第8話 開戦までに
部屋に眩しい朝日が差し込む。
それとともに俺の意識は覚醒し、ゆっくりと目を開ける。
まず最初に目に飛び込んで来たのは俺が泊まっている宿屋の天井だった。
そして、起き上がろうと体を起こすが違和感を感じる。
腕が引っ張られるというか、抱きつかれているというかそんな感覚だ。
「またか…」
俺は自分の上に掛けられている毛布をめくりそれを確認した。
そこには俺の腕に抱きつく少女の姿が目に映った。
「いつもいつも、入ってくるなと言ってるだろう、ヨカゲ」
ため息を吐きながらそう呟く。
そう、俺に抱きついて来ている少女はヨカゲだった。
寝ているのにも関わらずフードを被っており、そこから覗かせる可愛い顔は穏やかで毒気が抜かれてしまう。
仕方なく俺はヨカゲの体を揺すって呼びかける。
ヨカゲは寝ぼけたような目を開けてチラリと俺の顔を見る。
「マスター…まだ朝だよ〜」
そう言ってヨカゲは再び目を閉じる。
「いや、朝だから起きろよ」
俺はそう言ってヨカゲの頭を少し強めに叩く。
すると、「痛い」と言いながらヨカゲはようやく起きる。
「吸血鬼にこの時間帯は意外とキツイ」
ヨカゲはそう愚痴る。
どうやら、精神体にも種族というのがあるらしくヨカゲは吸血鬼だそうだ。
通常から紅いこの目は戦闘時などの興奮時により紅みの鮮度が増す。
「全く…。
そういえば吸血鬼って太陽が弱点って聞いたことがあるが大丈夫なのか?」
呆れてため息をついた時、ふと疑問に思い口に出していた。
「私はハーフヴァンパイア。
普通の吸血鬼と比べて能力などはほんの少し劣るけどその代わり太陽の光などの弱点は完全克服しているの…まぁ、夜型なのは遺伝的なもの…」
「なるほどな…」
俺はヨカゲの話を聞いて納得すると宿のベッドから出てとなりのベッドに寝ているアリミアを起こす。
そして、共有スペースに行き朝食を取る。
ワイバーン退治から一月…。
色々とあったものだ。
アリミア達との模擬戦、いろんな武具の作成、冒険という名の強者との戦い…。
その結果、分かったことは俺の魔力は下手をすれば魔剣などに込められた魔力いや、上位のドラゴン以上あるみたいでゴリ押しで他の魔物の鱗などの錬成ができるみたいだ。
因みに作れるようになった武具は剣や槍を除くと、鎧や鎚、棍、ブーメラン、鞭、小手、弓などである。
一つの武器に一日掛けるのも最近ではよくある話だ。
その合間に冒険や模擬戦などを行なっている。
そんなことを思い出しながら朝食を取り終え、今日のことを話し始める。
「カルゥ様、今日は鍛治をしても大丈夫ですよ。
私達はいつも通りに辺りの魔物でも狩ってきますから」
「分かった、アリミア達が強いことはよく分かってるが気をつけろよ」
そうして、アリミア達を見送ると俺は部屋に戻って持ち物の確認をする。
大丈夫だと確認すると俺は部屋を出る。
そして、宿屋の人に挨拶をしようとした時に違和感を感じた。
その俺の様子を見たのか宿屋のオーナーのおじさんが俺に話しかけてくる。
「お客様、先程申し忘れましたが本日より、しばらくの間臨時休業を取らせていただきます。
それでこちらはお客様の残り日数分の代金と謝礼金を含めたお題でございます」
「え、あ、はい」
そう言って俺はオーナーの方に言われるがままに布袋を受け取る。
そして、俺に考える暇も与えずにオーナーの方は言葉を続ける。
「申し訳ありませんが出来るだけ早くお荷物を纏めて頂けると助かります」
そう言ってオーナーはこの場を後にした。
その後、俺はアリミアの聖剣の能力のおかげで少ない荷物を手早く纏めると荷物を持って宿を出た。
「静かだな…」
それが外に出て一番に思ったことだった。
たしかに活気などがあるが普段と比べるとどこか静まっているようなそんなイメージだった。
俺はこの感覚を知っている。
そのまま、何だったかうまく思い出すことができずに俺は鍛治をしに店に向かうのだった。
「お前か…鍛冶場は空いてるから好きに使え」
いつも通りおっさんはそう言うが、普段とは違い忙しそうにしていた。
剣や槍を纏めており、一つ一つ入念にチェックしているようだ。
「そうだ、これはお前が作ったのか?」
おっさんはそう言っていくつかの武器を俺に見せる。
「あぁ、これは2日前のでこれは…」
俺は質問に答えるように一本の武器を思い出しながら語る。
途中で止められるまで俺は話に耽っていた。
「ふむ、二週間前から時間がかかってると思ってたが…」
「えっと、おっさん?
