第5話

第五話

 


マリエはこの上なく不機嫌だった。


「取材って、どういうことですの?」


もともと今日は特に何の用事もなく、何も気にせずタイガに会いにいける日だったのに、運悪く廊下でリュウに呼び止められてしまったのだ。

その理由が取材と聞けば、自然とマリエの恨みは先を歩くミチに向けられる。


(この忙しいときに、何の用ですの?)

「一年生のご令嬢ちゃんだよね~?」


喋り方も気に入りませんわ、とマリエは冷たい視線を送るが、ミチはカワイイ~と満足そうだ。


「取材って言っても、いつも通り活動してくれればOK!

あとは私が100倍かっこよ~く記事にしてあげるから」


ペンとメモを振って見せるミチに、それはそれでどうなのかとマリエは呆れた目を向ける。


「ちょうど取材したいな~って思ってたら、調理部の水澤ちゃんからSOSがあったわけよ。

だから、せっかくだし噂の金城土くんにお願いしちゃえってなって」

「オレもちょうど、なんかできないかなって考えてたとこだったんで、お安い御用っすよ!」

「さっすがカネギドン~話が早くて助かるよ~」


全ては戦略部の部費のため、と言うのは心の中だけに留め、上機嫌で専科棟の階段を昇っていくミチの後ろをついていく。


「調理部もさ、家庭科部がプニッターで有名になっちゃったから焦ってるんだと思うんだ」


大変だよね~と他人事のように言いながら階段を昇っていくミチに、マリエは聞き間違えかとミチの言葉を言い直す。


「調理部と、家庭科部・・?」

「お?ナニナニ?不機嫌お嬢様も興味でてきましたか?」


ミチはペンをマイク代わりにしてマリエに差し出す。

あからさまに嫌そうな顔をするマリエに、ミチはなぜか楽し気に笑ってペンをポケットに戻してマリエの疑問に答えた。


「なんで家庭科部と調理部が別々にあるの?って思うよね~?」

「オレもそこ引っかかってさ!

同じ部は二つ要らない、って生徒会長も言ってたのに」

「それもそうなんだけどね~」


軽い口調で言いながらも、眼鏡の奥のミチの目が怪しく光る。

三人の足が自然と止まる。


「やっぱ、別々になってる理由がちゃんとあっちゃうんだよね~?」


そのまま含みのある笑みで静かにするよう示し、ミチが手招きする。

戸惑いながらも二人がうなずくと、ミチは調理室と書かれた扉を薄く開いた。

息を潜めて中をうかがう。

ミチが示す先では、数人の女子生徒たちが二つのグループに分かれて互いに睨み合っていた。


「今日は調理部が使う番だったじゃん」

「家庭科部は暇じゃないから?調理台空いてるなら使いたいってだけ」

「お忙しいようでなによりです~。

でも今日はうちらの番だから。家庭科部は出ってって」


言い合っているのは二人だけだが、険悪な雰囲気が調理室全体に充満しており、リュウとマリエは思わず顔を見合わせる。




(言い合ってる二人の片っぽが調理部部長の水澤ちゃんで、もう一人が家庭科部部長の成宮ちゃん)


目つき悪い方が成宮ちゃんね、と付け足してミチは続ける。


(家庭科部と調理部ってどうも昔からこんな感じらしくて。

二人も昔は仲良かったんだけど、部のしきたりに染まっちゃったんだろうね)


どんなしきたりだよ、とリュウは心の中でツッコミを入れる。

道理で似た部活が二つもあるわけだ。


(新入生も雰囲気悪いからってすぐ辞めちゃってさ~)


つまりはこういうこと、と言いおくと、ミチは扉を勢いよく開けた。


「お邪魔しま~す。水澤ちゃん~噂の戦略部連れて来たよ?」

「ごめんなさい、遅れましたぁ」


二人分の間の抜けた声が同時に調理室に響く。

出鼻をくじかれたミチが「ありゃりゃ」と肩を落とす横で、マリエはどこか聞き覚えのある声に、調理室の奥にある『調理部部室』と書かれた扉に目を向けた。


(!あの方は・・!) 

