第4話

第四話


一日の授業が終わり、リュウは程よく温かい気温に眠気を感じながら終礼を受けていた。


「今日も一日お疲れ様でした」


バインダーに目を落として連絡事項を読み上げ始めた担任から目をそらすと、リュウはこみ上げるあくびに口を大きく開く。


(昨日も遅かったもんなぁ・・)


涙で潤んだ目をこすり、リュウは何ともなしに教室を見回した。

教壇を真面目に見つめる者、机に突っ伏して爆睡する者、部活前に栄養を補給する者。

真面目な奴少なすぎるだろ、と自分の事は棚に上げて呆れていると、ふと、クラス替え以降ずっと空席になっている最前列の席がリュウの目に着いた。


(こいつが一番不真面目だよな)


出席日数大丈夫かよ、ともう一度あくびをしていると、彼の視界の端で何かがせわしなく動いた。

目を向けると、普段は真面目に担任の話を聞いているはずのアスナが、手元の端末の画面をしきりに確認している。


(・・珍しいの)


「起立」


いつの間にか連絡事項は終わっていたようで、日直の合図とともに椅子を引く音が教室に響く。

遅れて立ち上がったリュウが首だけで礼をしていると、その間にアスナは教室の扉を開け、目を丸くしたリュウを置いて、目にもとまらぬ速さで廊下を走り去っていった。

リュウだけではなく担任や他の数人の生徒も、何事だとアスナを見送る。


「金城土」


彼女が通ったまま開け放たれた扉から姿を現したタイガは、数人から神妙な顔を向けられて一瞬足を止める。

が、すぐにリュウを見つけると彼の机までやってきた。


「少し聞きたいことがあるんだが・・」

「オレもちょっと聞きたいんだけどさ」


タイガの言葉を遮り、リュウはタイガと扉を見比べながら目を丸くしている。

アスナが走り去るところを見ていたらしいタイガは苦笑した。


「毎年この時期になるとこんな感じだ。気にするな」


まあ気にはなるだろうが、とタイガは端末を操作して学園の電子掲示板を表示する。

リュウはそれをのぞきこみ、更に神妙な顔でタイガを見上げた。

予想通りの反応に肩をすくめると、タイガは茶化した調子で言う。


「安くて美味いそうだ」


なんだなんだと他の生徒も覗きこむ画面には、今朝投稿された掲示が映し出されている。


『今年もおいしい夏野菜が収穫できました。先着順で安価に販売します―農業部』


***************************


専科棟の裏を走り抜け、アスナは農業実習室の扉を勢いよく開いた。


「三つ葉とソラマメとピーマンと、あとサヤエンドウ、残ってますか?」


ゼイゼイと荒い息を抑えて一気に言い切ると、椅子に座って客を待っていたらしい男子生徒が吹き出した。


「まだまだいっぱい残ってるよ」


日に焼けた顔で笑い、農業部部長の持田が立ち上がった。


「竹虎さんは絶対来ると思って、欲しそうなのまとめといたんだよ」

お得意様だからね、と持田は実習室の奥へと向かう。

今夜の食材が無事手に入りそうなことに安堵する反面、顔だけではなく目当ての野菜まで把握されていることに、アスナはふと、華の女子高生としてそれはいかがなものかと思ってしまった


(・・まあ、色気より食い気よね)


