第4.5話

【天才コーンは口が軽い】





よくある話だが、母親とは最高権力である。

そして天才プログラマー・コーンも、その最高権力には逆らえない。


「あんた、明日購買部で野菜買うてきて」

「購買で野菜?オカン、ボケたんと・・」

「お一人様一個限定の採れたてデカキャベツ。百円」


拒否権は用意されていなかったようだ。


翌日、彼は仕方なく登校し、かといって授業に出る気も起きず、放送室でコードを書いて暇をつぶしていた。


「学校来たなら授業出たらいいのに」


昼の放送のために放送室に顔を出したタツノリは、弁当を広げながら呆れた様子で言った。


「出たないもんは出たない。おもろないし」

「面白いから授業受けるんじゃないんだけどね」

「そうなん?ほな、たっちゃんもサボろ」

「サボるわけないじゃん」

「んにゃ、ほんっまつまらん男やな!」


結局午後の授業も放送室でサボり、そろそろ終礼も終わったかという頃に、彼は一階の購買部へと向かったのだが・・


(なんやねん、この長蛇の列・・)


購買部の前の廊下を埋め尽くす生徒の群れに、彼は心の中でツッコミを入れる。


(お前ら何なん?!主婦なん?!)

「嘘?!もうこんなに並んでる・・」


彼の後ろに並んだ女子生徒も、予想外の人気にどうしよう・・と肩を落とす。

その後ろでは、彼女に連れられて来たらしい、中等部の制服を着た男子生徒が不機嫌きわまりない顔で列を眺めて言った。


「俺帰る」

「だめだめだめ。今晩のおかずだし、今年キャベツ高いんだから!」

「じゃあもっと早く並んどけよ」

「しょうがないじゃない!終礼が伸びたんだもん」

「そんなん姉ちゃんの勝手だろ!」

「お願い!一人一個限定なの!」

「友達に頼めよぉ・・」


なんだかんだと言い合いながら、結局男子生徒はムスッとした表情で女子生徒の後ろで静かになった。


(お互い災難やな、坊主)


ワイも手ぶらでは帰られへんねん・・、と一方的に芽生えた仲間意識で同情の視線を送っていると、頭上のスピーカーから懐かしい呼び出し音が流れた。


『生徒の呼び出しをします。二年B組竹虎アスナさん。

至急、掃除場所に来てください。繰り返します―』


(二年B組いうたら、同じクラスの奴か・・)


呼び出しの理由に周囲の生徒がくすくすと笑いだす。


(掃除忘れるとか、相当アホやな)

「え、嘘?!今日掃除当番だったの?!」

「・・・姉ちゃん・・・」

(ってアンタかい!)


真後ろから聞こえる会話に思わずずっこけそうになる。


「順番近づいても帰ってこなかったら連絡して!

すぐ終わらせて来る!」

「・・・・・・・・ちょーーー恥ずかしいんですけど」

(お前ほんまに災難やな・・)


ぱたぱたと走っていく女子生徒の後姿を見送ってから、コーンは再び同情の目で男子生徒を見下ろす。

と、彼の手元の端末の画面が目に入った。


「んにゃ?」


コーンが上げた声に、男子生徒は眉を寄せながら彼を見上げる。


「・・・何?」

「なんや坊主、そのアプリ好きなんか?」


そう言ってコーンが指さした画面には、彼が数日前に公開したゲームアプリ「てき・たおそーくん」が開かれていた。


「ワイも気に入ってるんよ、それ」

「・・気に入ってるとか、あんた何様?」

(お前こそ先輩に向かって何様やねんアホ)

「コーンのアプリだから。気に入って当然でしょ」

「(うそうそ。ええこと言うやん)

なんや?ボク、コーンのファンか?」


まだ話しかけてくるのか、と煙たそうな顔をしながらも、男子生徒はホーム画面を見せた。


「うわ、コーンのアプリばっかりやん」

「まあ。俺のダチの方がすごいけど」

「ちょっと待てや。「にく・へらそーちゃん」はいらんやろ。

ダイエットアプリやで?」

「か、観賞用だよ!悪いか?!」


別に悪いとは言っていない。むしろありがたいぐらいだ。


「ちょっと貸してみ・・うわ、他にもうじゃうじゃ・・えらい懐かしいのまで・・」

「あ!俺のケータイ!返せ!」

「嫌や。欲しかったら自分で取り」

「っ!馬鹿にすんなし・・!」


腕を伸ばして懸命に飛び跳ねる様子がおかしくて、コーンは長い腕を上に伸ばす。


「あれれ~?全然届きまへんな~?」

「うるせえ!でかいからって調子乗ってんじゃねえぞ!」

「ほな代わりに台にでも乗ったろか?」


軽口をたたいて男子生徒を見下ろしていると、後ろから端末を取り上げられた。


「小学生みたいなことしないの」


振り向くと、タツノリが端末を片手に溜息を吐いている。


「はい。どうぞ」

「・・っす」

「なんやたっちゃん、暇つぶしの邪魔すなや」

「暇つぶしって・・まだ野菜買えてないの?」

「そ。こんな並んでるとは思わんかった」

「日頃学校来てないからじゃないの?万年サボり魔くん?」

「やかましいわ。ケイエイは黙っとれ」


『ケイエイ』の言葉にタツノリの笑顔が固まる。

それを見たコーンの表情も、ハッと固まる。

反射的に自分の口を塞ぐが、もう遅い。


「・・そうだよねぇ?『天才コーン様』はお忙しいもんねぇ?」

「ああああ!謝る!謝るからそれはご法度・・!」


タツノリの口を塞いで大きな声でごまかそうとするが、


「え・・コーン・・?」


努力の甲斐なく、男子生徒の耳にはしっかりと聞こえていたようだ。


「お次の方どうぞ~」


順番が回ってきたのをいいことに、コーンは素早く男子生徒から離れた。

農業部の部員に百円玉を押し付けるように渡して、キャベツを受け取る。


(ってキャベツ重っ!)

「なあ、お前、コーンって」

「アスト!掃除終わったよ、お待たせ・・ってちょっと?!

順番近くなったら連絡してって言ったじゃん!」

「うるせ、姉ちゃん、今それどころじゃ・・」

(ナイスタイミングや、アホ姉ちゃん!)


ありがとう!と心の中で感謝しながら、コーンは片手にキャベツを、もう片手にタツノリの首元をつかんで走りさる。

男子生徒もそれを追いかけようとするが、彼の姉がそれを許すわけがなかった。


(たっちゃん・・・あんの腹黒大魔神め・・・)


無事自宅に帰り、天才コーンは自室の床に寝そべって天井を睨み付けていた。


(おかげで全身バッキバキなんやけど)


なんとかあの場からは逃げ去ることができたものの、激重キャベツとタツノリを抱えて走ったのは流石にきつかった。


(どうやって復讐しよかな・・・)


もとはと言えば彼がタツノリのNGワードを言ったことが原因なのだが、そんなことは忘れているようだ。

どうしてくれようか、と悪人面でネオが考えを巡らせていると、ノックもせずにドアが開いた。


「なぁ、あんた」


最高権力のお出ましである。


「明日も購買で・・」

「誰が行くかっちゅーねん」


言い切る前に断固拒否、と背中を向けると、あっそ、と不愛想な声が降ってきた。


「ほな明日のご飯あんただけ抜きで」

「謹んでお受けします」


拒否権は用意されていなかったようだ。

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