第3話
第三話
定例会を終えて部室に戻った科学部部長・堀田は何度目ともわからない溜息を吐いて手元の紙に目を落とした。
『重要事項ですので、必ず部員の方にも周知を願います』
そう言ってコウタが差し出した紙を受け取った後、ここまでどうやって帰ってきたのかすら堀田は思い出せない。
真っ白になった頭の中では、書類の表題だけがぐるぐると周るだけで理解されないままの言葉が口からこぼれる。
「廃部・・・」
「え?今なんて?」
堀田の肩がピクリと跳ねる。
いつの間に来ていたのか、彼が振り返った先では部員の牛谷キョウが彼を凝視していた。
「あなた、今、廃部って言った?」
珍しく驚いた様子を見せたキョウが眉を寄せて尋ねると、堀田は答える代わりに手に持ったままだった紙を彼女に見せた。
ざっと書類に目を走らせるキョウに堀田はダメもとで口を開く。
「どうしよう・・」
無言のまま紙と堀田を何度か見比べ、キョウはいつもと変わらぬ冷たい目で溜息を吐いた。
「あなたがロクな研究成果を挙げないからではないの?
少なくとも私は、そこに書いてある「学内活動の活性化」には貢献していると思うけど」
予想通りの答えに、堀田の口元には薄く笑みが浮かぶ。
そんな彼に気味が悪いと言わんばかりに目を細めてから、キョウは堀田に背を向けて実験室の奥の扉に向かった。
「私はちゃんと自分の成果を挙げているわ。
問題はあなたにあるんだから、自分で何とかして」
協力するつもりはないとはっきり告げ、「立入禁止」と書かれた扉を開ける。
(・・ここで研究できなくなったら転校でもしようかしら)
ばたん、と無情な音を立てて閉じた扉を見つめ、堀田は笑いながら長い溜息を吐いた。
(あと一週間でどうしろって・・)
ふと、たった一週間で底辺から人気部活に這い上がった運動部の話が思い起こされる。
迷う素振りを見せたのはほんの一瞬で、堀田は紙を手に実験室を後にした。
*************************
三人掛けのソファーの真ん中に腰掛け、放送室を訪れた男子生徒はぺこりと頭を下げた。
「折り紙部部長の熊井です」
先ほどは失礼しました、と肩を縮める熊井の向かいでは、丸椅子に座ったリュウ、マリエ、アスナ、タイガ、そして椅子が足りずに本棚に寄りかかって立つタツノリが熊井に会釈を返す。
タイガが差し出したコップを受け取り一口飲むと、実は、と熊井は手元の紙をテーブルに置いた。
「今日の定例会の後こんなものを生徒会から渡されて・・」
彼から指名を受けているリュウが代表して紙を受け取る。
が、むむむと唸ると勢いよく振り向いて右手をタツノリに突き出した。
「なんか堅苦しくてよくわかんね」
だろうと思った、とタツノリは紙を受け取りざっと目を通す。
「要するに、
『今のままじゃ廃部になります。
嫌なら一週間後にアピールの場を設けるから、そこで今後の活動方針を示しなさい』
ってことだね」
書類が気になる様子のアスナに書類を渡し、タツノリは肩をすくめた。
「方針が良ければ廃部免除、そこそこなら経過観察で、最悪即廃部、だって」
「潰すのもいとわない、ってことね」
嫌なやり方、と書類に目を通して眉を寄せるアスナの横でタイガは目を伏せる。
(うちの部もあのままだったら・・)
考えるのはやめよう、とタイガは審査の基準について話し合うタツノリとアスナに合流する。
そしてその三人に隠れるようにして、リュウはこそこそとマリエに近づき耳打ちした。
(おい、お嬢、ちょっと耳貸せ)
眉を寄せながらも、マリエはリュウの方に体を傾ける。
(今俺たちは予算がないから部活にしてもらえない)
(そうですわね)
(今折り紙部は廃部の危機にある)
(?そうですわね)
本題は何ですの?とマリエが急かすとリュウの目がきらりと光る。
(そこで、だ。
今折り紙部を放っておいて、つぶれたらどうなる?)