「あぁ!鷹座さんだぁ」


充満したとげとげしい空気など気にも留めずに、女子生徒は調理室を横切ってマリエのもとまで駆け寄った。

マリエの手を取り、飛び跳ねる勢いで彼女の訪問を喜ぶ女子生徒に、リュウは知り合いか?と目で尋ねるが、マリエも首を振る。

彼女に対するマリエの認識は、やたらと声を掛けてくる『おめでたい』クラスメイトという程度のものだ。


「あ、鷹座さんのクラスメイトで、調理部一年の卯堂サキです」


リュウの視線に気づいたのか、女子生徒はそう言うとぺこりとお辞儀をして笑った。


「どうしたの?もしかして見学?」


取材だよ~と横から入ろうとしたミチを水澤が押しのける。

ちらりと時計に目をやってから、水澤は素早く指示を飛ばした。


「サキちゃん。みんなも。

もう始めるから、食材準備始めちゃって」

「あ、はい!お待たせしてごめんなさい!」


サキと調理部部員たちがわらわらと動き出すのを見て、水澤は家庭科部員たちを振り向いて冷たい声で言った。


「もう始めるからさ。帰ってくれる?」


成宮は目を細め、無言のまま引き下がる。

周りの部員たちもそれに倣って部室へと帰っていくのを見送り、水澤はミチを振り返った。


「ミチも、今日は部活あるから、悪いけどまた今度お願い」


ありがとね、と疲れた顔で言うと、水澤はため息をつきながらエプロンに腕を通した。


***************************


次の日、作戦会議をするというリュウからの連絡を受け、マリエは放課後の階段を放送室へと向かっていた。

ふと、踊り場の窓から見える校庭に目が行く。


(きっと今頃タイガ様は練習を・・)


足が止まりかけたところで、マリエは頭を振った。


(戦略部ができるまでのガマンよ、マリエ)


タイガの「なんでも」はあくまで戦略部に入ることと引き換えなのだ。

入る戦略部が設立しないうちに投げ出すわけにはいかない。


放送室の扉を開けると、かわいらしいデコレーションが施されたホワイトボードが真っ先に目に入った。

その前に立ってペンを握ったリュウが手を上げると、少し遅れてソファに坐った二人の女子生徒が振り返る。


「お邪魔してま~す」


メモを片手に笑うミチの隣に座っているのは、部長の水澤ではなくサキである。


「水澤先輩がねぇ、クラスメイトの方が話しやすいだろぅって」


確かにあの疲れた先輩よりは話しやすそうだ、と内心納得しながらマリエは丸椅子に腰かける。


改めてホワイトボードを見ると、デコレーション(サキが書いたのだろう)に囲まれるようにして料理、裁縫、さらにそこから伸びる数本の線と様々な書き込みが目についた。


「裁縫、料理、それに、なんですの?お惣菜?」

「そ。家庭科部と調理部って何が違うんだ?って話になって」

 

料理からは四本の線が引かれ、それぞれ惣菜、家庭料理、カフェ料理、スイーツへとつながっている。

裁縫から伸びた線には一般裁縫と刺繍が書かれている。


「ま~簡単に言うと種類わけってことだよね~?」

「お惣菜と家庭料理って、ほとんど一緒じゃありませんの?」


お裁縫はよくわかりせんが、とマリエが指摘すると、サキが困ったように笑いながら補足した。


「一応ね、家庭科部はお惣菜料理とお裁縫担当、調理部は家庭料理担当っていうのが切れ目なんだ。

だからそこは分けようって話になって」

「つまりは~お嬢さんの言う通りほとんど一緒ってこと~」


からかうようにミチが言うのをうなずきながら聞いて、マリエはホワイトボードを眺めた。

サキには悪いが、ほとんど同じ部活と言われても仕方がないだろう。


「じゃあ、いい感じに分けれたし、お嬢も着たし、次の作業に」

「え、ちょ、ちょっと待ってくださいまし?」


突然裏返ったマリエの声に、三人は首をかしげて彼女を振り返った。

マリエが目を見開いて見つめるホワイトボードの上には、『合併大作戦』と自己主張の激しいリュウの字で書かれている。


「あ、あなた、あの仲の悪さを見てまだ合併なんて言ってますの?!」

「なんだよ。それでも合併はさせたいだろ?仲悪いくらいで諦められるかっての」


当然だと言い切ってリュウはマリエを見据える。

その目から逃げるように目をそらして、マリエはそうだったと思いだした。

できるかどうかではない。

どうしたいのか。

それだけが金城土リュウの行動原理なのだ。


「って言っても~説得担当はこのミッティー先輩がしてあげちゃうんだけどね~?」

「いや、自分でやりたいって言ってたじゃないっすか。

友達の仲直りを手助けさせてくれ~だのなんだの」

「あ~~~?!も、そう言うのは黙っててよ~!

