第2話

第2話



私立常新学園高等学校。


付属小学校から母体である大学まで一貫して「常に新しく」を教育方針として掲げる常新学園の高等部として都内某市に位置するこの私立高校は、名門と呼ばれる都内屈指の伝統校ながら、ここ数年の教育体制の変革によって、数十年に一度の大きな過渡期を迎えていた。

そして今日もまた一つ、今度は生徒主体の活動が学園の体制を大きく変えようとしている。


「以上が生徒会からの報告です」


手元の資料に目を落とすことなく言い切り、生徒会書記・猪狩コウタは教室を見渡した。

月に一度の定例会に集まった各クラスの委員長と各クラブ部長たちは、配布資料に落としていた目を上げる。


「今後、廃部の判断は活動報告に基づいて行われることとなります。

益々活発なクラブ活動をしていただきますよう、我々生徒会も期待しています」


何か質問のある方、とコウタが言い終わる前に気の抜けるような声が教室に響いた。


「はいはいは~い」

「・・・新聞部部長、鳴子ミチさん」


呼ばれたミチはひょこっと立ち上がると、興味津々と言った様子で目を輝かせる。




「活動報告のどのような部分に基づいて廃部決定をするんですか?」




そう言えばそこを聞いていないと主に部長たちがざわめく中、コウタはため息と共に口を開いた。


「あなた相手に説明などいらないでしょうに」


嬉しそうにニコニコしているミチに眉を寄せつつ、コウタは律儀に答える。


「昨年秋からのクラブ所属義務化は帰宅部を幽霊部員に変えただけで、本来の目的であるクラブおよび学内活動の活性化にはつながっていない」


「流石~あたしの進言そのまま覚えてるんだね~」

「・・・今回の決定もそういった意見を受けての決定ですので、学内活動の活発化に寄与しているかが重視される、というのは自明なのではないでしょうか」


それ以上は自分で考えろとでも言うようなコウタの言葉に、メガネの奥のミチの目が好奇心とは異なる色で光った。




「『学内活動の活発化』ね」




「・・なにか不満でも?」




いや~?と含みのある笑みを浮かべたまま、ミチは右手に持ったペンをくるくると回す。


「でも、部活動しなくっても学内活動は活発化できちゃうな~、なんちゃって?」


意図の見えない発言に教室内微かにざわめく中、教壇に立ったコウタだけは表情を変えずにミチを見据えている。

コウタが手で静粛を諭すと、教室に響いていたざわめきがスッと消えた。


「質問がお済みでしたらご着席願います」

「確かにかにかに。ありがとね~」


コウタのけん制にも動じることなく、最後まで自分のペースを崩さないままミチは席に着く。

他に質問はと一通り教室を見回して、コウタは開いていた資料を閉じた。


「それでは皆さんお集まりいただきありがとうございました。

定例会を終了します」


ガタガタと椅子を動かす音が一斉に鳴り響き、参加者たちはやっと終わったと各々教室や部活動に向かう。


「ちょっちごめんね~?」


混み合う出口をすり抜けるようにして、ミチは廊下へと出た。

校庭や昇降口を目指して階段へと向かう人の流れを避けて自分の教室へと足を向けると、放課後も半ばの廊下は人気がなく、傾きかけた太陽に照らされたミチの影だけが学年掲示板の上を這うように進んでいく。