当面の食糧の方が優先、とアスナが一人うなずいていると、持田がレジ袋を二つ手に提げて奥から戻ってきた。

その袋の大きさに、アスナの目が丸くなる。


「おまたせ」

「・・こんなに、いいんですか?」

「もちろん。これでたったの五百円。お買い得でしょ?」

「お買い得、って」


いくらなんでも、とアスナが持田を見上げると、彼は心配しないでと笑った。


「実は今年は豊作過ぎてさ。

正直、タダでもいいから引き取ってほしいくらいなんだよ」


そう言って持田が目配せをして奥へと向かうので、アスナも袋と鞄を実習室の机に置き、後に続く。

畑へと続く扉をくぐると、山のように積み上げられた収穫済みの野菜がアスナの前に現れた。


「・・これ全部作ったんですか?」

「そうなんだよ。

いっぱいできるのは嬉しいんだけど、流石に売りきれなくって」


そこで、と持田は何やら得意げに畑を示した。

なんだろうと不思議に思いながら持田が示した先を見て、アスナの頬が熱くなる。


「『購買の貴公子』の手でも借りようと思って」


アスナの見つめる先では、常新学園高等部女子の間で大人気の購買部店員・根古が畑の野菜を見て周っていた。

つい数週間前に彼に恋をしてしまったアスナは、赤くなった頬を両手で隠す。


(野菜の袋置いてきてよかったぁ・・)


持田に気付いた根古が手を振りながら二人の方へと歩いてくる。

アスナに気付き軽く会釈をした後、根古は困ったように笑って言った。


「畑の方にもまだまだ残ってるね」

「やっぱり厳しいですか?」

「まあ、厳しいか厳しくないかで言ったら確実に厳しいよね。

購買ももともと野菜を売る場所じゃないから、みんながどれだけ食いついてくれるかわからないし」


一応あてはあるけど、と渋い顔をする根古に、持田も諦めるかと溜息を吐く。


「食べきれない分は捨てるしかないか・・」

「あの!」


思わず口を突いて声が出る。

緊張で動きの鈍った頭を置いて、口が勝手にしゃべりだす。


「せっかくのお野菜、捨てるなんてもったいないです!

何とかしましょう!」


啖呵を切ってから、アスナはハッと気づく。

期待のこもった眼差しを浴びて、アスナはあはは、と乾いた笑いとともに付け足した。


「・・私のクラスメイトが」


***************************

 

「と言うことなのよ・・」


きまり悪そうにアスナが言うと、ツンツン頭がひょこりと動く。

放送室の本棚の下、戸棚の扉の間から顔を出して、リュウはアスナを見上げた。


「で、オレの素晴らしい戦略でどうにかしてほしいと」

「そう言うことです。お願いします」


負けん気の強いアスナが素直に認めるあたり、どうやら本気らしいと察したリュウは、どうしたものかと鼻の頭をかく。


「ぶっちゃけ言うと今忙しいんだよなぁ。

知り合いの頼みでちょっとそこら辺の山?いくことになって」

「そこら辺の・・山?」

「ん。昨日もその準備で寝るの遅くってさ。ちょー眠い」


あくびを噛み殺しながら、リュウは戸棚からチョコや飴などを掴んで鞄に入れていく。

アスナが棚の中に目を向けると、ひっそり隠しているのだろう、スナック菓子が乱雑に積み重ねられていた。


「そのお菓子は・・保存食にでもするの?」

「んーまあ、そんなとこ。ついでにストック整理でもしようかなって」

「でも『そこら辺の』山なんでしょ?」

「うーん・・まあ、念には念をってやつ?」


そう・・と少し残念そうなアスナを横目で見上げ、リュウは戸棚の扉を一度閉めた。


「売るもんは決まってるんだよな?」

「!ええ!農業部の美味しい野菜よ」

「ふーん・・忙しいからアドバイスくらいしかできないけど」


購買部に野菜か、と突っこみたくなる気持ちを抑えてリュウは続ける。


「後は、値段と場所と、宣伝方法が決め手になるんじゃね?」

「値段と、場所と、宣伝方法」

「っていっても場所もほとんど決まってるのか。

じゃあ、あとは値段と宣伝方法次第だろうな」


復唱し、メモをとりながらうなずいているアスナに、リュウは少し迷ってから付け足す。


「それとさ、野菜売るってのもどうかと思うぜ?」

「そうかな・・?