恥ずかしいでしょ~?」


サキはそんな二人のやり取りを見てくすくすと笑うと、マリエの横にやってきて言った。


「面白い先輩だねぇ」


マリエはそれに何も返さず、リュウを睨むように見ている。

そして溜息を吐くと、空いた丸椅子に腰かけた。


「あの部長を説得できるだけの合併案を考える、そう言うことですわよね?」


やってやろうじゃないかとマリエがリュウを見つめると、リュウは少し驚いた様子を見せてから、ニッと歯を見せて笑う。


「ふざけている場合ではありませんでしてよ」

「任せとけ。次はこれの出番だ」


そう言ってペンを取ると、リュウはホワイトボードの空いたスペースに見覚えのある十字を書き込んだ。

 「任せとけ。次はこれの出番だ」


そう言ってペンを取ると、リュウはホワイトボードの空いたスペースに見覚えのある十字を書き込んだ。

「あ」とマリエが声を漏らすと、サキとミチが期待のこもった眼差しでマリエを振り返る。


「今度は何を考えればいいの?」


きらきらとしたサキの目に見つめられ、マリエはこういうのも悪くありませんわね、と少し頬がゆるむ。


「これは家庭科部と調理部のいいところと悪いところをまとめる表ですの」


ミチがほほう、とメモにペンを走らせる音を聞きながら、そう言えば、とマリエは折り紙部の時に飲み込んだ疑問を思い出す。


「いいと悪いなら二つに分けるのは普通ではありませんこと?

なぜあえて四つに分けるのか、この前から気になっていますの」

「お、いいとこ気付いたな!それは・・」

「待ってくださいまし!わかりましたわ!

いい、ちょっといい、ちょっと悪い、悪い、ですわね?」

「ほんとだぁ!四つになったよ」


すごぉいと目を輝かせるサキと得意げに胸を張るマリエに、リュウは思わずがくりと肩を落とす。


(勘はいいんだけどな・・)


リュウはペンを握り直すと、そうじゃなくって、とホワイトボードの上に手を走らせる。


「オレはこんな感じで分けてるんだけど」


そう言って、リュウは順に「いい+自分」「悪い+自分」「いい+周り」「悪い+周り」と書き込んでいく。だがそれを見ている三人はあまり納得できていない様子だ。


「これってつまり、どういう意味ですの?」

「いい周りは協力者、とかかなぁ・・?」

「そうなると悪い周りは邪魔者~?」


どんどんと間違った方向に転がっていく話に、リュウは慌てて手を上げる。


「いや、そうじゃなくって・・」

「じゃあどういうことですの?」


マリエの言葉に、う~んとホワイトボードを見つめてリュウは黙り込んでしまう。


(改めて聞かれるとわかんねえや・・)

