繋がった糸

家に戻ってきてから、ユウタは明らかに元気をなくしていた。

前までは、強気な男の子だと思っていたけど、今では、小さな弱い男の子。

問いかけても、弱々しく笑うだけ。


ある朝、私は久しぶりに早く目覚めた。散歩でもしようかと扉を開けると、この前の時のように声が聞こえてきた。

「どうして…。もう、いいだろ…」

「今まであんなに頑張ってきたのに、ここでやめるの…?」

気になって、私は声のする扉に耳を当てた。本当は盗み聞きなんてしちゃいけないのは分かっているけど。

「だって…、もうあと1年も持たないじゃん。仕方ないよ。どうせ…だから」

最後の方はよく聞こえなかったけれど、声の主が病気になっているっていうのは想像がついた。

「私はいやよ!だって、雄太には…」

ユウタ?どうしてその名前が出てきたんだろう。まさか…。

そのあとすぐにユウタのお母さんは扉から出てきた。お母さんには聞けず、本人に聞こうと思い切って扉を開けると、ベッドにはユウタがいた。

「ユウタ…?」

私が声をかけると、ユウタは私に気づき、目を大きく開いたあと、

「ごめん、起こした?」

と諦めたように笑った。


たまに見せる不安げな顔、

朝に聞こえた弱々しい声、

今までのことからユウタがどんな状況なのか、分かってしまった。

「ユウタ…。10年前のせいで、病気になっちゃったの?」

いつもなら心配させないように、って「そんなことねぇよ、心配しすぎ」と笑ってくれるのに、嘘をつく余裕もなかったのか、あの弱々しい笑顔のまま、

「鋭いな、当たり」

と言った。本当は嘘だって言って欲しかった。急に、ユウタが遠くへ行ってしまいそうだったから。

ユウタは、静かに語りだした。

「放射線を浴びすぎるとどうなるかって話は…前にしただろ?俺は、それのせいで病気になっていたらしい。それも末期の方で、根治は不可能。余命は多く見積もって1年。

この前…、記憶を思い出してから、これまでの治療が何の意味を成していたのか、原因がはっきりと分かって…。

怖くなった。もともと、怖さはあったけど…。でも、今の方が怖い。もう先は本当に幾ばくも無いって思ったから。ホント、迷惑かけてごめん。こんなところ、お前に見せるつもり無かったんだ…。情けねぇよ…」

私は、どんどん弱くなっていくユウタを見ることに耐えられなくなっていた。手を伸ばしても、消えてしまいそうで…。

「ユウタは…、情けなくなんか無いよ。私のこと…助けてくれたじゃん。私は…、そういう弱いところも、カッコ悪いところも、優しいところも。全部そのままのユウタが好き。だから、今になって1人で消えようとしないでよ…。」

涙が頬を伝うのをそのままに、私はユウタを抱きしめた。

「こんな時に告白かよ…。お前、反則しかつかわねぇな…」

そう言うユウタの顔が少し染まる。

「俺も…、お前のそういうところ…、結構前から好きだった」

笑顔で、少し明るめに言うユウタの心の中に渦巻く不安、怖さ、悔しさはそれでも手に取るように分かった。


「ユウタ…。この前の取り決め、覚えてる…?ほら…、この前やったババ抜きの」

あることを思いつき、私はそのまま言葉をつづった。

「あのとき、負けた方は勝った方の言うことを聞くってしたでしょ…?」

「なんでそれを…?」

「だから…、ユウタに命令。泣いてもいいよ」

ユウタは少し身を震わせた。

「弱いところも、優しいところも、カッコ悪いところも、全部ユウタだもん。悲しむユウタの顔、見たくないから…」

そう言った瞬間、ユウタの目から涙がこぼれ落ちた。

「もっと、生きたかった…。悔しいよ、あと1年、1年はもって欲しかったのに…」

ただ背中をさすることしか出来なかったけれど、私も辛かった。

こんなにも無理をさせてたと思うと。

これからは、ユウタは私が守ろうと思った。


「おはよう…」

ユウタの部屋に行くと、ユウタはすでに起き上がっていた。

「よ。調子悪いのか?」

いつもの調子に拍子抜けしていると、急にユウタは真面目な顔になった。

「トワ、お前のおかげで少し前を向こうと思えた。だから俺は、まだ諦めねぇから」

「本当に…?」

「俺はまだ死なない」

「約束だよ…?」

「うん、約束」

そっと指切りした。

この約束が絶対じゃないことは分かってる。それは、ユウタの指の細さが痛いくらいに証明している。

でも、残された時間を、精一杯生きて欲しいから。自分のために使って欲しいから。


その時のユウタは、まぶしかった。


生きる希望に満ち溢れていて。


悲しみがあっても、吹き飛ばしてくれるような笑顔で。


「生きてやるから」

ユウタは決意を固めたように言った。


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