第2章 地域活性化編 ~事前準備パート~

第6.5話~新章~

柳瀬ショウマは留学中



正午を知らせる鐘の音が鳴り響く。

木枠の窓の向こうでゆったりと十二回鳴らされる重い音を聞きながら、柳瀬ショウマは読んでいた本を本棚に戻した。

その気配を感じたのか、部屋の隅のコート掛けにとまって寝ていたフクロウが目を開く。


『出かけるのか?』


足元に括り付けられた小型のスピーカーから人工的な音声が流れる。


「うん」

『昼食はどうする?』

「あちらでいただくよ」

『了解した』

「マックスも外出る?」


ショウマの声に、マックスは一声「ほー」と鳴くと、ショウマの肩に飛び乗った。


ギシ・・・と微かに音を立てる階段を降り、重たい木造りのドアを押し開けてショウマは石畳の道に踏み出す。

赤レンガの町並みには昼食のために家に帰っていく子供たちが姿を見せ始めていた。


「あ!

ショウマ~」

「今日は学校来ないの?」

「サボりだぞサボり」

「サボりじゃないよ。

今日はお休みなんだ」

「「え~!ずるい!」」


ショウマを囲むように集まった子供たちが一斉に声を上げる中、マックスは羽をバサバサと広げて子供たちを見下ろす。


『諸君!ヤナセ先生と呼びたまえ!』

「げ~」

「マックスが怒った!」

「つつかれる前に逃げなきゃ~!」


甲高い笑い声をあげて走り去っていく子供たちを見送りながら、ショウマはマックスの羽を撫でた。


「僕はショウマって呼ばれる方が嬉しいよ?」

『・・・それではあの子たちのためにならない』

「頑固だなぁ」


昼食を食べに森へ行くと言うマックスと別れ、ショウマは子供たちが去ったのと同じ住宅街へと向かう。

目当ての家にたどり着き、ショウマはドアに着いたノッカーを強めに叩いた。

特に反応のないまま数秒が経ち、頭上から窓の開く音がする。


「おーショウマ!よう来たよう来た」


二階の窓から顔を出した老人が、口の周りに蓄えたひげをくしゃりと寄せて笑う。


「ご無沙汰してます、先生」

「堅苦しいのはナシじゃ!

ノリオと呼べと言っておろうが!」


そんなわけには・・・とショウマは恩師を見上げて苦笑する。

その表情を見て安心したように微笑むと、久しぶりじゃな、とノリオは呟くように言った。


「鍵は開いてるよって、はよ入ってきなさい」


ノリオが去った後も開け放たれた窓から、優しい昼食の香りが漂ってくる。

その匂いに腹が減っていることを自覚して、ショウマは重たい扉を開けた。


***************************


「で、どうだ?

子供たちとは?」


ノリオが用意した料理を食べながら、二人の会話は自然とショウマの近況へと移っていく。


「もうだいぶ慣れてきました。

最初はついていくので精一杯でしたけど」

「ははは!

そりゃそうじゃ。

机に向かう授業の方が少なかろう」

「本当に、体がもつか不安で・・・。

朝から晩まで、子どもたちたちのために依頼を考えてくれる方を探して、一緒にクエストも受けて、どうやったら喜んでくれるかばかり考えて」


大変だったと言いながらも、ショウマは懐かしむように話す。


「でもああやって、誰もが将来に向かって一生懸命であれるのは、この国の美徳だと思います」

「そうじゃな。

大人の方もそれをよう理解しとるから教えるのが上手い」

「日本にもしっかり持って帰らないと」


ショウマがかみしめるように言うと、ノリオもそうだな、と頷いた。


「あと一カ月、だったか?」

「はい。

早く帰ってみんなにここの話を教えたいです」

「そうか・・・寂しくなるのぉ・・・」

「連絡しますよ」

「皆そう言うじゃろ?

だぁれもよこさん」


ふん、と不満げな鼻息が髭をフサリと揺らして、ショウマは思わず笑ってしまう。

つられるようにノリオの口元もほころぶ。


「何にしろ、帰るのが楽しみなのはいいことだ。

ワシの親戚の・・・話したことあったか?」

「プログラマーの『コーン』くん、ですよね?」

「そう!

