第10話

第十話



珍しく静かな放送室に通知音が鳴り響く。

ソファーに腰掛けて本を開いていたタツノリは、ズボンのポケットに手を伸ばしてから、端末を鞄に入れたままであることを思い出した。

そしてその鞄はソファーからは離れた机の上に置いてある。


「はぁ・・・」


タツノリはため息を吐くとソファーに座り直して本を開いた。

通知の内容は予想がついている。

昨日の報告会の結果を受けて、各部の廃部決定を保留するという内容だろう。

タツノリが気になる部分と言えば軽音部への処置くらいだ。


色々な波乱はあったものの、戦略部も彼がアドバイスをした高峰たちも、なんとか廃部を免れることはできた。

それは彼にとっても喜ばしい事のはずなのに、タツノリの気分はどこか晴れない。

手元で開いている本も、彼には珍しく目が滑ってしまい、さっきから何度も同じページを行き来している。


「はぁ・・・」


何度目かわからない溜息を吐いて、タツノリは本を閉じると天井を見上げた。


(原因は大体わかってるんだよなぁ・・・)


苦笑いをこぼしながら眉間にしわを寄せていると、ぎぃ、と扉の開く音がした。


「タツノリ~いるか~?」

「・・・いるよ」


できることなら今は会いたくない人物の訪問に、タツノリは溢れかける溜息を飲み込んで答えた。


「リュウさ、放送室使うならそれなりの仕事を・・・」

「栄くん!今いいかね?!」


タツノリの言葉を遮って、甲高い声が廊下に響く。

聞き覚えのある声にタツノリが目を丸くしてソファーを立つと、リュウを押しのける勢いで四つの見慣れた顔が放送室になだれ込んできた。


「何度もすまない!だけど教えてくれ欲しいことがあるんだ!」

「ねぇねぇ、頑張って考えたのに、ボクたち、何が悪かったのかな・・・?」

「悪いところがあるなら直したい」

「・・・次またいつ廃部にされるか・・・わかんないし・・・」


そう言って必死の表情でタツノリを取り囲んだのは、高峰、窪内、郷、松木の四人だった。


***************************


「てか、いつの間に四人にアドバイスなんてしてたんだよ」


タツノリにすがり付くような状態だった四人をなんとかソファーと丸椅子に座らせてから、自分も丸椅子に腰掛けてリュウはタツノリを見上げた。


「それは、ほら、鷹座さんと二人で演劇部に行ってた日に」

「あぁ!あの日は確かに放送室来なかったな。

いやぁ、こいつらの発表聞いてさ、『いいとこと悪いとこだけはしっかりわかってるなぁ』って思ってたんだよ」

「僕が教えたのは新聞部が特集してた表だけだよ。

実際にやったのは四人だし、『使ってみたら?』って言っただけでそれ以上の口出しはしてない」

「なら頑張った方じゃねぇの?

初めてであそこまでできたらすげぇと思うけど」

「あはは・・・そう言ってもらえると嬉しいや」


素直に感心するリュウに、窪内はそう言って頭を掻きながら、どこか居心地が悪そうだ。

他の三人も同様に苦笑しているが、どうやら「金城土はボクらと同類のバカ」と言ったことを気にしているようだ。

そんなことは露知らず、リュウは「ホントに凄いって!」と念を押してから表情を曇らせる。


「まあそうはいってもなぁ・・・

今回は、自分の強み知るだけじゃ足りない課題だったから、あの結果になるのも仕方ないだろ」

「あの表も万能ではないということだね・・・」


高峰の言葉にリュウは「そゆこと」と相づちを打ち、彼らの努力の跡が薄く残るホワイトボードに目を向ける。


「生徒会長も言ってたどさ、あれだけで何か解決するってのはあんまりいい考えじゃないんだよ。

例えば、空いてる欄埋めようとして無理やり変なこと書いたりしちゃうだろ?」


その言葉に松木が「あ・・・」と小さく呟やく。

リュウは「お?」と松木を振り向いて身を乗り出した。


「心当たりあるよな?」

「・・・みんな短所には『人気がない』しか書いてなかったなぁ、って・・・」

「そうそう!そんな感じ!

正直、部活が人気かどうかは村おこしとは別の話だろ?