『何か不満でも?』



コウタの頑なな顔を思い出して、ミチは零れそうになる笑みを飲みこんだ。

不満など一つもない。

彼らに言わなければならない不満など、何一つ。




廊下の奥からペタペタと足音が聞こえて、ミチはそちらへ目を向けた。

見知った顔が教室から立ち去ろうとしている所だった。


「ミチじゃん。定例会おっつー」


そう言って手を挙げた彼の耳元で、窓からの光を受けて安物のピアスが光る。

そのピアスと、人工的な金髪が反射する光が目に痛くて、ミチは肩をすくめるだけで挨拶を済ませて目を細めた。



「ありがと。ショウちゃんに、よろしく~」



すれ違いざまにミチはそれだけ言い残すと、足を止めることなく入れ替わりで教室へ入っていく。

声を掛けられた金髪の彼は、一瞬足を止めた後、ミチと入れ替わりで廊下へと出た。

かかとが踏みつぶされてスリッパのようになった上履きの残す音が、ペタリペタリと彼の後ろを引きずられるようにしてついていく。


足を止めず、彼はズボンのポケットから携帯端末を取り出した。




「チェックメイト。始めますか・・・・」




ミチの影が這ってきた学年掲示板の上を、今度は彼の影が逆向きに這って過ぎ去っていった。



*************************


委員長として出席していた定例会を終え、アスナは深呼吸をしてから放送室のドアノブに手を掛けた。


「タイガ、お菓子の用意はいい?」

「ばあちゃんに山ほどもらってきた」


同じく、部長として定例会に出席していたタイガが、駄菓子で膨らんだ袋を掲げる。


タイガの祖母が営む駄菓子屋は、先日リュウとタツノリがピロリチョコの掴み取り勝負をした、常新学園の生徒御用達の店である。

そしてなぜタイガがその駄菓子屋の菓子で膨らんだ袋を持っているかと言うと、今日はリュウが戦略部の部認可書類を提出する日だからである。

リュウから「明日は記念すべき戦略部創設の日だ!」と聞いていたため、先日のお礼も含めて二人で何かお祝いをしようと話していたのだ。


「お茶も持ってけって。水筒に」


袋と水筒を両手に下げて、タイガがアスナに向かって頷く。

アスナはもう一度深く息を吸いこむとドアノブを押し下げた。


「金城土くん、戦略部創設おめ」

「『リュウさまの素晴らしい戦略』案がいいに決まってんだろ!」

「いいえ!『マリエさまの素晴らしい財力』案の方が百倍いいですわ!」


扉を開いた瞬間に響き渡った大きな声に、アスナもタイガも思わず背筋が伸びる。

ホワイトボードの前では、リュウとマリエが「じゃあオレのは百万倍いいね!」「私のはその百億倍よろしくってよ?!」と歳に似合わない言い合いを繰り広げていた。

一人ソファーに座っているタツノリが、呆れた顔のまま手を挙げて二人を歓迎する。


「・・でとうって言う雰囲気でもないわね」

「そうだな」


その声にリュウとマリエはハッと入り口を振り向く。

気まずさを笑顔でごまかすアスナと軽く会釈するタイガを認め、リュウは「聞いてくれよ~」と二人に駆け寄った。

その間にマリエは顔を真っ赤にしてホワイトボードの後ろに隠れてしまう。


「戦略部の部認定はできないって言われたんだよ!」

「部活を新設してるような予算はないって、生徒会に却下されて」


そう補足しながらソファーを勧めるタツノリに礼を言って、アスナとタイガは腰を下ろす。


「クラブ所属義務化で学校側の予算がかさんでる、ってとこかしら」

「例の廃部の話が出るくらいだ。相当切羽詰まっているんだろう」


つまらないものだが、とタイガが差し出した菓子にリュウは歓声を上げる。

鞄から紙コップを取り出し人数分の茶を注いでいくタイガに、意外とこういうとこ気が利くのよね、とアスナは少し面白くない。

自分ならこういう時にコップがなくて恥ずかしい思いをするのに。


「部申請のタイミングが悪かったな」

「ま、そんなくらいで諦めるような戦略部じゃないけどな。

オレのすんばらすぃ戦略でちょちょいと解決よ」


そう言ってリュウはホワイトボードの上の「リュウさまの素晴らしい戦略」と書かれた部分を指し示す。


「ですから!あなたの中身のない戦略よりも私の財力の方が確実でしてよ!」


マリエがホワイトボードから顔を出してリュウの言葉に噛みつき、そのままリュウが振り返る前に再びホワイトボードの後ろに隠れてしまう。

リュウはホワイトボードに向かって舌を出して、タイガが注いだ茶をすすった。


「なあ、委員長はオレの案に賛成だよな?」

「え、ええ?わたし・・・?」


当たり前だよな、とアスナを見るリュウの向こうでは、ホワイトボードの影からマリエがすがるような目でアスナを見つめている。


(これは・・)


どちらを支持しても他方が認めない上に、明らかにどちらの案も廃案モノだ。

助けてくれとタツノリとタイガを見やるが、二人とも諦めろとでもいうように肩をすくめ目をそらす。


「(薄情者め・・・)

