第18話 セミファイナル 土方歳三最後の突撃

 斎藤の座っている側を残し、座敷の途中から半分に割れたセットに乗ったまま、総司の姿が消えた。差し変わった座敷の半分では、新政府の要人にして、MTHK大物プロデューサー桂小五郎が、恋人の芸者幾松に膝枕をさせている。


「…と、いうわけで、ここは、新政府の放送担当プロデューサーである、桂先生にお願いするしかなかろうと考えました。このとおり、お願いいたします。」

「…そりゃ、確かにイゾーは、こちらで確保してます。 "さよならEDO時代"って番組で、"幕末の殺人鬼=岡田以蔵の公開処刑"というコーナーを企画してるのよ。その以蔵が、昔馴染みの殺人鬼仲間"新選組の吸血鬼=沖田総司"と涙の再会…ま、それも良いでしょう。けど、あんたね。新選組でしょ?私が誰か知ってるよね。桂小五郎ですよ。勤王の志士やってた頃はあんたらに迫害されてね。3ヶ月くらいかな、二条大橋の下で乞食に混ざって暮らしました。この幾松が夜な夜なお握りを届けてくれたんです。それはそれは愛情たっぷりのお握りなんですけどね。鳩が糞を落してきてね。トッピングですわ。けど、食わんとね。腹が減ってしかたがないんですよ。情けなくてね。涙ぽろぽろ流しながら食べました。ま、男はそういう挫折がないとね、大物にはなれんのでしょうね。……今、良い事を思い付きました。折角、幕末の2大人斬りが再会するんだ。戦ってもらいましょう。岡田以蔵と沖田総司の真剣勝負。これは良い。相手が死ぬまで勝負をしてもらって、勝った方は罪一等を減じて切腹ということでどうかな?これは視聴率とれますよ……いやあ、良い事を思い付かせてもらった。本当にありがとう…はっはっはっはっ……」


 と、笑いながら傍らの幾松の口を吸った。


「…斎藤さんでしたっけ。もう帰っていいですよ。」

「それとも、見ていかはります?」

「これ、幾松……」

「失礼仕る。」


 斎藤、去り際に抜打ち一閃。再び割れて離れ、照明がフェードアウトした座敷のあちら側で、柱が倒れ天井の落ちる音がした。斎藤が刀をきっちりと鞘に納め、腰から外して向き直ると、そこは総司の部屋に戻っている。


 総司、軽く咳き込む。


「と、いうことだ。まったく相手にならん…とんだ食わせ者だ!とにかく、イゾーが新政府の手にある事だけはわかったが……私の力不足だ。総司、すまん!」

「いいんですよ。……変だな。それもまたいいかなと、僕は思っているようです。イゾーと僕の対決か…見たい人がいるんでしょうねえ。ねえ。受けちゃいましょうか?」

「馬鹿なことを言うな。」

「馬鹿じゃないです。このまま逢えずに死んでゆくよりは、全然いいですよ。」


 総司は起き上がり、枕元の愛刀"菊一文字"を抜き払い眺めた。

 その眼に光が宿っている。


「ほら、イゾー君に逢えると分かっただけで、僕の身体中に、沸沸とエネルギーが満ちてきます。病魔に犯された細胞の一つ一つが力を取り戻してゆきます。不思議だな……僕は、イゾー君に斬られる為に元気になってゆく。ふふっ。」


 斎藤を残して、再び総司の姿が遠ざかって行く。斎藤に当たったスポットライト以外は全て闇に溶けた。


「快活な笑い声を上げる総司の横顔は、ほんのりと血の気も戻り、見ているだけで吸い込まれそうになるくらい奇麗でした。今までに見た総司の顔の中で一番美しく凄絶なまでの色気を感じました。それは散る寸前の花のそれのようにも思えて…見つめている自分の瞼が、まるで女のように濡れているのに気がつきました…。」


 斎藤のスポットがゆっくりと暗くなり、ジョンの癖のある声が聞こえて来た。


「という、斎藤一さん24才のお便りでした。リクエストは……どこにも書いてませんね……」


 中継への切り替えサインが出た。甚五郎はカメラから眼を離して一息つく。

 アシスタントの雛菊がマイクに向かって声を張り上げる。


「さあ、いよいよメインエベントが近づいて参りました。セミファイナルは函館に用意されています。函館の、釜次郎さ~ん!」


 函館の五稜郭が背景に浮かび上がった。イヤホンを耳に嵌め、マイクを構えながら、笑顔の榎本武揚が姿を見せた。


「こちら、函館の榎本釜次郎です。北海道共和国の総裁を勤めております……と言いましても、まあ、明日には、新政府軍に無条件降伏することが決まっております。その後は、明治帝国放送協会=MTHKの突撃レポーターとして、毎週木曜日朝のレギュラー番組"進めカマジロー・北のクニから"を担当いたします。本日は一足早く、お目見えいたしております。私がカマジロー、オランダ帰りのカマジローです。宜しくお願い致します。」


