第15話 おっとうと呼ばれた男……半平太の罪と罰

 兜虫社中のバックに並んでいた十人の手風琴奏者が大仰な時代劇的音楽を奏で、セットが割れて左右に引っ込むと、土佐藩の吟味方の中庭になっている。刑吏が二人駆け寄って御白州の半平太を後ろ手に縛った。流用された(EDO時代屈指の人気ドラマ)大岡越前のセットの奉行の位置にいる男が、声を張った。


「土佐藩大監察、後藤象二郎である。無宿人岡田以蔵、面を上げい。調べによると、その方は土佐勤王党首領にして勤王の志士を騙る土佐藩浪士、武市半平太の手先となり、京・大阪において次々と殺人を犯した。

土佐藩下横目 井上佐一郎(いのうえ さいちろう)、

越後浪士 本間精一郎(ほんま せいいちろう)、

九条家家士 宇郷玄蕃(うごう げんば)、

幕府目明かし 猿の文吉(ましらのぶんきち)」

京都町奉行所与力 森孫六(もり まごろく)

同 大川原重蔵(おおかわら じゅうぞう)

同 渡辺金三郎(わたなべ きんさぶろう)

同 上田助之丞(うえだ すけのじょう)

儒学者 池内大学(いけうち だいがく)

千草家家士 賀川肇(かがわ はじめ)

……他、その数を知らず。相違無いか?」


 イゾーの方に顎をしゃくる。


「えーっと、両手・両足の指が3人分、くらいは、人を、斬りました。」

「この武市半平太の指図によって……だな。」

「はい!おっ父の指令で、斬りました。」

「お前は正直だな。」

「はい。」

「その正直者に聞きたい……武市半平太は以前、『土佐藩参政・吉田東洋の暗殺を指図した』と、お前に話した事があるか?」

「ヨシダトーヨーは、土佐の宇宙人の大ボスだったから、勤王党に退治させた、と聞きました。」

「そうか。…武市半平太、面を上げい。」


 武市が、真っ青に血の気の引いた顔を上げた。


「申し渡す。武市半平太に切腹を申し付ける。介錯人、首を斬る役目は、岡田以蔵に申し付ける。」

「はい!」


 真っすぐな声でイゾーが答える。


 白装束を着せられた武市の前に、三宝に載せられた脇差しが運ばれてきた。

 イゾーが肥前忠広を右上段に構え、武市の斜め後ろに立った。

 武市が細い声で囁く。


「…なあ、今がチャンスだ。逃げよう。お前なら囲みを破るのも訳はない。」

「おっ父はおらを殺そうとした……」

「あれは何かの間違いだ。なあ、イゾー…」

「おらが、おっ父を殺そうとしたら、…どうだろう?」

「違う!それは違うんだ!お前が死んでも代わりが居ない訳ではない。だが、俺が死んだらどうなる!明治新政府には薩摩と長州しか残らんぞ!俺の命は俺だけのものでは無い。日本の未来の為に無くてはならない人間なのだ。なあ、頼むイゾー!助けてくれ…俺は、お前の」

「テンチュー!!!」


 武市の首が血煙を吹きながら、くるくると綺麗に回転して宙に飛ぶ。

 イゾーの刀がもう一閃すると、それは断面を曝して魚の開きの様に地に落ちた。


 人は死ぬと、動かなくなると、

 どんな野心を持っていても、どんなに貪欲でも、どんなに嘘が上手くても…

 ただの肉塊に、物体になってしまう。

 おらが愛していた、憎んでいたおっとうは、もういなくなった。

 イゾーの右目は泣いていなかったが、

 左目からは何か透明な物が流れ出た。

 頬は、その温度を感じていた。


 後藤象二郎が立ち上がる。


「見事な腕だ、岡田以蔵。お前は半平太のような武士では無く、無宿人ゆえ、斬首のうえ獄門に処せられる……ただし、新政府の方から、岡田以蔵の処刑をEDO時代に別れを告げるアトラクションの中で行いたいとの依頼が来ている。刑の執行は追って沙汰のあるまで延期する……以上で裁きを終わる。一同立ちませい!」


 イゾーは刑吏に促され、スタジオ奥に下がってゆく舞台を追うように姿を消した。あの子の次の出番はもうクライマックスか……と、甚五郎は何だかドラマが終わってゆくのが惜しい様な気持ちになった。レンズの向こうのあの子を、もっとずっと見ていたい……そんな気持ちになった。

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