第7話

第七話


梅雨を間近に控えた六月の下旬。

その日生徒会室を訪ねてきた平均年齢七十歳の来客たちに、コウタは完全に圧倒されていた。


「じゃからワシらはタケオさんの紹介で」

「タケオさんじゃなかろう、トニオさん」

「ちがーう、ノリオさんの紹介で」

「そ、それは、前理事長先生のご紹介ということですか・・・?」


応接用の小部屋でソファーに座り、コウタはかしこまって返事をする。

クレハは急な電話が来たと言って数分前から席を外していた。


「そうなのよ。ここに来れば学生さんたちといろいろできるって聞いて!」

「ねぇねぇ、いろいろ、って何だったかしらね?」

「やだッアタシに聞かないでよ。知らないわよッ」


盛り上がる来客を前にどう話をまとめたものかとコウタが内心頭を抱えていると、生徒会室に続く扉が開く。

電話を終えたクレハが来客用の茶を乗せた盆と共に姿を現した。


「お待たせしました。常新学園カフェ部の紅茶です」

「おお、ありがとう」

「ちょっとッ聞いた?カフェ部ってよカフェ部ッ!」

「モダンねぇ・・・あら、美味しい」

「校庭でもみんな運動してたなぁ」

「活気があって、こっちまで元気になるよ」

「こ、光栄、です」


コウタは緊張の面持ちで何とか笑顔を作りながら頭を下げた。

その横に腰を降ろし、クレハは客の真ん中に座った男子生徒を見据える。


「それで、本題は何だ?山手くん」


話を向けられたのは、今日の来客中唯一の十代である山岳部部長・山手タケルだった。

日に焼けた顔を引き締め、タケルはクレハの視線を受け止める。


「単刀直入にいう。

俺のふるさと、心落村(こころちむら)の村おこしに協力してほしい」


村おこし?と眉を寄せるコウタの横で、クレハは無言で先を促す。


「常新に入れば村に活気を戻す手がかりがある。

ノリオ先生にそう言われたから俺は常新学園に入ったんだ。

残してきた村のためにも何とかして卒業までに一つ大きなことをしたいと考えてる。

だが・・・正直、なかなかうまくいかなくて、困ってる」

「それで?どう協力してほしい?」

「協力してくれる部活をなるだけ多く集めたいんだ。

山岳部、ましてや俺個人じゃ限界がある」


『ノリオ先生』という言葉に、コウタはなるほどと目を細めた。

学生を中心とした村おこしを、生徒会や部活の協力も得ながら学園全体で進める。

いかにも前理事長の考えそうなことだ。

クレハも「ふむ」と腕を組み、試すような目でタケルを見る。


「故郷のために進学と言うのは同じ学生として非常に感心する。

前理事長先生のご意向という点も考慮しよう。

だが、経費はどうする?準備もそうだが、旅費までかかるぞ?

まさか各部の部費から出せとは・・・」

「それなら村のみんなが集めてくれた」

「自分たちの村の事じゃ」

「学生さんにお金を出させるなんて、そんなことしないわぁ」

「むしろ謝礼くらいださにゃあ」

「本当だよッまったく」


口々に発せられる言葉を聞きながら、コウタは横目でクレハを覗う。


(断るのが正しい。それは自明・・・)


部活動の活性化はそのまま勉学に割く時間が少なくなることを意味する。

前理事長までの時代に膨れ上がってしまった課外活動が、現理事長の元でやっと縮小してきたのだ。

ここで後戻りするわけにはいかない。


「わかった」


にもかかわらず、コウタの隣で凛とした声が告げる。


「生徒会から、部活に向けて発信を行おう」


*************************


終礼後の掃除を終え、リュウは重い足取りで放送室へと向かっていた。


(活動報告会かぁ・・・)


戦略部の新設申請が認められたと舞い上がったのも束の間、正式な新設は活動報告後という「お預け」をくらったリュウはかなり落ち込んでいた。

すでにいくつかの部活を立て直しているのだから、その辺りを評価してくれてもいいのに、と自然と口が尖る。


(部活になると面倒なこともあるんだなぁ・・・)


部活になれば部費も部室ももらえてハッピー、くらいに考えていたリュウとしては思わぬ障害である。


(まあ、部室は放送室があるからいいんだけど)