この欄は『できる・できない』とか『技術がある・ない』とか考えるべきなんだ。

問題は、それをわかっててもわかってなくても、あの表自体はつくれちゃうってとこ」

「なるほど・・・確かにその視点は我々にはなかったね」


なにやら思いついたのか、高峰がメガネ越しにリュウを見る。


「例えばだが、僕達はそれなりの技術を持っている自信がある一方で機材や時間の関係で本格的な歴史研究ができない、と言うのはどうかね?」

「いいんじゃねぇの?

そしたら発表も『歴研は技術があります。でも時間とお金が足りません。そこを心落村に手伝ってもらえばこれだけのことができます』みたいな流れに持って行けるし」

「なるほど・・・」

「『高校の部活でこれだけの事をするのは珍しいので、注目されるでしょう』みたいなまとめもできて、いい考え方だと思う」

「それはなかなかいい発表だね!」


だろ?と得意げに胸を張って見せてから、リュウは更に表の弱点を挙げる。


「あとは、説明することがすっげぇ増えたり、表埋めるだけで満足して肝心の作戦が決まらなかったり・・・」


郷と窪内がその言葉に強く頷く。


「頑張って表を埋めたのに、よくわからなかった」

「そう!なんかうまくまとまらないし、結局『練習場作って合宿に行く』くらいしか案が出なかったんだよ」

「だろ?

表を埋めたっていう達成感だけ無駄にあって、でも発表してみたらなんかまとまりが悪いっていうオチになりがちなんだよなぁ」


わかるわかる、と頷きながら、リュウは何やら思うところがあるのかホワイトボードを見つめる。


「それにさ、結局村おこしって実際の村でやるだろ?

ホワイトボードに十字線引いてどうにかなる問題じゃないんだよな、最初っから」


どこか自分に言い聞かせるようにリュウが言うのを、四人も各々で噛みしめる。

そうしてしばらく静かになった放送室で、リュウは「さてと!」と椅子を立って四人を見下ろして言った。


「そういう頭使う部分は俺らに任せてさ!

合宿でいっぱい課題見つけてくるから、解決するときはお前らの手貸せよ?」


リュウが笑って胸を張ると、部長たちも任せろと頷くのだった。


***************************


放課後の専科棟は吹奏楽部の練習場である。

部室には到底入りきらない数の部員たちが廊下で練習する間を通り抜け、ショウマは化学実験室を目指していた。

彼のズボンのポケットでブルブルと端末が反応する。

それと同時に、管楽器の音色に混じって様々な音色の通知音が廊下に鳴り響いた。


(学園掲示板か)


これだけ一斉に通知が来るとなればそれ以外ないだろう。

そして内容も一つしか考えられない。


「生徒会、廃部保留だって」

「え、それって軽音部も?」

「そういえば廃部になった部活ってなくない?」

「ほら、みんな!練習中だよ!」


ざわめく廊下から無人の実験室に入り扉を閉めると、廊下の話し声が少し遠くなる。

代わりに聞こえてきたのは「立入禁止」と書かれた扉の向こうで誰かが話す声だった。

ショウマは真っすぐその扉に向かい、ためらう様子もなく取っ手に手を掛け扉を開ける。


「で、ここで俺らのショウちゃんがバリ格好よく登場!

『高校三年、演劇部部長の柳瀬ショウマです』って、マジでしびれるぅ!」

「それで~これがその時のクレハちゃんの顔~」


さして広くもない化学準備室ではショウマの真似をしたトオルが大げさなお辞儀をし、実験台に腰掛けたミチが梅干を食べた老婆のような顔をしていた。

そしてその二人に挟まれるようにして、キョウが実験台の上に広げた資料と向き合っている。

どうやら二人がかりで彼女に活動報告会の様子を説明しているようだ。


「・・・可愛い後輩を困らせないようにって、僕言ったんだけどなぁ」


まったく、と苦笑する彼の声に、ミチとトオルが顔を上げる。

一瞬驚いたような顔をしてから、二人は満面の笑みを彼に向けた。


「ショウちゃん!お帰り~」

「おせぇぞ、ショウマ!」

「うん。お待たせ」


友人との久々の再会にショウマも顔をほころばせる。


「キョウも、二人の相手大変だったでしょ?」

「・・・わかっていたならもう少し対策を講じてほしいものですね」


資料を眺める合間にちらりと、冷たい目線がショウマに向けられる。


「僕はちゃんと言ったよ?