にししと悪い笑みを浮かべるリュウに、マリエは思わず唾を飲む。
(・・まさか)
(予算が浮いて俺らの戦略部ができるだろうがよ!!!!)
「外道!それは外道ですわ!」
「わ、バカ!声でけえよ!」
口を突いて出た声にマリエも両手で口を塞ぐが、時すでに遅し。
ハッと振り返った視線の先ではタツノリが目を細めて二人を見下ろしていた。
乾いた笑いが顔に浮かび、冷たい汗が背中を伝う。
タツノリはにこりと笑ってリュウを見据えた。
「他人の利益を図れなかったら、自らは栄えない」
聞きなれない言い回しにマリエが首をかしげる横で、リュウの肩がピクリと反応する。
マリエと揃って愛想笑いを浮かべていたリュウが、さっとタツノリから目をそらした。
下を向いてしまったリュウの表情ははっきりとは見えない。
急に変わった雰囲気に熊井は不安を露わにし、アスナとタイガは何事だとタツノリとリュウを見比べる。
「・・冗談に決まってんだろ」
タツノリを見ずにそう言い捨てて、リュウは丸椅子に座り直す。
気まずそうな熊井を横目で伺い、咳ばらいを一つしてから口を開いた。
「で?現状は?」
リュウとタツノリを不安げに見比べながらも、熊井はどこから話そうかと一つ一つ言葉を選びながら話し出す。
「折り紙部は、その、人気がなくて、自分でも・・まあ特徴ないよなぁ、なんて、思うんですけど」
あ、でも!と言いたいことが見えてきたのか熊井の言葉が加速する。
「やっぱり面白いと思うし、僕は折り紙にはまってから手先が器用になって、結構これが役に立つし、
それに集中力も!単純な作業とか、勉強でも!計算とか、暗記とか、そう言うのが苦にならなくなって、あとは」
「ちょ、ちょっとストップ!」
リュウが両手を突き出して止めると、熊井はハッと我に返って顔を赤らめた。
「ごめん、喋りだすと、僕、止まらなくて・・」
「全然いいんだけどよ」
オレも止めてごめん、と言いながらリュウは丸椅子から立ってホワイトボードペンに向かう。
「いろいろあるのはわかったからさ、いったん整理しようぜ」
リュウがペンを手に取りホワイトボードに十字の線を引くのを、皆が不思議そうに見つめる。
ただ一人タツノリは、少しだけ目を丸くした。
(なるほどね・・そうくるか)
確認なんだけどさ、とリュウは水性ペンを回す。
「まず、折り紙部は人気がない」
ホワイトボードの右上の区画に「人気がない」と書き込むと、リュウは続いて手を左にスライドさせた。
「でも、手先が器用になって、集中力が上がる」
そのまま左上に「手先が器用に」「集中力アップ」と殴り書いく。
あってるか?と熊井に確認してから、今度は右下の区画に手を伸ばした。
「で、今生徒会からは廃部勧告が出てる」
「廃部寸前!」と書いてペンを置くと、リュウは丸椅子に座ってホワイトボードを眺めた。
「うん、これでスッキリ」
「この表は何ですの?」
マリエが皆の疑問を代弁するとリュウはいや?と曖昧に答える。
「整理用の表?」
私に聞かないでくださいまし、と呆れるマリエを置いて、リュウはペンを手に取り空いた左下の欄をコツコツと叩く。
「熊井さ、みんなに「折り紙部いいかも!」って思ってもらえるようなきっかけは知らない?」
きっかけ・・?と目を泳がせる熊井に、半信半疑ながらタイガは口を開く。
「それはうちの部で言う『ワイチューブで縄跳び動画が人気』とか、そう言うことか・・?」
「あ、そうそう!そういう感じの」
「それなら・・・」
熊井は手を口に当てて言葉を探す。
「その、折り紙が脳トレになる、とか、集中力アップになる、とか、そう言うのが最近テレビでも取り上げられてるみたいで」
僕もあんまり詳しくは知らないんだけど、と自信なさげながらも、熊井は続ける。
「あと、人と同じくらい大きい折り紙が話題になってるとか・・」
「じゃあ、脳トレとか集中力アップになるのが知られてること、特大折り紙が話題なことっと」
そうして表の右下を埋めたリュウに、アスナはハッと気づいて口を開く。
「折り紙部のいいところと悪いところをまとめてる・・?」
「さすがトラコ!そういうこと!」
(と、トラコ・・)
そう言ういい方もあるよな、と満足気に頷くリュウを横目で睨み、アスナは隣で小刻みに肩を揺らすタイガを肘で小突く。
そう言われればわかりやすいかも・・とマリエも納得しかけるが、違和感を覚えてもう一度表を見る。
(・・いいと悪いなら二つで充分ですわ。なんで四つ?)