タツノリが聞いたら笑顔で怒られそうなことを考えながら、リュウは放送室の扉を開ける。


「あ、リュウ。いいところに」


扉が開く音に気付いたタツノリがリュウを呼ぶ。

声に釣られて放送室の奥に行くと、タツノリは窓を開けて校庭を見下ろしていた。


「なんだ。また人間観察かよ」

「その言い方なんかヤダな。他にない?」

「えぇ・・・どう見ても人間観察だろ」

「言葉の響きがねぇ・・・それより、あそこ」


タツノリが窓から腕を伸ばして校舎の端を指さす。

その指の先をたどると、なにやら賑やかな集団が昇降口から校門に向かっているのがリュウにも見えた。


「・・・じいちゃんばあちゃんばっかじゃん」

「珍しいよね」

「珍しいけど・・・あ!あれ・・・」

「?」


リュウが身を乗り出して目を細めるのを、タツノリは「落ちなきゃいいけど」と後ろで見ている。


「山岳部の、山手タケル」

「山手・・・タケル?」

「そ。三年の先輩で、この前山連れてってもらった」

「山?いつの間に?」

「んー・・・一カ月くらい前?」

「いや、僕に聞かないでよ」


老人たちとタケルを見送りながら話していると、ブブブ、とリュウのズボンのポケットで端末が鳴る。

乗り出していた体を戻し、端末を確認するとリュウは難しい顔をした。


「・・・学園掲示板の、新しい掲示なんだけどさ」


タツノリが端末を取り出すより先に、リュウが自分の端末を差し出す。

その画面には、戦略部の新設がかかった活動報告会についての通知が表示されていた。


『生徒会よりお知らせです。

次回の活動報告会に参加する各部活動は、以下の特別課題に沿って発表を行ってください。

特別課題:心落村の村おこしにつながる活動内容を提案すること。

審査の結果、優秀と判断された部には、存続の権利と共に、提案実現のための予算が心落村より与えられます。』


***************************


ちょうど同じころ、校内カフェを訪れていたアスナも端末の通知に気付いて画面を開いていた。


「どうしましたの?」


向かいの席に座ったマリエが問題集から顔を上げる。

その声に、マリエと同じように各々の課題に向かっていたタイガとサキも顔を上げた。


学期末試験が迫るなか「カフェ部と勉強の両立が大変で・・・」と相談に来たサキのため、アスナはこうして彼女と勉強をしている。

それを聞きつけたタイガが「俺にも教えてくれ、特待生サマ」と冗談交じりに参加を希望し、「わ、私も!お勉強したいですわ!」とマリエが加わったことで、週に一、二回は四人で集まることになったのだ。


(って言っても、マリエちゃんは私がいなくても大丈夫そうなのよね・・・)


何がそんなに不安なのかしら、と不思議に思いながら、アスナは三人にも見えるように端末を机に置く。


「生徒会からのお知らせみたい。

次の活動報告会についてだから、マリエちゃん、関係あるわよね?」

「・・・・・・特別課題、ですの?」


読み終えたマリエが眉を寄せながら顔を上げると、タイガとサキも画面をのぞき込む。


「心落村・・・?聞いたことないな」

「あぁ!今日、この村の人たちが生徒会に来るって言って、カフェ部でお茶用意したんです!

こんな話してたんだぁ・・・」

「そうでしたのね・・・でも、その心落村の方がなぜこの学園に?」

「なんかねぇ山岳部の部長さんがその村の出身なんだって。

この前ここで話してるのをたまたま聞いただけなんだけど」


故郷のため、という理由に行きつき納得しつつも、なぜ廃部寸前の部活にそのような課題を・・・とマリエは首をかしげる。

だが反対に、タイガは画面を見下ろして満足げな顔をしている。


「生徒会も粋なことをするな」

「そうですかぁ?」

「部の活動方針を発表しろ、と言われるより『村おこし』という具体的な目標がある方が発表もやりやすいだろう?」

「うぅん・・・確かに。

それに、予算が出るってところが太っ腹ですよねぇ」

「そうだな」


二人の会話にマリエは少し口をとがらせる。


(なんですの・・・

二人とも私の気遣いは受け取ってくれませんでしたのに・・・)


「でもずるいですよねぇ。

だったらカフェ部も何かしたいなぁと思うんですけど」

「今からでも廃部になるよう、何か変な活動でもするか?」

「しませんよぉ!」

「怒るな。冗談だ」


そのまま他愛もない話を続ける三人を横目に、アスナはもう一度端末の画面を見下ろした。


(・・・太っ腹、なのはそうなんだけど)


タイガのような好意的な捉え方の他に、アスナの中にはもう一つの考えが浮かんでいる。


(もし、万が一どこの部もいい案を出せなかったら・・・?)


参加した部活動は廃部になり、心落村との協力も白紙に戻ってしまうだろう。

あの生徒会長が、そんなことも見越さずに特別課題を出しているとは思えない。


(・・・まあ、金城土くんがいるわけだし)


万が一の場合にもリュウなら何とかしてくれる、と自分に言い聞かせ、アスナは画面を閉じてペンを手に取るのだった。


***************************


生徒会による学園掲示板への投稿から遡ること小一時間。

タケルと賑やかな一行が去ると、応接用の小部屋にはクレハとコウタが残された。


「急に呼んで悪かった。

アミが席を外していたから、お前しかいなくて」


アツシは喋らんからな、と茶化して笑っていると、客が帰っていくのを聞きつけたのだろう、アツシが生徒会室へ続く扉から顔を出した。


「アツシ、すまないが片づけをお願いできるか?

少し急ぎの仕事が入った」


こくりと頷いたアツシと入れ替わりで生徒会室へ戻るクレハの背中を追いかけ、コウタはためらいながら口を開く。


「・・・・会長」

「お前が考えてることはよくわかっている。

が、何でもかんでもわかりやすいのは良くない。客の前だぞ」


無言で目を伏せるコウタに、クレハは眉を下げて柔らかく告げる。


「そう気負うな。

私だって何も考えなしに引き受けたわけではない。

むしろ、我々にとっては非常に好都合な話が舞い込んできたと言ってもいい」


好都合、と言う意味が分からず、コウタは眉をひそめる。

予想通りの反応に、クレハは含みのある笑みで告げる。


「村おこしの企画立案を活動報告会の特別課題とする」


『活動報告会』という予想外の単語にコウタは一拍遅れて目を見開く。

廃部候補部活に心落村の村おこしを考えさせると彼女は言っているのだ。


「そこでいい案が出てくるような頭があれば、最初から廃部には追い込まれていない」

「ですが、また戦略部が入れ知恵をする可能性も・・・」

「それも問題ない。

なぜわざわざ彼らを部として承認し、活動報告会に呼んだと思っている?

彼らの強みを封じるためだ」

「強み・・・?」

「わからないなら報告会での楽しみにしておけ」


それは言い換えれば『今は知らなくても大丈夫』と言う意味で、コウタはのどまで出かかった疑問を飲み込む。

彼女がそう言うなら、そうなのだ。


「二週間後には、どこの部もロクな案を出せず廃部が決定し、心落村との協力の話もなしになる」


コウタはノートパソコンを開き、クレハの言葉にうなずいた。

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