美味しくて安くて、しかも無農薬の有機栽培よ?私なら絶対飛びつくけど」

「そりゃ、委員長はそうかもしんないけど・・。

学校で野菜買ったって、そのままじゃ食えないし、持って帰んの面倒だし、どんな料理に使えるとかわかんないから何買えばいいかわかんないし」

「なるほど・・」


オレは絶対買わないね、と再び戸棚を開けたリュウの後頭部を見下ろし、アスナは少し考える。


「つまり、すぐ食べれるなら買うってこと?」

「まあ、美味いなら?」

「なるほどね・・ありがとう!

とても参考になったわ。いい案も思いついたし」


そう言って、メモとペンを鞄に入れるアスナを見ずに、リュウはせっせと菓子を選り分けながら声を掛ける。


「オレあんまなんもできないけど、頑張れよ」

「ありがとう。ちょっと協力が必要だから、うまくいくかわからないけど」

「協力?」

「ええ・・でも家庭科部か、調理部か、どっちにお願いするかはちょっと迷いどころね」


どちらにしようかと考えながらアスナは鞄を肩にかけてリュウに背を向ける。

ふーん、と返事を返してから、アスナの言葉が引っかかってリュウの手が止まった。


「え、ちょっと待ってトラコ・・・」

「あ、そうだ。山、楽しんできてね」


リュウが戸棚の扉から顔を出した時には、放送室の扉はすでに閉じられ、アスナの姿はなかった。

早速『家庭科部か調理部』に話をつけに行ったのだろう。


聞き間違いか・・?と眉を寄せながらリュウは閉じてしまった扉を見る。


「・・・・家庭科部と調理部?両方あるのか?」


そんなことがあるのか、と首をかしげながらも、リュウは何やら考え事を始める。

そして何やらいいことを思いついたのか、にやりと笑うと、鼻歌交じりに菓子の整理を再開するのだった。


「とっておきのアドバイス、もらってきました!」


そう言ってアスナが持田を連れてきたのは、家庭科部の部室だった。

隣の調理室から楽し気な声や調理の音が聞こえる中、部長の成宮は腕を組んでアスナを見据えている。


「持田くんたちが作った野菜で、私たちがお惣菜作る。

そういうこと?」


成宮に鋭い目を向けられ、持田の背中に冷や汗が流れる。


(やっぱり成宮さん怖いなぁ・・)


クラスの友人が「目つきが悪いだけ」と言っていたのを持田は思い出すが、それだけではないだろう、と持田は背筋が自然と伸びるのを感じた。

持田の方が背は高いはずなのに、なぜか見下されているような気分になる。


(しかも、あの家庭科部の部長だもんな・・)