どうかしたのか」
やけに感慨深そうに一人で頷いているのを見て心配になる。
歳にしてはまだ早いボケでも始まったのかと心配になってしまう。
そんな、俺の心配をよそにおっさんは納得したように頷いて俺の方を向く。
「丁度いい機会だ。
坊主、そろそろ旅だったらどうだ?」
「え?
きゅ、急にどうして…」
「安心しろ、お前さんが邪魔な訳じゃない。
むしろ、お前さんの才能に対して俺が邪魔になってると懸念してるんだよ。
俺が見せられるものはもう無い…それにお前だったらもっと色んなものを見てきた方がいいさ」
俺は困惑してる中、おっさんは語る。
それに対して俺はふと、おっさんの武器が目に映る。
そして、気が付いた。
いや、気が付いてしまった。
もう既におっさんの技術を超えた仕上がりを作れるようになっていることに…。
「まぁ、いきなり言われても困るだろうし最後に一本…最高の仕上がりを作ってきな!」
おっさんに促されるままに俺は鍛冶場に入る。
よくよく考えてみたらいい機会かもしれない。
宿も臨時休業で宿無しになり、旅立ちには丁度良かったかもしれない。
俺は頭の整理が追い付くと共に気を引き締める。
「んじゃ、最後の一本で作りますか…」
今回、この構想を考えていた。
アリミアの仮契約している魔剣に変わるものを…。
実際、現状では仮契約の魔剣は一番弱いと言っても過言ではない。
それを解除してそれに変わる本契約をするための魔剣を作るのである。
「材料は…ワイバーン希少種が残ってたな…他は天黒鉱石、アダマンタイトとミスリル、少量の黒結晶くらいかな…」
天黒鉱石は純粋に固くヨカゲの槍の時も芯などに使えた。
魔力伝導率も悪くない。
そして、ワイバーン希少種の爪などは磨けばかなりの魔力伝導率と切れ味を誇れる。
黒結晶はこの中で最も魔力伝導率が高く脆いため、少し混ぜて剣の魔力伝導率を上げる方法が使える。
「よし、始めるか!」
**
鍛冶場から音が聞こえ始める。
どうやら、カルゥは何も気付かずに集中できてるようだ。
できれば、一刻も早くこの場所から離れて欲しいが悔いも残して欲しくはない。
「た、大変です!カルゥ様!」
「マスター!大変!」
そうして、普段通りに店番してると二人の聖剣、魔剣の少女が入ってくる。
彼女達は血相を変えて息を切らしながら店の中に入ってきた。
「あ、ルギンドおじさん。カルゥ様は?」
「今、最高の一本を作ってるみたいだから邪魔をしてやるな」
「それどころじゃ!…あれ、ルギンドおじさんは準備…しないんですか?」
やっぱり気づいてやがるか。まぁ、街では屋外では誰も喋らないようにしてるのにも関わらずどうやってとか疑問は残るが…まぁいい。
「俺はこの店を守んなきゃいけない。ここは…」
ここは俺が師匠から受け継いだ大事な店だ。
師匠が死んでからは質が落ちたがそれでも常連達は俺という人間を信頼していつも武器を使ってくれた。
本当は気づいていた。
俺に鍛治師は…いや、師匠達と同じ魔導鍛治師なんか向いてないなんてな。
俺がたとえ生き残ってもこの先、鍛治師としての人生はもうない。
そして、今更別の職を探すなんて無理だ。
「…でも、」
「嬢ちゃん達悪いな…もう決めちまったんだ。ここが俺の死に場所だってな」
彼女達は多分、納得いってはくれていないだろう。
特にアリミアの嬢ちゃんはまだ若い。
だが…
「そう、なら最後まで諦めないで」
ヨカゲの嬢ちゃんの方は貫禄がある。
まるで戦いを繰り返してきた戦士のような雰囲気さえ感じる。
「分かってるさ。開戦は明日…明日の早朝と共にお前らの主人を連れて逃げるなりしておけよ」
「ありがとうございます。マスターは私達が絶対お守り致します」
今まであまり矢面に立たなかったヨカゲの嬢ちゃんは丁寧な所作でそう言ってアリミアを連れて店の奥にあるリビングの方に行ってしまう。
「流石は魔槍の器と言ったところか…幼く見えてそれだけじゃ…ないみたいだな」
正直に言ってしまえば羨ましい。
魔具や聖具を生み出すことが出来るその力が…。
鍛治師として大成できるあの才能が…俺にはなかったあの力が…
「って言っても無駄な話か…」
後悔なんて今更だ。
せめて俺は真っ直ぐ鍛治師として…
抗うだけだ。
**
私は少しムカついていた。
何に…と言われれば困る。
実際これは自分の我儘だと分かっている。