アイツがこっちに来ようもんなら、一生日本には帰りたがらんぞ」


「じゃからアイツは絶対呼ばん!」とノリオは力強く宣言する。

それは先生も一緒じゃないですか、とは言わずにショウマはスープを飲む。


「そのコーンなんじゃが・・・いまだに授業に出たがらんらしい」

「せんせ・・・ノリオさんが引退したのに、ですか?」

「そうなんじゃよ。

理事長の親戚ではなくなって、そろそろ苦労し始め頃だとは思うんじゃがのぅ・・・」


そう言いながらノリオはパンを手に取り、一口分だけちぎってほころんだ口元に運ぶ。


「ほんに、手のかかる生徒ばかりじゃよ」

「先生からしたら皆そう見えますよ」

「そうじゃな。

お前も、はよその先生呼びをやめなさい」


あ、とショウマが手を口元に当てるのを見て、ノリオはいたずらっぽい目で笑う。


「最近の常新はどうなんじゃ?

何か聞いておるか?」

「そうですね・・・理事長先生が」

「あぁそいつの話は聞きとうない。

現役の生徒の話が聞きたいんじゃ。

トオル、ミチ、あとはキョウ、レイ」

「ああ・・・様子を見る限りではそれぞれ好きにやってるみたいですよ」


サラダの皿を空けて言ったショウマに、ノリオは二つ目のパンにのばしていた手を止めた。


「なんじゃ、連絡は取ってないのか?」

「まあ・・・向こうも忙しいですし」

「何を言っとる!」


ノリオは再びフン、と髭を揺らすと、手元のタオルで手をふいて携帯電話を取り出した。


「誰なら電話しやすいかの・・・ん、こいつでいいじゃろ」

「せ、先生」

「後で代わってやるよって、待っとれ」


素早い手つきで連絡先から番号を選び、ノリオは電話を耳に当てる。

彼を止めようと上げた手の置き場に困って、ショウマは水の入ったグラスに手を伸ばした。

水を口に含みながらショウマの頬に笑みが浮かぶ。


(仕方ないなぁ・・・)


たまには誰かに振り回されるのも悪くない。


「・・・おう、もしもし!」


数コール後に電話に出た相手に、ノリオは髭をくしゃりと寄せて呼びかける。


「いきなりすまんの!

そっちは・・・放課後か。

よかったよかった」


話しながら、ノリオの視線が自然と窓に向けられる。

ショウマも窓に目を向け、広がる空のさらに向こう、放課後を迎えた常新学園を思い描く。


「そうか・・・いいや。

ワシがこうして何かできるのも、これで最後じゃって・・・ああ・・・

ちょうどショウマと飯を食っててな。

代わるよって」


差し出された電話を受け取り、誰だろうなと予想しながら耳に当てる。


「ショウマ!

聞こえるか?!」


夏の日差しを思わせる声が大音量で響き、ショウマは少しだけ電話を遠ざける。


「聞こえてるよ。久しぶり、タケル」

「おう!

元気そうだな。

よかった」

「そっちこそ。

相変わらず元気そうだね」

「そうか?

今から生徒会に会いに行くんで、少し緊張してる」

「生徒会って・・・」

「ああ。

ノリオ先生にもお前にも協力してもらったんだ。

絶対に成功させる」

「そうか・・・君なら大丈夫。

必ず成功するよ」

「お前がそう言うなら大丈夫そうだな!

行ってくるよ」


行ってらっしゃい、と告げてショウマは電話を切る。

久々に聞いた友人の声に「思ったより嬉しいものだな」と思っていると、ノリオが素早く電話をひったくっていった。


「さて、次は・・・」

「次?」

「なんじゃ、タケルだけが友達じゃなかろうて」


共通の知人全員に電話をするつもりらしいノリオに、ショウマは目を丸くしてから、仕方ない、と嬉しそうにため息をつく。


(この人だけは、本当に読めない)

「あ、もしもし?

ワシじゃ、ワシ。

今大丈夫かの?」


次は誰だろう、とショウマはノリオの言葉に耳を傾けるのだった。

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