記憶の欠片
「ようやく着いたか」
「だけど…誰も、いないね」
黄色い規制線で立ち入り禁止となっている町は、もう町の面影が残っていなかった。
飛び散っているガラス、
煤で黒くなった木、
線路から脱線した電車、
あちこちに溜まっている水、
津波の時の泥がついた建物、
すべてがそのままだった。
「あそこが、核融合研究所?」
私の指差す先には、町からかなり離れた場所にある大きなスペース。ユウタは、地図と見比べながら言った。
「おそらく。行ってみるか?」
「うん、行こう」
そして、私たちは核融合研究所に向かった。
本で見た爆発後から何も変わっていない状態だった。
「ねぇ、ユウタ。核融合って何?」
一番気になっていたことだった。ユウタは、文字通り目を丸くした。
「嘘だろ?知ってると思ってた…。
核融合ってのは、核分裂の逆。ちなみに、太陽で起こっていることだ。だから、大失敗すると、地球一個くらいは余裕で破壊できる。小さめの太陽一個作るのと同じだからな。それに、核ミサイルの何倍もの威力だから、技術を身につけようと東日本大震災の後から制裁の為に、使わない武器という名の下に動き始めたプロジェクトらしい。
でも、今回の地震で核融合は失敗。この辺を巻き込む大爆発を起こした。幸い、地球は滅びなかったから良かったけれど。
でも、勤めていた人や、そのとき見学に来ていた…中学生だっけ、その数人は爆発に巻き込まれて被ばく、あるいは亡くなってしまったらしい」
「小さな太陽を作れるほど、日本の技術って進化してたの?」
「東日本大震災が起きてから、ここ50年の間に進歩したらしい。今じゃあ、職場の大半にはAIが導入されてる。もう少しで完璧に車も空飛びそうじゃないか?」
「へぇ…」
改めて町をじっくりと見ると、いたるところに提灯があった。祭りのポスターもあったけれど、"祭り"しか読めなかった。
「お祭り…だったのかな。提灯がたくさんあるね」
ユウタはそれらを一瞥してから、
「そうだな…。ちょっと神社の方に行ってみるか?」
と聞いてきた。
「え?でも…これ規制線でしょ?しかも復興庁とか書いてあるよ?爆発も起きたんでしょ?有害物質とか出ててダメなんじゃないの?」
「まぁ落ち着けって。長い間浴びなければ大丈夫だろう…。それに、ここは村じゃない。隠れようと思えばどこでも隠れられる。さ、行くぞ」
山の時とは違い、私がユウタに手を引かれることになった。
山に守られるように立つその神社は、津波の被害を受けていなかった。
絵馬もそのままで、少しずつ見て行くと、気になる名前があった。
「受験に合格しますように!
青鳥 冬羽」
「何か見つけたのか?絵馬見てたみたいだけど」
ユウタが来て、私の見ていた絵馬を見つめた。
「被ばくした子だったな。爆発前、ここに来ていた中学生のうちの1人の可能性が高いな…、え…?」
ユウタの見つめるその先には、違う絵馬があった。小学生が書いたような字で書いてある。
「もっとつよく生きたい!
蒼衣 雄太」
「名前が…雄太?これって、偶然?」
そう言いながらユウタを見ると、ユウタは少し震えていた。
私が駆け寄ると、ユウタは途切れ途切れに話した。
「お、思い出した…。全部…。俺の名前は…、蒼衣雄太だ。
あのとき、俺は…ここに来てた。夏休みだったから、友達と…祭りに行こうって約束したんだ。その時、地震が起きた。そのあとすぐに、爆発が遠くで起きて、火の手が上がった。皆は逃げたけど、俺らは遊んでて…皆が逃げてたのに気づかなかった。
そして、耳元でザザァ…って波の音が聞こえてきて…見たら下の方は海に飲まれてた。あのとき逃げた人たちは波に飲まれたんだって理解した…。
そっから、気がついたら病院にいて。その時、ショックで記憶を失ったんだ…」
ユウタはまだ震えが止まらず、地面にしゃがみ込んだ。
まるで、小さな子どものように。
そのときのユウタは、ひどく弱そうに見えた。
「とても怖かったね…。もう大丈夫だからね。帰ろうか…」
私は、ユウタの肩を少しさすった。
今は、自分の記憶よりユウタを優先したかった。
絵馬のことはしっかりと覚えて、近日中に図書館でまた調べよう。
私の記憶の為には、まだまだピースは足りなさそうだ。
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