「あ」


そこにミチの声が響いた。


「私わかったかも~?」


軽やかに水性ペンを取り、ミチはホワイトボードにペン先を走らせる。


「左上は長所、右上が短所、左下はチャンスで、右下がピンチ」


きゅ、とペンに蓋をしてミチが振り返る。


「こういう言い方もありだったりするのかな?」


どうだ?と腰に手を当てて決めるミチに、リュウは目を見開く。


「完璧っす!」

「となると、長所は料理と裁縫ができる、ですわね?」

「うん!短所は雰囲気が悪くて人気がない事かなぁ」


一気に加速する議論を聞きながら、ミチはそのままホワイトボードにペンを走らせる。


「ピンチは、えぇと」


サキが少し迷いながら言葉を選ぶ。


「もともと仲が悪かったのに、野菜販売の事があってもっと仲が悪くなっていること・・とか?」

「それもあるけど」


リュウが一応、と付け足す。


「合併できなかったら廃部になる可能性だってあるだろ?生徒会長の言い方だと」

「なるほどぉ・・そうですね。あとはチャンスかぁ・・」


ピンチだらけでわからないよ、とサキが頭を抱える横で、マリエも腕を組んで眉を寄せる。


「チャンス、と言われてもピンときませんわよね。長所と何が違うかわかりにくいですし・・」


「じゃあ、さっきの種類わけだと、どれが流行りかとかでいいからさ」

「あ!それなら、カフェ料理とスイーツだと思います」


リュウのヒントを受けて、サキはすんなりと答えた。


「お料理教室とかも時々行くんですけどぉ。

やっぱり、家庭料理系よりも、カフェとかスイーツとかの方が、値段的にも手軽さ的にも、同い年くらいの人たちが多いです」

「それはだいぶ有力情報だな」


カフェとスイーツが流行り、と書き終え、ミチはなるほどねとホワイトボードを眺める。


「こうやって整理すると状況がはっきり見えるね~」


そう言いながらミチは赤いペンを手に取り、種類わけのうちのカフェ料理とスイーツに丸を付ける。


「カフェとスイーツを強化すべき~っと」

「私も、スイーツいっぱい作って、いっぱい食べたい人は多いと思います」


クッキーでしょ、ムースでしょ、とサキはスイーツを指折り数え上げていく。あまりに幸せそうなその顔に、マリエも思わず頬がゆるんだ。


「食いしん坊ですわね」

「えへへ・・そうかなぁ。

だって、食堂ないし、購買も食べ物ないし。

だから調理部にしたの」

「へえ。じゃあさ、チャンスとして『学食がない』っていうのはいれるべきじゃねえの?」


確かにそうだと納得し、ペンを手に取ったミチの動きが止まる。

一瞬、珍しく真面目な顔で考えるようなそぶりを見せて、くるりと振り返るとリュウを見つめた。


「・・・どうかしたんすか?」

「ん~?いや~?」


曖昧な返事に眉を寄せるリュウに、ミチはいつも通り軽い口調で返す。


「いっそカフェ部にでもして~カフェ運営すればいいんじゃないかな~?って思ったんだけど」


カフェ部・・?と顔を見合わせる三人に、ミチはひらひらと手を振ってあはは~と笑った。


「流石にぶっ飛びすぎだよね~忘れて~」

「・・いや」


リュウの目がミチを見上げて見開かれる。


「すごい、いいっすよ!」

「たぶん、うぅん、絶対!人集まります!」

「学食を作ってしまう・・盲点ですわ・・悔しい・・」

「そ、そんなにいいかな~?」


あまりの賛同具合に戸惑いながらも、ミチはそれほどでも?と得意がる。


「ナイスアイディアついでに~

調理部も家庭科部も学園祭で店出してるから、一通りの小物はあるはずだよ~?」

「お。じゃあ備品には困らないか」

「となると毎日学園祭、ですわね」


楽しみですわ、と乗り気のマリエに、サキもじゃあ、と手を上げる。


「エプロンは自分たちで作りたいなぁ」

「裁縫もするってことか?それは・・・」

「え~いいと思うけどな~?ワンポイントの刺繍とか入れようよ~」

「オリジナルエプロンなんて、本当に学園祭みたいですわ!」


ワイワイと盛り上がりを見せる女子三人を見ながら、リュウは「でもやっぱりなぁ・・」と眉を寄せる。


(両方やるより、料理で一点突破の方がいい気が・・)