 巻きの指示が出されたのか、釜次郎は目線を演出助手らしき方向から戻すと、急に早口になった。少し離れた場所に、5メートルくらいの真っ赤な火柱が2本吹きあがると、西洋相撲の選手の如く、入場の音楽に乗って戦闘モードの土方歳三が登場した。激戦に疲れたのか、多くの仲間の死を目にしすぎた為か、幾分やつれて、死相すら浮かんでいるように見える。


「……ということで紹介いたしますのは、あの元新選組副長、わが共和国にありましては陸軍奉行並の役職を勤め、この函館戦争でも只一人、幕府軍に泡を吹かせてまいりました"戦場の鬼"喧嘩屋トシちゃん"こと、土方歳三!この孤高の武人の最後の突撃、戦死の瞬間を、これから、まさに生中継でお贈りいたします。さあ、あなたも歴史の証人になりましょう!……それでは、ここで突撃前の歳ちゃんに、今のお気持ちを語っていただきましょう。どうですか?どんなお気持ちですか。」


 あきらかに不機嫌そうな眼を、直前まで上司だったはずの榎本に向けた土方だったが、『総司が見ている』と思い直した。 『俺はサムライだ』と、心の中で繰り返す……


「どんな?……別に……早く済ませたいだけです。」

「済ませるって……死んでしまうわけですが、何か、心残りはありませんか?」

「そうだな。官軍の甲鉄艦を奪い損ねたことぐらいかな。あれが有れば、まだまだ戦えたはずだった。」

「その作戦といい、トシちゃんは常に最前線で戦って来ましたが…」

「正直に言えば、早いとこ戦場で華々しい最期を遂げたかった……という気持ちもあります。冥土で待ち合わせる約束をした人の為にも……」

「おおっと、トシちゃんは、このカマジローの問いに、意外な新事実を答えてくれました……では、今日は待ちに待った日なんですね?」

「そうです。だから……」

「だから?」

「この変節漢め!下らねえインタビューはいいかげんにやめねえか!」


 土方が堪忍袋の緒を切って抜刀した。

 榎本は、笑顔を振りまきながらも、かなりの速度でカメラ前へ退散する……


「アハハ、怒りの歳ちゃんでしたね。あっと、今スタートいたしました!待ち受ける新政府軍のスペンサー銃やガトリング・ガンの銃口に向かって、土方歳三、最後の突撃です!」


 目前に並ぶ二重三重の砲列……『派手にしたいからって俺1人に、やり過ぎなんだよ!』、心で叫びながら土方は走る……一斉砲火に目の前が白く煙った!凄まじいまでの銃声。全身に食い込む弾丸の衝撃を受けて土方の体は後方に吹っ飛ぶ……『せめて、あそこまで斬り込んで、視聴者に眼を剥かせてやる!』……2度3度と立ち上がり、そのたびに撃ち倒された……怒りとアドレナリンで痛みは感じないが全身がどんどん重くなる……『くそったれ』…


「打ち方やめ!」


 砲声が止んだ。

 ボロボロになった土方歳三が最期の力を振り絞って、ゆらりと立ち上がった。

 二歩、三歩と砲列に迫り、絶叫する…


「総司!!!」


 十字砲火が叫び声をかき消した。

 その弾丸を全身に残らず受け止め……

 新選組副長・土方歳三は、ばったりと前方に倒れると、二度と起き上がる事はなかった。


「たった今、土方歳三は、その35年の短い一生を終えました。トシちゃんの最後の彼の言葉、それは病床にある隊士の安否を気遣う言葉のように聞こえました……最後まで彼は新選組の副長であり続けたようです。流石、ジョニーズ事務所の兄貴分アイドルです……ではEDOのスタジオにお返しいたします。レポーターは榎本釜次郎、カマジローでした!」


 函館の情景が闇に沈む画面にカマジローの元気な声が反響した。


『さあ、いよいよメインエベントだ』


 甚五郎は中継の間、スタジオから隣の多目的大広間へと移動していた。

 広大な床の中央には四角く土盛がしてある。

 相撲興行の物より縦横それぞれ倍くらい大きく、丸い土俵は無い。

 周囲には桟敷から二階、三階席までぎっしりと

 EDO中から詰めかけた老若男女が今や遅しと待ち構えている。

 保温箱に熱燗を仕込んで売り子が客席を回っている。

 弁当箱を広げた家族がつながった沢庵を持ち上げてカラカラと笑い転げている。

 

『みんな何を見に来たのだろう……何を待っているのだろう?』


 甚五郎の胸に何かどす黒く重いものが沸き上がって来る。

 

『イゾーは、総司は何のために生き、そして死ぬんだろう……あの若さで。』


 その舞台がゆらりと歪んで見えた。


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