「ヨカゲちゃん…見捨てるんですか?」
「…」
私の言葉にヨカゲちゃんは何も言わない。
彼女は自分の
「この状況を放っておくんですか?お世話になった人を見殺しにするんですか?」
私は心の内にある不満を吐き出す。
この戦争をどうにかすることは出来なくても逃すことだってできる筈だ。
本人が否定していてもそれが一番いい筈だ。
しかし次の言葉で私は否定できなくなってしまう。
「その言い方は卑怯。そして、その意見はあなたの都合だけの解釈じゃないの?アリミア」
「っっ!」
「確かに生きることこそに意味があることは否定しない。しかし、それは当人達の思い踏み躙ってる。貴方の我儘という理想論」
そうだ。
ヨカゲちゃんはいつもそうだった。
精神の中でも唯一私と歳が近いのにも関わらず奥に秘めた思いは気高く誇り高いものだった。
そう、だから分かっている。
分かってるつもりでいる。
「それでも!」
「その結果としてマスターを傷つけないと言える?」
「…」
私の反論を予想して次の言葉を紡がれる。
「でも、カルゥ様は大切な人をこれ以上…」
「確かにそう…でも、彼の…彼らのプライドを汚す結果を私は歩みたくない」
ヨカゲちゃんは真剣そのものだった。
私だって分かってるつもりだ。
でも、理解はできない。
命あってのこそだ。
「何で!何でそんなこと言うの!生きようと生かせようとして何が悪いの!何でそんな簡単に人の生死を割り切れるの…何で…知ってる存在の生死を…簡単に語れるの?」
私達精神体は元々生きていた…どこかの世界で生まれて生きていた存在だ。
その記憶は殆ど残ってはいない。
しかし、私の記憶の中には大切な存在が蹂躙されていく光景。
街の人々の死体の数々の中で私一人立っている光景。
大切なものを失うという事を私は知ってる。
「何で貴方はそんなに…そんなに心を殺せるの!」
私はそこまで言って気がつく。
ヨカゲちゃんは泣いていた。
「殺せないよ」
一言が嫌に響く。
「心なんか殺せないよ!怖いよ!悲しいよ!私は吸血鬼で多少の殺人だって耐性はある…でも、殺した後に後悔だってするよ覚悟が必要な時はあるよ!同じ形の存在を殺すというのは私だって怖いよ!大切なものを失えば悲しいよ!それでも!」
彼女の思いが聞こえてくる。
吐き出されるものは彼女が何者かを物語るような気さえした。
「私には…私に踏み躙れない思いってのがあるの!どんなに邪魔しても、どんなに壊しても…その思いには私は勝てなかった」
「…ヨカゲ…ちゃん」
何となく分かってしまった。
彼女は私とは違ったのだ。
この思いを抱えて生きてる私とは違った。
彼女はヨカゲちゃんはその想いに打ち勝とうとしたんだ。
どんなに怨まれようとも…どんなに視線晒されようとも彼女はその想いを理不尽にも踏み躙り砕き。
それでも彼女は恐らく…
「想いには勝てない…か」
「…ん。勝てない…これにはどう足掻いても」
分かってなかったのは私だったか。
なら、私たちのすることは
「カルゥ様が何で言おうと私はカルゥ様を生かす為に逃す」
「ん、私達は部外者だから」
私達はそう言ってようやく笑えるのだった。
歳が近いって理由だけで仲良くしてきた私達だが、その中身は全くの真逆。
多分彼女は私とは違って守ってきて…英雄とされた存在なのだろう。
私は違った。
力を持つ私が何も救えなかった。
「アリミア…私達の目的を履き違えちゃダメ」
「分かったよ。私はカルゥ様を守る剣」
**
俺ことカルゥは思わずあの二人の会話を聞いてしまった。
いや、もっと正確に言うならもっと前から聞いていた。
「…おっさん」
別に俺はおっさんの想いを踏み躙るつもりはない。
それでも思うことがないわけではない。
目を瞑り考える。
俺の最善は何だと
何度も問いかける。
簡単だ。
逃げることだ。
帝国相手に復讐したい思いはある。
しかし、その結果死んでしまえば親父達の思いを踏み躙ることになる。
そして、何度も考えて答えに行き着く。
「…まだ、早い」
その結論に俺は涙を流していた。
おっさんをこの街の人達を俺は見捨てるのだ。
いや、勝ってくれる筈だ。
おっさんとまた会える筈だ。
でも、帝国の戦力はまた一つどころか国を二つ三つ相手にしても平気なレベルだと聞いている。
会えないことは分かってる。
理想論だと分かってる。
分かってる!