キョウは研究で忙しいんだから邪魔しないようにって」

「あ~ショウちゃん言い訳は良くないよ~?」

「そうそう!俺らが言って聞かないのわかってるくせに」


三人とも確信犯か、とキョウは深く溜息を吐く。


(なんでこの三人は私にこんなにこだわるのか・・・)


特にショウマは何かとキョウを自分の活動に参加させたがる。

彼女の研究と彼の目指すものが同じとは到底思えないのだが・・・。


「キョンキョンにも息抜きは必要だからさ~」

「今日は俺たちでショウちゃんの大活躍を報告してたってわけ」


キョウに言わせてみればつまらない学校生活の唯一の息抜きが研究なのだが、この二人にそれを言ったところで効果がないことは目に見えている。

どうしようもないことは潔く諦めること、そしてどんな劣悪な環境でも目の前のデータに集中して成果を挙げること。

それが四カ月に及ぶミチとトオルの「かまって攻撃」に耐え忍んだ彼女が得た教訓である。


「あれ、でもキョウも報告会いたよね?」

「え~?そうなの~?」


バレていたか、とキョウはため息と共に資料から目を上げる。

潔く諦めること。

質問攻めにされたくなければ。


「ええ。金城土リュウがどのような報告をするのか興味があったので」

「キョンキョンってカネギドンと知り合いだったの~?」

「別に。ただ宣戦布告のようなものをされたので」

「宣戦布告か」


彼ならするかもね、と想像してみてから、ショウマは「そうだ」とキョウを見下ろす。


「キョウも心落村行ってみたら?」

「課題発見合宿の事ですか?興味ありません」

「つれないなぁ・・・」


何と言われようと、彼女が興味を抱くのは目の前の研究だけだ。

誰もまだ踏み入れたことのない領域を見つけ明らかにすること、それこそが彼女の生き甲斐である。


「私が心落村に行くことがあるとすれば、それは私の研究に必要な『何か』がそこにある時だけですね」


そう言って資料に目を落とした彼女は気づいていない。

『何か』があればいくのだな、と三人が、顔を見合わせて笑っていることを。

そしてミチが「私に任せなさい」とでもいうように、自分の胸を叩いたことを。


***************************


「なんでこんなことに・・・」


コウタは今日何度目かわからない溜息を吐いた。

彼の手に握られた端末には、彼自身が今公開したばかりの掲示が映し出されている。


心落村の面々やタケルとの話し合いの結果、今回の活動報告会は生徒会と心落村側の準備不足として、廃部候補部活の廃部決定は見送られたのだ。

もちろん、軽音部も成り行きで廃部を免れている。

廃部候補部活には残っているものの、あれだけ好き勝手しておいて何もできないのがコウタにとっては歯がゆい。


「本当に・・・なんでこんなことに・・・」


再度漏れる溜息を吐いていると、コトリと何かが置かれる音がした。


「ため息は駄目よ。幸せが逃げちゃうわ」


コウタが目を上げると、心配そうに微笑んだアミが彼を見下ろしていた。

左手には柔らかな湯気を立てる紙コップが握られており、同じコップがコウタの机の上にも置かれている。


「カフェ部のアップルティー」

「あ、すみません、お代は」

「馬鹿言わないで。先輩からのご褒美よ」

「そんな・・・ご褒美なんて」

「お砂糖入れてあるから。

コウタくん、実は甘党でしょ?」


いたずらっぽい笑みでコウタの言葉を遮り、アミは自分のコップに口をつける。

香ばしいコーヒーの香りがコウタのところにも届いた。


「・・・早未先輩は、実は甘い物苦手ですよね」

「ふふ。実はね?」


コップを傾けると、乾した林檎の甘い香りと共に優しい温もりがコウタの喉を潤す。

昨日からずっと吐いているため息とは違った、温かい息の塊が自然と口から零れた。


「あんまり抱え込んじゃダメよ?」


アミはコーヒーの水面に立つ湯気を眺めながら歌うように言う。


「今回の件はコウタくんの責任じゃないんだから」

「そう、なんですけどね・・・」


そもそも誰かが悪いという話ではないですし。

そう続けようと思ったコウタの言葉を待たずに、アミは口に含んだコーヒーを飲み込んで言う。