浮かんだ疑問をリュウにぶつけようとホワイトボードから目を離すと、マリエ以外の面々はすでにソファーの周りに集まってアピール作戦会議を始めていた。
(・・あとで聞きましょう)
疑問を飲み込み、マリエも会議に参戦する。
その背後で、ほんの少し開いていたドアが音を立てずに閉まった。
ワイワイとにぎやかな声が遮断され、静まり返った廊下では堀田がドアノブに手を掛けたまま何もせず立っている。
そうして数秒ドアを見つめ、彼は来た時と同じく、静かに廊下を去っていった。
***************************
翌週、勧告の通り執り行われた生徒会主催の活動方針報告会で、トップバッターを務めた科学部部長・堀田の発表に熊井は愕然とした。
「我々科学部は、安全であれば様々な実験ができるという強みを活かし、学力向上という面から学内活動の活発化に貢献します」
(それは・・)
「部員の確保に向けては、最近注目を集めているデンゴロウ先生の実験を模擬することで、大規模な実験に興味を持っている生徒を呼び込みます」
(それは・・・)
「実験を通して科学に興味を持つことができれば化学、物理、生物、さらには数学など、幅広い科目でのモチベーションと学力の向上が期待できます」
(それは・・・・!)
「以上で科学部の発表を終わります。
ご清聴ありがとうございました」
四人の生徒会役員と廃部勧告を受けた各部の部長に加え、聴講自由と聞きつけてやってきた聴衆が感嘆の声を上げる中、熊井は心の中で叫んだ。
(それは僕達のアピールポイントじゃないか?!)
「実験を通して科学に興味を持つことができれば化学、物理、生物、さらには数学など、幅広い科目でのモチベーションと学力の向上が期待できます。
以上で科学部の発表を終わります。ご清聴ありがとうございました」
流れるような説明を終え、余裕の表情で壇上から降りていく堀田を、熊井は涙目になって見つめる。
彼からマイクを受け取った司会の生徒会書記・コウタは次の発表者を探して会場を見渡した。
「では続いて、折り紙部部長、熊井タツキさん」
(ど、どうしよう・・)
助けを求めて隣にいるリュウを見ると、いつの間にかそこは空席になっていた。
あれ、と疑問が浮かぶと同時に会場に聞きなれた声が鳴り響く。
「おいこら!科学部!
