現に昔からこの山で亡くなってる人たちは後を絶たない。だから、そういうことを考えないようにしよう」

と話し合ったはいいものの、心の中では考えたいことだらけだった。

何も考えないようにしようとすればするほど、色んな思いが湧き上がってくる。それはユウタも同じらしく、たまに顔を歪めている。

「もう無理。これ以上やったら悟り開ける」

「それな…。今回だけは早く登りきりたい…」

私はそれを聞いて、獲物を見つけた肉食獣のようなニヤリと笑みを浮かべた。それを見たせいか、身の危険を本能的に感じ取ったのか、ユウタはヒッと喉を詰まらせた。

「そうかそうか!早く登りたいか!さっきの2倍…、いや3倍くらいスピード上げていこうか?お望みならば、もっと早く登れますよ!」

「嫌だぁぁぁ!こんなこと言うんじゃなかった…。許してくだい、調子乗りました!」

もう少しユウタの意外な一面を見るために脅しても良かったけれど、可哀想だからやめてあげた。


こんなこと考えてたのは、冥府の神様にバレてるかも知れないけれど、ユウタには絶対に言わないでいただきたい

。バレたら、ユウタが私に三途の川を渡らせそう…。ある意味そっちの方が恐ろしい。



「ようやく登頂?」

頂上には、人がいなかった。

夜明け前ということもあるかもしれない。

「ねぇ、ユウタは記憶を失ってる間、夢を見たりした?」

私は最近気になっていたことを話した。ユウタは、思い当たる節があるらしく、ゆっくりと私の言ったことを反芻してから話し出した。

「あぁ、俺も何度かある。誰かの記憶をずっと。気がついたら内容なんて忘れてるけど、起きてすぐ、泣いてたりすることもあった。俺の見た夢は…、お前は永魂ノ巫女だった。生まれてきてから、沢山の人を見送ってきて…。それから、俺のところに来た夢。いつもお前が目覚めたところで終わってた。つまり、俺の見た夢は所々が現実で、予知夢とも言える。お前の見てる夢も、きっとお前か…他の誰かの記憶の端じゃないか?」

「そっか…。まぁ、細かいことは鐘に聞いてみる。だから、今回の鐘は一緒に鳴らそう?」

「ああ」

ユウタは素っ気なく返事を返していたようだけど、内心は絶対混乱してると思う。顔に出さないように頑張ってるところが最近すごく分かりやすい。

すると、夜明けが来たらしく、あたりが茜色で染まった。それとともに、鐘を鳴らす。


「おか…さ、ひな…。ど…こ!」

女の子が必死に叫んでる。

これは、最近私の見る夢だ。

炎が上がり、サイレンが鳴り響いている。浴衣を着てる人が多く、もともとお祭りがあり、賑わっていたことが分かった。

「ここは、まさか…」

私の中に、1つの仮説が思い浮かび、確かめようとお祭りのポスターを恐る恐る眺めた。そこには、「永魂祭」という文字が書かれていた。

予想は的中してしまった。

私が見ているのは予知夢じゃない。

思守町の、あの祭りの中にいた誰かの過去の記憶。

炎は、爆発事故の影響。

背後からの砂嵐のような音は、爆発事故の前に襲ってきた首都直下型地震の後に来た、津波の波の音。

全てが繋がった。


「トワ?」

ユウタに心配そうに呼びかけられ、私は「なんでもない」と咄嗟に答えた

今言うことでもないし、後でもいいかなって思った。今度は霊山を降りなきゃいけないから、余計なことを考えさせたくなかったし。

「さぁ、今度は山降りますよ」

私が言うと、ユウタは憤慨したような目を向けた。

「どうして山は降りなきゃいけないんだよ…」

とぼやき始めたのを無視してユウタの手を引っ張りながら降りた。


その時、ユウタの手がやけに温かく、熱いくらいだったのは忘れられなかった。



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