さすがに無理なんじゃ、と持田が諦めかけている横で、アスナは負けじと成宮を見つめ返した。


「作ったお惣菜を購買部で販売させてもらいたいんです。

お野菜だけだと高校生に売りこむには難しいので、手を貸してもらえませんか?」


真っすぐなアスナの視線を受けて成宮は何も返さず、ただ目を細めてアスナを見、持田を見、そして最後に調理室へと続く扉へと目を向ける。

その目からは何を考えているのかは読み取れない。

だが明確に断られるまではもっとアピールしなければ、とアスナは持田に目配せをして続けそのまま続けた。


「お弁当のお供にもなるので需要があると思うんです。

ね、持田さん」

「あ、えぇっと、そうだね。

実際、トマトとかのすぐ食べれる野菜は生徒にも人気が高くて」

「私の友達も、野菜よりはすぐ食べれるものがいいって言って」

「あのさ」

アスナの言葉を途中でさえぎり、成宮は続く言葉を口にしないまま無言で二人を見比べた。

鋭い目線に二人の顔が引きつる。

その様子に軽く溜息を吐くと、成宮は組んでいた腕を解いて棚から一冊のノートを手に取った。


「そんな必死にならなくても、条件次第では協力できるよ」


ペラペラとページをめくり始めた成宮の言葉に、二人は顔を見合わせる。

やっぱり目つきが悪いだけなんだ、と持田は少し失礼なことを考えながら、笑顔でアスナとうなずきあった。

そんな二人の様子を横目で見て、成宮は決まりが悪そうにそっけない口調で言う。


「調理部じゃなくてうちに来てくれたのは素直にうれしいし、根古さん困ってるっぽいし、それだけ」


根古さんにはお世話になってるし、と言いながらも成宮の頬がほんのり赤いのは、流石貴公子と言うところだろうか。

購買部に頼んでよかった、と嬉しそうな持田の横で、アスナは成宮の言葉を思い出して、不安げな表情で口を開いた。


「でも、成宮先輩、条件次第ではって・・」


アスナの言葉に応える代わりに、成宮は電卓を手に取った。

先ほどペラペラとめくっていたノートを見ながら何やら計算をし、無言のまま二人に電卓を見せる。

二人がのぞきこむのを待ち、成宮は口を開いた。


「お惣菜も野菜だけで作るわけじゃないから?

それなりに材料費とかはかかるわけ」


これは四人前の経費ね、と彼女が続けると、調理室へと続く扉が開いて香ばしい香りが部室に広がった。


「成宮先輩!もうすぐできますよ」

「うん。もう行く」


成宮は鋭い目を和らげて言うと、電卓とノートを元に戻した。


「その分の費用をうちの部費から出すことはできない。

それを出してもらえるなら、うちは協力する」


そして二人が何か答えるのを待たず、成宮はエプロンのひもを結び直して立ち上がった。


「私の返事は以上。

部活中だから、そっちの返事は後で聞かせて」


じゃあ、と不愛想な顔で言い残し、成宮は調理室へと姿を消した。


***************************

 