そんなリュウの心配はよそに、数日後、説得が成功したとミチから連絡が入った。

その日のうちに調理部と家庭科部の合併を知らせる新聞部の号外が学園中を騒がせ、その次の週明けから活動を始めたカフェ部は大盛況となった。


「美味しい物作れる人達と一緒にお料理して、それを色んな人に食べてもらえるのが、すごくうれしいんだぁ」


サキは忙しそうにオーダーをとりながらもそう言って笑った。


「それはよかったですわ」

「ありがとぅね、鷹座さん」


「サキちゃーん」と呼ぶ声に返事をし、足早に立ち去るサキに取り残されたマリエは、頬を赤くして彼女の背中からプイと目をそらした。


ミチが手掛けた新聞部の特集『因縁の対決に終止符~合併の真実~』ではリュウの『状況整理術』も紹介された。

それを参考にいくつかの部活が自主的に活動改善や合併を行うなど、その効果は学園全体に及んだのだが・・・


***************************


カフェ部による校内カフェの開設から約二週間。

下校時刻間際の時間を狙い、そろそろ空いたかしらとアスナはカフェを訪ねた。

しかし、カフェ部店舗は空いているどころか客がおらず、サキとマリエが二人で頭を抱えているのだった。

サキが作ったというキッシュを注文し、アスナはカウンターに座る。


「こんなに美味しいのにね」


プラスチックのフォークでキッシュを口に運び、アスナは店内を見回す。

下校時刻間近を狙って来たとはいえ、まさか一人も客がいないとは彼女も思っていなかった。


「値段も場所も申し分ないし。

宣伝だって根古さんが手伝ってくれてるでしょ?」


農業部の一件を経て、購買部は一躍、フォロワー千人の人気アカウントになっていた。

学園内外を問わず今でもフォロワー数を増やしており、最近では野菜販売以外にも運動部の対外試合や文化部の発表会の告知まで行っているのだ。

カフェ部の新設やカフェスペース開店の際にも宣伝で協力をしてもらい、大きな反響を呼んだのだが。


「宣伝ももちろん、他にもいろいろ工夫していますのですけど・・」

「金城土くんは何か言ってないの?」

「それがぁ・・金城土先輩、こういう話題あんまり強くないみたいで」

「情報が足りないと分析もうまくいきませんの」


それもそうか、とアスナは最後の一口をかみしめ、西日に照らされた店内をもう一度見渡した。

購買の隣の空き教室を活用した手作り感満載の店内には、予算をかけられない代わりに手間をかけた装飾や工夫が見られる。


「わかりませんわ・・毎日が学園祭、いいと思ったのですけど・・」

「そうね。美味しくて安くて場所もいいし宣伝もしてるし。

高校生がカフェってだけですごいと思うけど・・」


カラン、とカフェの扉が開く音が響く。

サキはパッと立ち上がり笑顔を作るが、ドアに立った人影を見て深く息を吐きだし椅子に座った。


「ちょっとちょっと~」


サキの反応に不満を示しながらミチが扉を閉める。


「耳より情報もってきたんだからそんなに落ち込まないでよ~」


ミチもカウンターに座る。

何も頼まないまま、いつものメモ帳を取り出すと、早速本題を切り出した。


「結局さ、手作りアットホームは今の流行りじゃないってこと。

友達に聞いたら、みんなここに来ないで隣駅のストバに溜まってるらしいんだよね」

「それは・・お客をとられていた、ということですの・・?」


なるほどぉ・・とサキも納得する。

工夫を凝らしても客が集まらない、となると他の所に流れていると考えるのが確かに妥当である。


(となると、どうやって取り戻すか、だけど・・)


隣駅となると立地で少しは太刀打ちできるか?とマリエが考えを巡らせていると、ふとアスナがメモをとりだしているのに気づく。


「どうしましたの?」

「うん、ちょっと思いつきなんだけど」


アスナは筆箱からペンを取りだし、メモに十字を引く。


「状況が変わって、新しく情報も入ったでしょ?それなら一回あの表を書くべきだと思って」


手伝ってくれる?と表を見つめて考えだすアスナに、マリエは思わず唇を噛んだ。


(確かにそうですわ・・)


アスナが気づけて自分では気づけなかったことが口惜しい。

だが、マリエにできてアスナにできないこともまだ残っている。


「ちょっと待って?いいと悪いで分けるのよね?なんで四つ?」


あれ?と戸惑うアスナに、マリエは一つ一つの枠を指で示しながら言う。


「長所、短所、チャンス、ピンチと言えばお分かりになります?」

「え。すごくわかりやすい。

マリエちゃん、いつの間にそんなの覚えちゃったの?」

「こ、これくらい当たり前でしてよ!