俺らの発表パクってんじゃねえぞ!!」
どこから抜け出したのか、気づけば通路に仁王立ちになったリュウが堀田に向かって叫んでいた。
「あのバカ・・!」
気づいたタツノリが席を立つより早く、タイガがリュウに追いつき彼を後ろから取り押さえる。
「飛澤、こんにゃろ、離せ!!」
「いいから落ち着け」
体格差で押さえつけられて無理やり引き戻されるリュウを、コウタは冷ややかな目で見送ってから下ろしていたマイクを上げる。
「会の間は静粛に願います。
では続いて、折り紙部部長、熊井タツキさん」
再度呼ばれ、青い顔のまま熊井は壇上に上がる。
「ぼ、僕らの強みは・・・」
掠れる声に、もうどうにでもなれ、と熊井は目を閉じると用意していた原稿を一気に読み上げる。
「手先を使い様々な折り方を実践することで、脳トレや集中力向上の効果が得られること、そして、それによって部活動を学力の向上につなげ、学内活動の活発化に貢献できることです。
さらに今後は、人の大きさほどある折り紙の作成などの新企画を実施するなど、部外の生徒もより折り紙に親しみを持てるような活動をしていきます」
会場がざわめいているのが熊井にも感じられる。
さっきのパクリってこれのこと?と誰かの小声が耳に響く。
その言葉に泣きそうになりながらも、熊井は最後に大きく息を吸うと、知ったことかと開き直る。
「折り紙と言う遊びを通じて、学力向上と言う学内活動の活性化に貢献することで、折り紙部は新しく生まれ変わります・・・!」
ありがとうございました、と勢いよく頭を下げると、熊井は足早に壇上から降りコウタにマイクを押し付けるように渡す。
半ば唖然と見送ったコウタと聴衆が見つめる前で、熊井は崩れ落ちるように席に着いた。
(ど、ど、どうしよう・・)
崩れるように座った熊井を見下ろし、今更怖くなったか、と苦笑しながらタイガは熊井の肩を軽く叩く。
それに応じて小刻みに頷くと、熊井は深く息を吐きだして震えを抑え込むと前を向いた。
コウタがマイクを通して堀田と熊井に問いかける。
「両部は非常に似た活動を目指しているように見えますが・・」
「だから科学部のパクリだって言ってんだろ!」
コウタを遮ってリュウが再び声を上げる。
その目は堀田を真っすぐ睨み付けているが、当の堀田は表情一つ変えない。
「金城土くん!」
皆が息を潜めてリュウを見守る会場に、アスナの制する声は予想以上に響いた。
聞き覚えのある名前にコウタはあぁ、と薄く笑みを浮かべる。
「あの放送ジャックの生徒ですか」
「それがなんだ!文句あるか?!」
あるならはっきり言え!と睨むリュウに、コウタはマイクで拾えるか拾えないか程度の低い声で何か呟く。
「この、き・・が・・」
「コウタくん」
コウタの右側から伸びた腕が彼からマイクを取り上げる。
「それはここで言うことじゃないわ」
柔らかく制する声にハッと我に返り、コウタはバツが悪そうに目を伏せた。
彼からマイクを取り上げた生徒会副会長・早未アミは、わかるでしょ?と優しく諭すと、そのままリュウへと目を向ける。
少し困ったような微笑を浮かべながら、アミはマイクを口元に寄せた。
「金城土くんはなにか証拠があって言ってるのかしら?」
「証拠なんていらねえ。どう見てもパクリだろうが」
違うか?と周囲を見回すリュウに、聴衆はさっと目をそらす。
「リュウ」
唯一彼と目を合わせたタツノリが静かに首を横に振る。
「証拠がないならそれはただの文句になるけど、金城土くんはそれでいい?」
どうかしら、とマイク越しにアミが問うと、リュウは返す言葉を見つけられず、渋々席に着く。
それを見届け笑顔で会釈をすると、アミは隣に座るクレハにマイクを渡した。
「さて」
アミに短く礼を言ってからクレハは口を開く。
「両部とも我が学園への貢献を考えてくれて、生徒会としても大変有り難く、喜ばしいことだと思っている。が・・」
そこへチャイムが鳴り響き、皆が時計を見上げる。
「この通り、午後の始業時間が迫りつつある。
状況も鑑みるに、今ここで直接結論を下すのは得策でない」