あのちょっと面倒だが仕事には誠実な騎士も図書館の司書もホテルの支配人もみんなこの戦争で死ぬ。
全員、自分の意思を持ってこの街に残り戦おうとしている。
俺だけ何もしないで逃げる。
いや、俺だけではない。
外から来たもの達は全員、逃げているだろう。
それでも…そんな事を考えるたびに自分の逃げると言う選択に対して心奥底が叱責してくる。
その相反する思いの昂りが涙となって溢れてくる。
「くそぉ、くそぉ!何でだよ!俺は…俺は」
本当は気付いている。
俺の鍛治師としての技量はおっさんを超えていることに。
本当気づいている。
おっさんの作品はレベルが低いことも…。
そして、おっさんに才能がないことも…。
それでも
おっさんの作品は美しかった。
美品としてではない。
ありとあらゆる技術が使われて少しでもレベルの高いものにしようとしてるのが伺える。
そして、俺はある一本の剣に目がいく。
それを見た瞬間、俺は作りかけの剣を砕く。
「こんなんじゃ…ダメだ!おっさんに…最後におっさんの最高傑作を超える」
それはただの鋼の剣だった。
しかし、それは他とは違った。
性能も美しさも…
恐らくあれが本当に魂の宿った剣なのだろう。
「俺のやることはおっさん…あんたの積み上げた全てを継承することだ」
**
「行ったか」
カルゥ達3人は早朝となり行ってしまった。
涙を流して子供のように嗚咽を漏らしながら別れを告げるカルゥを忘れられない。
「これが…親の気持ちってやつか」
ふと思ってしまう。
もし、嫁さんがいて子供がいたら…そいつにも俺は鎚を握らせたのだろうか?
たらればであることは分かってる。
でも、最後だからこそ考えてしまう。
その時は…
「俺も逃げていた…のか?」
しかし、大切なものはこの場所だった。
だから俺は残った。
(おっさん!見てくれ!中々上手く出来たぜ!)
耳に残るずっと聞いてきた言葉。
気がつけば拳を握り唇を震わせ涙を出すのを堪えていた。
(おっさん、師匠ってどんな奴だったんだ?)
互いに鎚を握り互いに技術を高め合うあの日々。
この場所のどこに行ってもそんなものばかりだ。
一度、店をぶっ壊されたこともあったな。
「最後か…」
気がつけば俺は鍛冶場にいた。
大っ嫌いだった鍛冶場。
しかし、最近また好きになってる気がする。
また、高め合う日々を過ごして俺は昔を思い出していた。
「なぁ、お前の息子はお前、そっくりだよ。また、自分から鎚握るなんてな」
俺は鎚を持って笑ってしまう。
「…遅すぎるんだよ!嫌になっても続けて…何度も…何度も続けてもう嫌だって思ってた。でも、カルゥ…お前のおかげで俺は最後の最後になってまた鍛治師としてまたしっかりと打ちたいと思えた!」
そう言って俺は自分の傑作を取り出そうとする。
「…なんだこりゃ」
そこにあったのは俺の最高傑作とそれ以上の全く同じ材質で出来た剣。
そして、そこには
『この二つを打ち直せ!そして…』
あのバカは結局言葉が思いつかなかったのだろう。
途中までしか書いてない。
「生意気な野郎が!」
俺は鎚を握り、打ち直す。
最後の仕上げを…俺の全てを注ぎ込む。
そして、それが出来る頃には戦争は終わり街に帝国軍が侵略しに来ていた。
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