こんなのも知らずによく書こうなんて思いましたわね」

「そうそう~新聞部でも特集で紹介したんだから~」


ミチが鞄から出した記事も参考に、四人でアスナのメモに書き込みをしていく。


「でもこうやって見ると、アットホーム路線を変えるべきよね」

「手作りは控えたほうがよろしいようですわね」


サキも、料理だけでいいのではというリュウの言葉を思い出す。


「お料理もお裁縫も、って欲張りすぎたかもなぁ・・」

「そうですわね。洗練カフェでの集中突破を目指しましょう」

「それならそれなら~食器も紙とかプラスチックじゃない方がいいよね」


あと内装も、メニューも、と次々と案が出てくるが、ふとサキが口に手を当て、言葉を切る。


「・・それってお金、かかりますよね・・?」


アスナが端末に手を伸ばしかけるが、電卓を使うまでもない。

今よりは確実に費用が掛かるうえ、プロの商売と張り合って勝てるかの勝算は目に見えている。

カフェ部の強みは今のところ立地だけなのだ。


下校時刻十分前を知らせる鐘が鳴る。

何の解決策も見えないまま西日が濃くなる。


「時哉」


マリエの声が静まり返った店内に響いた。


『はい、お嬢様』


サキが、どうしたの?とマリエを心配そうに見つめる。

その目に少しだけ言葉を選び直して、マリエは口を開いた。


「学生にも似合う高級感のあるエプロンを用意して。

それと一流カフェのバリスタを一人、講師として雇っていただきたいの。

お願い、できるかしら?」


ミチが驚きながらもひゅ~と茶化す横で、アスナは目を丸くし、慌ててマリエの腕を引く。


「ま、マリエちゃん?雇うって、ただじゃないのよ?」


わかってる?と諭すアスナを、マリエは呆れたように見る。


「当たり前ですわ。馬鹿にしないでくださいまし」

「お金は誰が出すの?」

「私に決まって」

「鷹座さん」


大きくはないけれど強い声がマリエの言葉を遮る。

思わず振り返ったマリエを、カウンターの向こうのサキが真っすぐに見つめていた。


「そんなの絶対ダメ」


普段の穏やかさからは想像できない強い目に圧倒され、マリエの声が震える。


「で、でも、私の財力にかかれば、ほんの」

「それでも私はイヤ」


マリエから目をそらさずに首を振り、だって、と笑う。


「鷹座さんから一円でももらっちゃったら、鷹座さんの友達だ!って胸張って言えなくなるもん」


最後だけ照れくさそうに首を傾げ、えへへ、とサキは頬を赤くする。


なぜか自分の行動が恥ずかしいものに思えて、マリエはサキから顔を背けた。


(そんなはず、ありませんわ)


今までマリエはそうやって人と付き合ってきたのだ。

そして感謝され、尊敬され・・・

『金欲しさに入部する後輩とは、俺は一緒に活動できない』

ふとタイガの言葉が思い出される。

なぜか涙が出そうになる。


『お嬢様』


聞きなれた声が耳元で響いた。


『お願い、と言うことでしたら、私から提案をさせていただいてもよろしいでしょうか?』

「・・・・」


無言を了承ととったのか、時哉は続ける。


『うちのメイドが使っているエプロンで、もう捨てる予定のものを数着、用意いたしましょう。

講師は私が勤めます。

その他の備品も、使い古しでよろしければですが、手配が可能です』


いかがでしょうか、と伺う声にマリエは何も答えない。

なかなか出てこない言葉に唇が渇く。


「・・使い古しのエプロンと、講師にうちの執事を一人」


そっぽを向いたまま、怒ったような声が口を突いて出る。


「これなら受け取っていただけまして?」


横目で伺うのがやっとだった。

サキは、少し目を見開いて、それから何が可笑しいのか肩を少し震わせて笑う。


「うん。ありがとう」


潤んだ目とゆるんだ頬に気付かれないよう、マリエはふん、と顔を背けた。


***************************

 

「新しくできたカフェ部、最近またすごいらしいわね」


放課後、掃除を終えて生徒会室にやってきたアミは、席に着くと同時にそう切り出した。

向かいに座ったクレハが書類から目を上げ、ほう、と声を零す。


「立ち寄れたらいいんだがな」


そう言って彼女が示す先には書類が山をなしている。


「少しくらい私にも任せて?

クレハが好きそうな落ち着いたカフェよ。

制服も本格的だし、料理も本物の執事さんに教わったとか」

「ああ、例のご令嬢が監修しているとか、アンナが言っていたな」


そこでふとペンを止めると、クレハは鞄に手を伸ばした。


「テイクアウトはないのか?」

「あるわよ。買ってくる?」

「頼む」


財布から千円を取りだし、アミに渡す。


「お前の分もこれから出せ」

「・・クレハは、ほんと、なんで男に生まれてこなかったかなあ」

「無茶言え」


生徒会室を去るアミの背中を苦笑交じりに見送る。

足音が遠ざかるのを聞きながらクレハは机から一枚の書類を取り出した。

さらさらとペン先の滑る音がする。


戦略部の創設申請書に、承認を示す猿飛クレハの署名がされた。

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