「そうよ。あれは完全にクレハの責任よ」


一瞬頷きかけて、コウタは思わず聞き返す。


「え・・・?」


確かに、今回の心落村との協力を認めたのも彼女で、ショウマの乱入を最後の最後で認めてしまったのも彼女だが、クレハの責任だと言い切るのは、コウタは少し抵抗を感じる。


「コウタくんさ」


だがアミは微笑んだまま、迷いのない目で真っすぐにコウタを見つめていた。


「正直、クレハの事どう思ってる?」


***************************


高峰たち廃部候補部長が放送室を去ったあと、「腹減ったからカフェ部行こうぜ」というリュウに連れられ、タツノリは放送室を後にした。

断ってもよかったのだが、どうせ放送室にいてもため息を量産するだけだと思い、たまには息抜きでもと誘いに乗ったのだ。


「タツノリが一緒って珍しいな。ダメ元のつもりだったんだけど」

「そう言う気分の日もあるんだよ」

「ん~?なんだよ~?どういう気分だよ~?」


からかうリュウを適当にあしらいながら階段を降りていく。

彼の数歩先を軽やかに降りていくリュウが、途中の踊り場でふと立ち止まってタツノリを振り返った。


「合宿、三泊四日くらいになりそうなんだ。

お前来れる?」

「来れるって・・・部員だから行くもんだと思ってたけど」

「ん~まあ、タツノリには名前借りてるだけだし、放送部の仕事もあるだろ?

無理強いはできねぇなって」

「メンバーは?」

「俺とお嬢とタケル先輩。

あと生徒会からも人が来るかもって」


リュウは答えながらタツノリに背を向けて再び階段を降り始める。

それを追いかけながら、タツノリはどうしたものかと考えを巡らせるのだった。


心地村なんて何時間かかるかわからない都外の村に行ってフィールドワークなど、彼には考えられない作業だ。

それに「戦略部」と言いながらブレインはリュウ一人。

つまり彼さえいればこの合宿は十分に成り立つ。

そうか、頑張ってね、僕は家でゆっくり本でも読んでるよ。

いつもの彼に言わせればこんなものだろうか。


「まぁ、居てくれるとオレが助かるってくらいだから、無理してこなくてもいいぜ」


リュウは階段の残り数段を飛び降り、着地すると振り返りざまにそう言った。

タツノリはそれを見下ろして足を止め「そうだなぁ」と言葉を濁す。

そして少しからかうような笑みを浮かべ、タツノリはリュウを真似て残りの数段を飛び降りた。


少しよろけて着地してからリュウを見ると、案の定、目を見開いてタツノリを見ていた。


「行くよ、合宿」


涼し気に言ってタツノリは廊下を先に歩き出す。

その背中をリュウは数歩遅れて小走りで追った。


「え、マジで?!

何か変なもんでも拾って食ったか?」

「ちょっと、人の善意を食あたりのせいにしないでくれる?

あと拾って食べたりとか絶対しないから」


カフェ部に到着した二人を、エプロン姿のサキが迎える。


「あぁ、金城土先輩に栄先輩だぁ!

マリエちゃんがちょうど来てますよ」

「お嬢にトラコ、飛澤も!みんなで何してんだ?」

「げ、金城土リュウ・・・!

見ての通り、期末テストに向けてお勉強ですわ!

邪魔をしないでくださいまし」

「あぁ、そう言えば来週からテストだね。勉強しなきゃ」

「栄は相変わらず余裕だな」

「羨ましいわ・・・」

「まあね」


会話が盛り上がる中、リュウの顔が段々と青ざめていく。

それに気づいたアスナが、少し心配そうに声を掛けた。


「金城土くん・・・?顔色悪いけど、大丈夫?」

「・・・忘れてた」

「え?」

「期末テスト!!忘れてたんだよ!!」

「「「「・・・・えぇ?!」」」」


やべぇ、どうしよう!と騒ぎ始めたリュウに、四人の声が揃う。


「あなた、やっぱり馬鹿ですのね!」

「呆れた・・・」

「い、今からでも間に合うわよ!・・・たぶん」

「金城土、気を確かに持て」


ある者はけなし、ある者は励ます中でリュウは頭を抱えるのだった。


「どうすりゃいいんだよ~~~~!!」


期末テストが終わり、夏休みが来れば、三泊四日の合宿がやってくる。

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