購買部の閉店時間は下校時間より少しだけ早い。

レジ閉めなどの閉店業務を終え控室へと戻った根古は、沈んだ様子で電卓を見つめるアスナと持田を見つけた。


「もしかして・・家庭科部、ダメだった?」


思わぬ呼びかけにアスナが肩を震わせる向かいでは、持田が眉を下げて首を横に振る。


「協力はしてもらえそうです。ただ・・」


持田がもう一度、と電卓を叩く。


「材料費とかできたお惣菜を入れる容器とか、あとできれば家庭科部の人たちには何かお礼したいし、そう言うこと考えると」


もう何度も同じ計算をしてきたのだろう、素早くボタンを押して持田は惣菜一つ辺りの単価を出す。


「やっぱりこのくらいかかるよなぁ・・」

「スーパーの値段の理由がわかった気がします・・」


映し出された数字を見下ろし、今まで文句言ってごめんなさい、とアスナは心の中で呟く。

根古も横から覗きこみ、まあこんなもんだろうとうなずいた。


「こうなると、あとは口コミ、だったっけ?」


持田は不安げにアスナを見る。

リュウの言う通りだとすれば、売り物、値段、売り場がこれ以上動かせないなら、宣伝方法で対応するしかない。


「竹虎さん、口コミって何かいい案ある?」

「いえ、特に・・持田先輩は・・?」

「あったら電子掲示板以外にいろいろ使ってるね」


ですよね、とアスナと持田はいっそ笑うしかないと互いに顔を見合わせる。

そんな二人を心配そうに見てから、根古は時計を気にしながら口を開いた。


「あの、実はさ」


根古はそこでふと言葉を止めて控室の扉へと目を向けた。

二人もつられて目を向けると、ペタペタとスリッパのような足音がして勢いよく扉が開く。


「ちっす!」


元気の良すぎる声と共に、目に痛いほど明るい金髪頭がドアからひょこりと現れた。

大きな声と眩しい色合いにアスナの肩が跳ねる。


「ふい~あっちぃ」


走ってきたのか息を整えながら控室に入ってきた男子生徒は、丁寧に扉を閉めて三人に向かってきびきびと礼をした。


「遅れやした!」


遅い、と文句を言う根古の横では、持田が目を丸くして口をぱくぱくとさせる。


「い、い、乾くん?!」

「?持田先輩、お知合いですか?」

「あ、いや。ただ、有名だから一方的に知ってるっていうか・・」

「有名、ですか?」

「まあ、三年生の間ではちょっと有名かな?」


得意げに言う金髪男子を、見た目の事かしら、とアスナが観察していると、根古が彼を軽く小突いた。


「うるさくてごめんね。

こいつは乾トオル。僕の」

「弟分っす!根古の兄貴が困ってるって聞いて、助けに来ました!」


根古の言葉を遮ってニコニコと嬉しそうに言い放った金髪男子に、根古は困ったなと頭をかく。

案の定、アスナと持田は一瞬考えるような顔をした後、同時に口を開いた。


「・・・弟分?」

「根古の兄貴には返しきれない恩があるんで、どんなことでもお安い御用っす!」


よろしく、と言った彼の言葉に、アスナと持田は思わずトオルと根古を見比べた。

金髪ピアスの男子高校生と購買の貴公子の間に、どう考えても「兄貴」「弟分」という関係が見いだせないようだ。

二人の視線に困ったなと頭をかく根古の隣では、トオルが歯を見せて快活に笑う。


「大体の事情は聞いてるっす。

俺が来たからには、明日からここも大繁盛なんで」


覚悟しといてよ?と不敵に笑うトオルを、アスナと持田はただただ見つめることしかなかったのだが・・


***************************


彼の予言通り、翌日から購買部には生徒がひっきりなしに野菜と惣菜を求めてやってきた。

成宮が「試しに何個か作ってみた」と言って持ってきた惣菜は昼休みの開始と同時に売り切れ、売れ行きが疑われた野菜も、放課後になると同時に長蛇の列ができるほどの人気になった。


「購買部野菜販売の最後尾こちらです!」


即席のプラカードを手に、アスナは声を張り上げる。


「竹虎さ~ん」


階段を駆け降りてきたのだろう、息を弾ませた女子生徒が二人、新たに列に加わりアスナに話しかける。


「プニッター見たよ!すごい話題になってるよね」

「もうお惣菜売り切れちゃったって?」


残念がる彼女たちの手に握られた端末には、SNSのタイムラインが表示されている。

続いてやってきた男子生徒も列に加わると、『母さんに頼まれた野菜、残ってますように・・!』と打ちこんだ。

アスナはまた声を張り上げながら、昨日の乾の言葉を思い出す。


「イマドキ宣伝ならSNS、それもプニッターに決まりっすよ」


***************************


「兄貴のことだし、どうせウィンスタでも使ってるんでしょ?」


控室の椅子に座って呆れたように言うトオルに、根古は眉を寄せて自分も腰を下ろす。


「でもウィンスタ勧めてくれたのはトオルだろ?」

「それは兄貴が生徒と交流を持ちたいって言ってたから。

宣伝したいって今回の目的とは違うっしょ?」


なんだかんだと進んでいく話に着いていけず、アスナはちらりと持田を見やる。

表情を見るに、彼もあまり理解ができていないようだ。


「あの・・」


アスナが手を上げてストップサインを出すと、二人は話を止めて彼女を見る。


「ウィンスタって何ですか?」

「僕も知らないです・・」


持田も申し訳なさげに手を上げると、トオルは「ほらね?」とでもいうように根古に向かって眉を上げる。


「写真投稿用のSNSって言うの?