教室移動のある生徒が慌てて会場を後にする中、堀田と熊井は神妙な面持ちでクレハを見ている。
その視線に、クレハは頷き返して口を開いた。
「残念だが、我々には同じ部活を二つも抱えていられるほどの余裕がない。
そこでだ。我々生徒会ではなく、一般生徒の自主性に則って部の存続を決定しようと思う。
科学部、折り紙部の両部には勧誘活動を行ってもらい、そこでより多くの部員を集めた部だけに、今後の活動を許可することにする」
ただし、とクレハは低い声で付け足す。
「両部とも、新入部員が五人に満たない場合は即廃部としたい」
熊井の顔からさっと血の気が引く。
堀田の表情から余裕が消える。
厳しすぎるのではという疑問も、授業に急ぐ人の流れに飲まれていく。
マイクの電源を切ると、クレハは椅子を引いて席を立った。
「では皆、授業には遅れないよう」
そう言い残して立ち去るクレハと生徒会役員を、堀田も熊井も、ただ茫然と見送ることしかできなかった。
***************************
一週間の勧誘活動は熾烈を極めた。
両部共にある程度の入部希望者が見学には来るのだが、彼らは必ず「もう一個と迷っていて」と苦笑を残して帰っていくのだ。
結局、互いに入部者一人という状況で折り返しの週末を迎えていた。
「他人のまねでうまくいくとでも思ったの?」
実験室で頭を抱える堀田をキョウは冷ややかに見下ろした。
彼女の手元では新聞部の発行する号外が「部員争奪戦!どちらも廃部か?」と戦況をうたう。
「他人のまねごとなんて、無知か無能のやることよ」
新聞を机に置いて奥の扉へと向かう。
邪魔しないでね、と扉に手を掛けたキョウの耳に、不機嫌そうな声が響いた。
「おい、科学部」
聞きなれない声にキョウが振り向くと、ツンツン頭の背の低い男子生徒が実験室の入り口に立っていた。
後ろでは気弱そうな男子生徒がハラハラした様子で彼を見ている。
ツンツン頭とキョウの目が合う。
「パクリの証拠でも見つけたか?」
うんざりした様子で投げやりに問いかける堀田に、キョウは自分には関係なさそうねと目線を外す。
立ち入り禁止と書かれた扉の向こうへ去っていくキョウを見送ってから、リュウは堀田を見下ろして言った。
「別に。そんなこと正直どうでもいい」
「え、いいの?」
拍子抜けした熊井が安堵の声を上げる。
よかった、殴り込みじゃないんだね、と場違いに喜ぶ熊井の態度に、堀田は思わず開いた口を固く結び直した。
「じ、じゃあ何の用だよ」
そがれた勢いを取り戻そうと強がる堀田に、リュウは無言で端末を机に置く。
とにかく見ろ、と顎で示すリュウに従い画面をのぞき込むと、そこには彼の見慣れた人物が映されていた。
横から覗き込んだ熊井が、あ、と声を上げる。
「巨大折り紙!」
人物の横に映された構造物を眺め、こんなに大きいのもできるんだ、と熊井は目を輝かせる。
その言葉に堀田は眉を寄せた。
二人の様子を不機嫌そうに眺めながら、リュウは口を開く。
「科学部が気にくわないついでに「デンゴロウ先生」ってやつも気に食わなくって、顔でも拝んでやろうかって思ったらさ」
こんなのでてくるんだもん、とリュウは端末を見下ろす。
デンゴロウ・・と聞き覚えのある単語を復唱して、やっと意味が分かったのか熊井が端末と堀田を見比べた。
「・・・この人がデンゴロウ先生?」
何も答えない堀田に、リュウの頬が吊り上がる。
「いや~ホント、オレも驚いたよな~
勉強に役立つってだけじゃなくって、巨大折り紙とデンゴロウ先生もまさか、結局は同じものだったなんてな~」
バツの悪そうな顔で黙り込んだ堀田に、リュウはわざと馴れ馴れしい言葉をかけ、悪い笑みを浮かべる。
そのまま実験台に手をつき、堀田の顔を覗き込むようにして彼に迫った。
「で、本題なんだけどさ、やっぱ同じ部活は二つも必要ないよな?堀田くんよぉ?」
ニシシと笑うリュウを見ろし、熊井の背中に冷や汗が伝う。
(や、やっぱり殴り込みしに来たんじゃないか~~?!)
