第9話シュヴァノールの飼い犬め…
パチイイィィィィン
意識したと同時に肌と肌がぶつかる音が響き渡る。
その音を認識してから数秒後、左頬が熱く{じんじん}しているのが分かった。
そして自分がビンタされたのだと気付く。
「ちょっと
聞き覚えのある声が響き渡る。
その声の主は綺麗な長い黒髪が特徴の女性……育穂さんだ。
「その癖やめてって言ってるのに!」
俺をブったのであろう右手を左手で抑えながら罪悪感と恐怖に押しつぶされたようなそんな顔をした母さんが叫ぶ。
そして
「私は悪くない…私は悪くないの!私はこうして頑張ってる…なのに!なのになんで!いつまでもいつまでもあいつが付きまとってくるの!?」
そう泣きながら母さんは言い放ち、言い終わってから{ハッ}と我にかえり{憐…ごめんね…}そう言い残し{バタバタ}と自分の部屋に閉じこもった。
どうやら俺は右手の平を見る癖をやってしまったようだ。
俺は、この癖をする度にこうしてブたれていた。
「憐くん大丈夫?」
そう言ってブたれた所を濡れたタオルで冷やしてくれる育穂さん
「大丈夫です…」
俺はそう呟いた。
「あのね?未来乃……お母さんの事許してあげてとは言わないけど、これだけは分かってほしいの。お母さんは決して憐くんが嫌いなわけじゃないの。だからと言って暴力はいけないけど―――それでも恨んだりはしないであげて」
育穂さんの真剣な表情に何も言えなくなる。
分かってますよ育穂さん…母さんに悪気がない事ぐらい。
だって俺は、もう全部知っちゃってるから…流石に知った上でこの行為を責める事は出来ません。
でもこの時代の俺は分からないのだ。
こうして理不尽に殴られ恨みさえもあった。
知らないは罪、とは良く言ったものだ。
でも知りすぎる罠、と言う事もある。
まさに今の俺だ。
知っているからこそ怒れない複雑な気分だ。
「私、未来乃の所行くね」
育穂さんはそう言って母さんの部屋へ入って行った。
育穂さん……母さんの事頼みましたよ。
今の俺じゃ味方になれないですから…。
とりあえずは今の状況を整理してみる。
ここはリビングだ。
お茶が二つ用意してあると言う事は、育穂さんと母さんがお茶を飲みながら談笑でもしてたんだろう。
で、テーブルに置いてある5千円札を見ると多分俺がお金をねだったのだろう。
何故ねだったのかと言うと……俺は携帯を見る。
ビンゴだ!グループラインにプールに行くって話がされてある。
財布を見てみよう。
財布には1230円しかない…と、言う事はプールに行く為にお金をねだったんだろうな。
ここまでは間違いないだろう……んで、あの癖をしてしまってブたれた訳だな。
「はぁ…」
ため息を漏らす。
開幕早々この始まりかよ。
久々にもらったな〜……結構痛いぞ。
母さん力加減忘れるぐらい動揺したんだろうな……
{ぴこん}
と携帯が鳴る。
蜜穂からのラインで【今から家出るよ!】ときていた。
「やっべ!」
とりあえずテーブルのお金を財布にいれ【少し待ってて!】とラインを返す。
{バタバタ}と階段を登り部屋に入り筒状のプールバッグを発見し中を見る。
水着に…ゴーグルに…タオルに…下着に…着替えの服もあるな。
「よし!」
と、プールバッグを持って部屋を出る。
階段を降りて母さんの部屋に行こうかと躊躇うが、そのまま玄関を出る。
「行ってきます…」
玄関から出ると共に太陽の熱気に襲われる。
「遅いぞ!」
と、腰に手を当てて{ぷくー}と頰を膨らます蜜穂。
「ごめん!行こっか!」
日よけの帽子を被った白いワンピースを着た蜜穂を連れ待ち合わせ場所に向かった。
外は想像以上に暑くて帽子被ってこなかったのを後悔した。
「ねえ憐?」
歩いていると蜜穂に話しかけられた。
「勉強の方捗ってる?」
中3の夏休みと言えば受験に向けて勉強しないといけない時期だ。
でも今日は息抜きの為に皆でプールに遊びに行く。
「ボチボチかな」
「はぁー勉強キツイなぁ…」
「今日は勉強の事忘れて遊ぶぞ!」
「ん、そうだね!」
蜜穂を見る。
日焼けをしていない綺麗な白い肌をしていた。
家でずっと勉強してるんだろうな…と、感心する。
「げっ!」
俺は突然の事に声を出してしまう。
蜜穂……おまっ…
「ん?どうしたの憐?」
こいつ気付いてないな。
今日は太陽が激しく主張していてただでさえ暑いのに歩いてる訳だ。
となると汗を掻く。
事実俺も蜜穂もタオルで汗を拭いている。
汗を掻くと服が肌にひっつく訳だ。
つまり……
「派手な花柄の水着見えてるぞ」
そう、白いワンピースの蜜穂はその下に着てる物を晒してると言う訳だ!!!
「え?あ、ちょっ!変態!!!」
そう言って鞄の形をしたプールバッグで前を隠す。
「は?はあ?お前が考えもなしに白のワンピースなんか着てくるからだろ!てか、そんな派手なの普通に考えて見えるだろ!」
「だってこれ可愛いくて着たかったんだもん!!水着だって可愛いでしょ!!」
こんなやり取りをしていると
「仲が良いなお二人さん!!!」
黒ずくめの男がポーズをしながら言ってきた。
「我がフレイムが暴走を起こし地球全体を熱気で包んでしまった…だが、これは我の覚醒に必要な儀式なのだ!許されよ」
と、黒ずくめの男は続ける。
「もう!見てるだけで暑苦しいよ昏亞!!!」
そう怒鳴る蜜穂を見て俺は{そうだった…}と思い出す。
昏亞は【漆黒の炎に選ばれし戦士】と言い出し厨二デビューしていたのだ!
「何を言っている?――」
右手で顔を覆いその右手を握る
「――我は――」
そして右手を右に流しながら手を広げ
「――漆黒の炎に選ばれし孤高の戦士!!!――」
左手の中指と人差し指をくっつけて左目を隠し
「――我が名は――」
そして中指と人差し指を離しピースの形にしてその間に現れる左目
「フレイムマスターブラッドシュヴァノールであるぞ!!!」
と勢いよく名乗りをあげる。
隣を見ると蜜穂が居なかった。
{ずんずん}と前に進んでいたのだ。
と、なるとここは俺が乗らないとダメなのか!!?
「ふ…シュヴァノールの飼い犬め…お前がこの俺様――」
そう言って適当にポーズをとる
「ザッシュクリストファークインアックスに勝てるとでも??クリストファーはミドルネームだ」
「なっ!何!?先見の守護者と呼ばれてるクインアックスだと!?」
「見える…見えるぞシュヴァノールの飼い犬よ…お前の死期は近いようだな」
「なん…だ…と…!?」
「何故なら今ここで俺に殺されるからだ!!!」
と言った瞬間{ピリリリリ}と携帯が鳴る。
蜜穂から電話だ。
「もしも――」
「――皆集まってるよ!!早く来て!!!」
こうして俺と昏亞は待ち合わせ場所に急ぐのだった。
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