そうね。それより、私は金城土くんの「委員長」呼びを直してほしいかしら?」

「え?委員長って呼んじゃだめか?」

「できればやめてほしいわ」


上手い事話をそらせたかしら、と内心冷や汗をかきながらアスナは笑みを浮かべる。

う~~ん、とひとしきり考えてから、リュウはうんと頷いてアスナに向き直った。


「じゃあ、トラコな」

「と、とらこぉ?!」


声を裏返らせて叫ぶアスナの横でタイガが飲んでいた茶を吹き出す。


「だって委員長、名字「虎」だろ?」

「いや、虎じゃなくて竹虎、ね?」

「なんだよ、細かいな。どっちにしろトラコじゃねえか」

「金城土、お前なかなかいい趣味してるな」

「ほら!飛澤も気に入ったよな?」

「俺も今日から使わせてもらおう」


ワイワイと盛り上がるリュウとタイガの横で、タツノリは声には出さず爆笑している。

ホワイトボードの向こうでマリエがしゃがみこんで笑っているのもアスナにはしっかりと見えた。


「おっと、飛澤さん?発案者の許可なしにつかってもらっちゃ困るぜ?」

「そうだな。金城土、俺にも使わせてくれるか?」

「ちょっと?!まずは呼ばれる本人に許可を取りなさい!!」


トラコなんて認めないわよ?!とアスナがソファーを立った瞬間、コンコン、と控えめなノックの音が放送室に響いた。

立ち上がったアスナも、逃げる体制に入っていたリュウとタイガも、腹を抱えたままのタツノリとマリエも、皆が一斉にいぶかしげにドアを振り向く。


返事を求めるように、さっきよりは強めのノックの音が響く。

皆で顔を見合わせ、ドアに一番近かったリュウがそろそろと取っ手を回す。


廊下には気弱そうな男子生徒が怯えた表情で立っていた。


「あ、あの、えっと・・」


男子生徒が口ごもっているうちにリュウ以外の四人もぞろぞろと扉に集まり、五対一で心細くなったのか男子生徒の顔がみるみる強張っていく。

どうしよう、と五人で顔を見合わせていると、男子生徒は微かに聞き取れる声で言った。


「金城土リュウくん、ですよね・・?」


四人の視線が集まる中、リュウはこんなやつ知らないと目で答える。


「そうだけど・・・何のよ」


リュウが言い切る前に、男子生徒は勢いよく顔を上げるとリュウにすがり付いてかすれた声で訴えた。


「お願いします!

折り紙部が・・・折り紙部がこのままだと廃部になるんです!!」


*************************


コウタは定例会の資料を片手に生徒会室に戻った。

ノックをしてから扉を開ける。


先客がいた。


「猿飛会長」


呼ばれた生徒は書類から顔を上げ、お帰りと短く答えた。

男物の制服に身を包んでいるが、頭の後ろで束ねられた長い髪と凛と通る声が彼女の性別を主張する。



常新学園生徒会長。猿飛クレハだ。



「報告会は無事済んだか?」


書類に目を戻しつつ、クレハはコウタに報告を求める。


「はい」


カリカリと軽快な音と共に書類にサインを入れていくクレハに近づき、コウタは声を低くした。


「一部反対意見を言いたそうな生徒はいましたが」


手を止めず、クレハは眉を上げて先をうながす。


「鳴子ミチ、新聞部の」

「ああ。あいつか」


コウタが言い切るのを待たず、クレハは笑みを浮かべた。


「あいつはなかなかに素直で察しのいい奴だからな」

「会長」


思いがけず飛び出た強い口調に、コウタは自ら口を右手で塞いだ。


「大丈夫だ」


そう固くなるな、とクレハはコウタに目を向ける。


「かつての友のために大義を捨てるほど、私は馬鹿じゃあない」


コウタの目を見て安心しろと頬を上げると、クレハは次の書類に目を落とした。




「それにしても、最初に潰れるのは縄跳び部だと踏んでいたんだがな」




読みが外れたと残念がりながらも、クレハはどこか楽しげだ。


「例の放送ジャックの生徒が、なにやら一芝居打ったのだとか」

「あれは芝居じゃない。列記とした戦略だよ」


淡白に言い放ち、クレハは書類にサインを入れる。

クレハの手元を見下ろして、コウタは少し面白く無さげだ。


そんな彼の目には気づかず、クレハは先日の放送を思い返す。


(なかなか面白い奴が出て来たもんだ)


思わず零れそうになる笑みをぐっと飲みこむ。





「さて、最初はどこが潰れてくれるかな」




‐‐‐‐‐‐‐‐

第2話終了

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