週が明け、部活勧誘の期限となった水曜日の放課後、クレハは書類に目を通して満足げに笑った。
「文化部の最底辺がキレイに片付いたな」
そう言って彼女が見下ろす先には、五人分の入部届と、科学部と折り紙部の合併申請書が並べられていた。
合併申請書を裏返すと、活動内容を記載する欄には几帳面な字でこう記されている。
『折り紙部と科学部が合併した図形科学部は、折り紙を用いた脳トレと集中力向上による学習支援に加え、
科学部が用いてきた大規模な装置と本格的な素材を活用した剛体折り紙や等身大折り紙の作成にも挑戦。
科学、図形への関心を高めることで理系科目への意欲向上を図る―』
よく考えたもんだと感心するクレハとは反対に、コウタは唇を噛んだ。
「・・どっちもつぶれればよかったのに」
「いやぁん、コウタくんかっこいい~~アンナ惚れ直しちゃう!」
コウタの左隣から突如黄色い声が上がり、そのまま彼の腕には女子生徒が抱き着く。
避け損ねたコウタは肩をこわばらせ、助けてくれとクレハに目線を送った。
(部外者は立ち入り禁止って、会長からもお願いします)
声を抑えながらも必死に訴えるコウタを、クレハは不思議そうに見やる。
(なんだ?春までは会計を務めてくれていた同志ではないか)
「内緒話ですかぁ?クレハ先輩でも許しませんよぉ?」
ぷんぷん、と手ぶりも交えて声に出して怒るのは、先の年度替わりまで生徒会の会計を務めていた高校二年生・蛇神アンナである。
(同志って・・春までは、です。今は乾くんが)
そう言ってコウタが示す先では、アンナの後任として春から会計を務める一年生・乾アツシが無言でキーボードを弾いている。
任期中に、しかも入学したての一年生に役員が入れ替わるというのは決して望ましい事ではないものの、毎日この調子で絡んでくるアンナの代わりに無口で仕事が早い後輩が入ってくれて、コウタも内心ほっとしていたのだが・・。
(女のもめごとなら乾の兄にでも相談しろ)
会話の内容を察したアツシが、コウタに向かってこくりと頷く。
「コウタくん?」
クレハとコウタの間に割り込み、アンナが上目遣いでコウタに迫る。
「今回の合併もぉ例の戦略部が関わってるんですって」
だから何だと言わんばかりにコウタの顔が引きつる。
見かねたクレハが代わりに微笑み、口を開いた。
「また『独自の情報網』か?」
「そうなんですぅ!アンナちゃんえらいでしょ?」
小首をかしげるアンナに偉いぞと返すクレハを、コウタは恨めし気に見やる。
(あなたは女子に甘すぎです・・)
「コウタ」
突然の呼びかけに、まさか思っていたことが口に出たかとコウタは手を口にやる。
「戦略部を名乗る生徒、お前と同学年だろう?」
合併の書類に認可のサインを入れ、コウタに差し出す。
クレハの顔から笑みが消える。
「奴から目を離すな。わかったな?」
書類を受け取り、コウタは無言で頷いた。
***************************
「『両部まさかの合併!パクリ問題はどこへ?』だって」
号外を広げてタツノリが呼びかけると、ソファーに寝ころんだリュウが得意げに鼻を鳴らした。
「合併なんて、よく思いつきましたわね」
「まあ、部員の取り合いと廃部勧告の事も考えれば、合併が一番効果的なんだよな」
ホワイトボードに消されずに残された状況整理の表の右下をトントンと指で叩く。
「廃部寸前!」の文字の上をリュウの指が行き来する。
「部員の取り合いも、この欄に入るんだけどさ。
合併すれば取り合う必要もなくてまるっと解決だろ?