兄貴が購買部としてそーゆーのやりたいって言いだしたから俺が紹介したんだけどさ」

「実は、今もそこに野菜の販売情報とか写真とか投稿してるんだけどね」


反応はいまいち、と眉を下げる根古に、トオルは呆れた顔で言い聞かせる。


「あのね?購買部のウィンスタをフォローしてる人で、野菜買いたい人がどんだけいるか考えてみ?」


SNSとは無縁の二人も、その言葉には納得してうなずく。


「何人もはいないですね」

「もともと購買には文房具が欲しくて来るからね」

「そゆこと」


兄貴もわかった?と念を押してからトオルは続ける。


「だからこそプニッターなんっすよ。

購買部のプニッターアカウントを作って、そこから野菜と惣菜の情報を発信。

それを俺がリプニットして、二千人のフォロワーにばらまく」


二千人、という言葉にアスナは目を見開く。


「有名って、そう言うことだったんですね」


まあね、と得意げに答えてから、トオルはちなみにさ、と持田の方を向く。


「農業部の一番人気商品ってなに?」


予想しなかった質問に戸惑いながらも、持田は答える。


「それなら・・・ブルーベリーかな。

今日ちょうどみんなに収穫してもらってるから、明日から売るつもりだよ」


それを聞いてトオルはタイミング良すぎでしょ、と目を輝かせる。


「それ使ってさ、感想プニットキャンペーンしようよ!」

「感想プニット?」

「そう!学園祭の模擬店とかでよく使う手なんだけどさ。

野菜とかお惣菜の感想をプニットしてくれたら、先着順でブルーベリープレゼント!ってわけ」

「ブルーベリープレゼント?!」

「おお、いい食いつきだね」


でもまだまだ、とトオルは更に両手を開いてアスナに示す。


「さらにさらに、購買アカウントのフォロワーには10%オフなんてどうよ?」

「今からでもアカウント作ってきます」

「さすが!お目が高い!」




(・・でも、まさかこんなに人が集まるとは思っていなかったな)


まだまだ増え続ける生徒の列に、アスナはプラカードを握り直した。

お礼にもらったブルーベリーはリュウにもあげようと決め、アスナは再び声を張り上げる。


「購買部野菜販売の最後尾はこちらです!

フォロワー限定でお会計から10%オフのフォロワーキャンペーン中です!

並んでいる間に購買部のフォローお願いします!」


***************************

 

プレゼントキャンペーンはブルーベリーが売り切れたことにより早々に切り上げられたもの、

フォロワーキャンペーンと農業部、家庭科部の頑張りにより野菜販売は日々繁盛していた。


「『野菜もお惣菜も美味しい』『ご飯によく合う』」


成宮が端末を片手に感想を読み上げるたび、調理室に集まった家庭科部員たちが歓声を上げる。


「『買って損なし』・・『お母さんのより美味しい』だって!」


うれしい!と盛り上がっていると、家庭科部の部室の隣、『調理部部室』と書かれた扉が勢いよく開かれる。


その音に、盛り上がっていた調理室の空気がすっと冷えこんだ。

姿を現した数人の女子生徒が、成宮たちに気付いて眉を寄せる。


「ちょっと。今日は調理部がここ使う日だよね?」


何してんの、と向けられる冷たい目に、成宮は肩をすくめた。


「あんまり遅いから?使わないなら家庭科部が使ってもいいかなって」

「は?惣菜部の癖に生意気なんですけど」

「調理部さんも同じくらい活躍してから言ったら?」


バチバチと、二組の女子生徒たちの間に火花が散る。


そんなことは露知らず、リュウは一人、放送室で部活紹介の冊子を眺めて呟く。


「やっぱ家庭科部と調理部は統合したいよな・・」


てかなんでわざわざ分けてあるんだ?とソファに寝ころび足を揺らした。


(・・まいっか)


細かいことはわからん、と机に置いたタッパーに手を伸ばしブルーベリーをつまむ。

うんめ、と甘酸っぱさを味わっていると、突然放送室の扉が勢いよく開いた。


「たのも~!」


突然の大声にリュウはソファから飛び起きる。

入り口を振り返ると、女子生徒が仁王立ちでリュウを見据えていた。


「私は三年の新聞部部長、鳴子ミチ!ミッティー先輩って呼んでね~」


聞いてもいないのに勝手に自己紹介をし、ミチはずかずかと放送室に踏み入れる。


「君、金城土くんだよね?

なんか面白そうなことしてるでしょ~?取材させてくれない?」


数秒の沈黙の後、へ?と間抜けなリュウの声が放送室に響いた。

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