絆の鐘

「もう桜が散ってきたな」

「そうだね…」

次の土曜日、今度はタウロス地区の絆の鐘のある場所へとやってきた。青空のした、桜吹雪が舞っているのは、とても幻想的だけど、どこか寂しかった。

「桜って、寂しいよね。散る姿を見ていると」

思わずそう呟くと、ユウタはうーん、と首を傾げた。

「そうか?俺はそうは思わない。儚さってあるだろ?日本人は、儚いものだから美しいって感じるらしい。花火とか、桜とか、人の命とか。

生きていれば、いつかは死が来る。それまで咲き誇ろう、って思うから美しいんだろうな。人も花も」

「儚さ、か…」

永遠に枯れない花があったら、美しいとは思わないかもしれない。常に咲き誇っていることが当たり前になってしまうから。

でも、変わることを恐れて、永遠を求めてしまう。

ユウタが消えてしまうんだったら、命が永遠にあればいいのにって。

私って、卑怯だ。

「トワ?考え込んでるみたいだけど、なんかあった?」

「ううん、何でもない。それより、もうそろそろ着くはずだよね?」

あわてて誤魔化したけど、ユウタは疑いの目を一瞬向けた後、私の問いかけに答えた。

「桜並木が途切れたからな。もうすぐ…、ほら、見えてきた。あれがジェミニ海だろ?ほら、あった」


夢の鐘の時とは違う雰囲気がたちこめていた。

一面が花で覆われているのは同じ。けれど、その花の色は白一色だった。

「凄い…、真っ白。まるで雪みたい」

「ここも別世界だな」

ユウタも驚いているようだった。するとユウタは、いきなり花に倒れこんだ。心配して見にいくと、実際は目を開けていて、花をじっと見ていた。

「もう、びっくりさせないでよ…」

と私が言うと、ユウタは

「ごめんごめん。ついやってみたくなってさ」

と涼しい顔をした。その後、すうっと笑顔が消えた。

「俺のこと、全然話してなかったよな。これを機に、ちょっと昔話をしようか」

と言うと、近くに座るように、ユウタが促した。座ったままも何だから、私もユウタみたいに花の中に倒れ込み、寝たままの状態で聞くことにした。

「俺の母さんは、核融合の研究をしてた。父さんは分からない。物心ついた時、すでにいなかった。

俺は、小さい時から核融合の研究に少し興味があった。だから、暇さえあれば母さんと研究所に行ってた。核融合によって得られるエネルギーや、注意点、メリットとかも、まだ覚えてる。


でも、地震が起きた時…。

俺はあの時、本当はいつものように母さんの研究所に行こうとしてた。でも、友達が永魂祭に行くって聞いて、一緒に行ったんだ、あの研究所の近くの神社に。

そのあと、地震、爆発、火災、津波と襲って来て、母さんは怪我も負ったし、放射線もかなり浴びた。

俺でさえ病気になったんだから…、でも、母さんはそんなところを見せない。今は俺の方が大変だからって無理してる。ありがたいけど、少し寂しいんだよな。弱いところも、良いところも分け合えるのが家族なんじゃないかって…」

また、寂しそうに笑った。この笑顔を見ていると、胸の奥が締め付けられるように痛くなる。

その痛みを紛らわすように、ユウタをそっと抱きしめた。

「私がいるって言ったでしょ?言いたいことは言っても良いの。ある小説家の言った言葉、知ってる?『生きることにおいて、自分らしさは何よりも忘れてはいけない。それを忘れた途端、自らの存在意義の落とし穴にはまってしまう』って言ったの。ユウタもそう、自分らしさは忘れちゃダメ。どんなに弱いところがあっても、それを隠して言っちゃダメ。いつか、自分のことがわからなくなっちゃうから。だから…、もっと私に教えてよ。ユウタのことを知りたいから」

と言うと、ユウタは少し苦笑した。

「お前は思ったことをすぐに口にするタイプなんだな。そういうの、すっげー羨ましい」

ユウタの顔は、いつもより暗そうに見えたけれど、気にしなかったことにした。

「来週は、3つ目の鐘か。もう5月になっちまうな」

ユウタが絆の鐘を鳴らしながらつぶやいた。

「もう5月か…。そうだ、ちまき食べないとね!あと兜も…いそがしくなるね…」

「ち、ちまきに兜かよ…。俺、もう成長の余地がある子供じゃねぇし…、16歳だし…」

憤慨したようなユウタの顔を見ると、笑いが込み上げてきて、顔を見合わせるとプッと吹き出した。

「その笑顔、私が守るから」

そっと呟いた。風の音にかき消されてしまったけど、これはこれで良いと思う。もうユウタには「私の夢」として話したから。

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