お互い目指してるところは一緒なわけだし、本人たちの話し合いもすんなり進んだよ」
でもやっぱりあれはパクリだよな、と不満げなリュウの隣でマリエはホワイトボードを眺める。
(それでも合併なんて、普通思いつきませんわ)
リュウの口から合併の話を聞いた時、そんな解決方法が許されるのかと思ってしまった。
縄跳び部の新歓のためにジャック放送を行った時も、戦略部の予算のために折り紙部をつぶそうと言った時もそうだ。
この金城土リュウという高校生は、目的のために必要なことであれば、普通じゃない手でも何でも使ってやり遂げてしまう人物なのかもしれない。
(ただの馬鹿かと思っていましたけど)
そんな失礼極まりない感想を抱かれているなどとは露知らず、何を思いついたのか、そうそう、とソファーから体を起こした。
「なんつーか、ちょっとした提案なんだけどさ」
珍しく自信なさげに言葉を濁したリュウに、二人はどうしたと目で先を促す。
「この感じで部活合併していったら、俺らに予算出せるくらいにはお金が浮くんじゃないかな~とか」
なんちゃって~とリュウは冗談めかして二人を伺う。
「リュウ・・」
「それは・・」
マリエは目を見開いて叫んだ。
「天才的ですわ!!」
また外道と言われるのではと身構えていたリュウは、一拍遅れてそうだろ!と胸を張る。
「相変わらずその辺りの悪知恵が働くよね」
「悪知恵じゃねぇし!」
冗談だよと笑うタツノリを軽く睨み付けてから、リュウはよし、とソファーからたちあがった。
「そう言うわけだから、オレはいい感じに廃部に怯えてる部活探してくるわ」
幽霊部員はいねが~と放送部幽霊部員が放送室を後にする。
矛盾していますわ、とマリエが小さく呟くのを見下ろし、タツノリは口を開く。
「随分と積極的なんだね」
含みのある言い方に、マリエはタツノリを見ずに返す。
「当然ですわ」
リュウとマリエの取引は「戦略部への入部」と引き換えに「タイガになんでも聞いてもらう権利」を譲る、というものだ。
戦略部ができなければそもそも成立しない、と言うのがマリエの考えだ。
「・・鷹座さんって律儀だよね」
「なにかおかしくって?」
「いや?でも、そんなに飛澤君に聞いてほしいお願いでもあるのかなって」
「っ!」
真っ赤になったマリエをタツノリは横目で見下ろす。
(やっぱりそう言うことか)
こんなにわかりやすいのになぜあの堅物縄跳び男は気づかないのか、と不思議に思っていると、マリエは咳ばらいを一つしてタツノリに話を向けた。
「あ、あなたこそ、随分協力的ですのね」
ツンと鼻をそっぽに向けて、マリエは目だけでタツノリを見上げる。
「戦略部には名前を貸しているだけなのでしょう?」
その言葉にああ、と笑うと、タツノリは目を細めた。
「だって、君たちが早く部活になって部室支給してもらわないと、いつまでたっても僕の城が君たちのたまり場になっちゃうでしょ?」
細められた目の奥の瞳が、笑わずにマリエを見下ろす。
「平穏な放送室が恋しいってだけ」
「・・・・私も統合できる部活を探して参りますわ」
逃げるように放送室を出ていくマリエをタツノリは笑顔で見送る。
「積極的でなにより」
やっとゆっくり読書ができる、と晴れ晴れした表情でタツノリはソファーに腰掛けた。
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