第12話 龍馬の死~新選組vs岡田イゾー
速度を合わせた照明の溶暗で拷問部屋がすっかり暗くなっても、総司は動かなかった。
演出助手のお篠がそっと声を掛けるのがファインダーを外した眼に入る。甚五郎は傍らのお七と視線を合わせた。
『奴さん持つのかな……』
『さあ……』
場面は切り替わっている。
武市が好む尺八の癒し音楽が流れる部屋で、イゾーが布団にくるまっている。
武市が布団をめくって濡れ手ぬぐいを額にのせてやると、イゾーが間髪を入れずに遠くへ放った。黙ってそれを拾い、イゾーの布団をめくる武市……それを3度繰り返してイゾーが布団を翻して立った。
「寒い!寒いよ…!」
イゾーの切ないほど真剣な視線を武市が受け止め、二人は睨み合う形になった。
「本当のことを言おう。お前に嘘をついた。お前は人を斬ってきた。宇宙人じゃない。すまん、この通りだ。」
武市が土下座したのを見て、イゾーは布団を被る。
「お前を人斬りにしたのは訳がある。時代が変わる。掃除も必要だが、しようというものがいなかった。…これで時代は変わる。お前のお陰だ。お前が時代を変える。この国に住む人を幸せにするために…。」
ゆっくり布団を剥ぐとイゾーは座り込んで泣いていた。
武市の大きな手がそっとイゾーの頭を撫でる。
「さあ、もう斬らなくてもいいよ。これが最後の人斬りだ。明日、一緒にあの丘に帰ろう。あの田舎道を逆にたどって……さあ、ここに刀がある。これで全てが終わる。イゾー……頑張ったな。よくやった……」
イゾーの小さな手が備前長船をとって、夢遊病者のように立ち上がった。
「……終わりだ…終わったんだね……」
襖も開け放ったまま幽霊のようなイゾーが去ってゆく。
ニッコリ笑って見送る半平太を左右から伸びた腕が捕まえた。
「土佐藩浪士・武市半平太、家老・吉田東洋暗殺の罪により逮捕する。」
「……なんだとお!!」
すっぱりと暗転した。
見る見る姿を変える嵐の中の雲のような形の照明効果が背景幕に映し出される。メリケンから輸入されたMTHKの誇る最新機器だ。回り灯篭の原理を応用した昔ながらの回転効果灯では、どう組み合わせてもこうは出来ない。悔しいが次の場面にはよく合っている……と甚五郎は思った。
様々に色を変える背景幕の前に浪士らしき姿の黒いシルエットが立った。
ベールの如く空間を満たす霧雨の中で
誰かを待っているように……彼は何を待っていたのか?
来るべき時代……日本の夜明けか?
傘をさしたイゾーが渦に吸い寄せられる笹の葉のように近づいて来る。
ふわっと傘が手を離れてシルエットの方に傾いた。
影の男の手が掴まえた、と見えた瞬間
傘は二つの半円となって足元に転がっていた。
視界にオーバーラップする真っ赤な色彩の向こうに
刀を抜き放ったイゾーの姿があるのを
"世界の"坂本は見た。
「……イゾー…おまんが、来たか……」
「坂本…さん……?」
イゾーの体がわななく。
「なんじゃ…知らんときよったんか。えらい能天気なやつぜよ…。わしんボスのグラバーが”大政奉還はいけん、幕府と薩長に戦争させて儲けるんじゃ”ゆうちょったから、いずれは誰か斬りに来る思うちょったが……そうか、おまんが来たか。ええ、ええ、おまんなら文句はないきに……いたたた…相変わらずええ腕しちょる。脳天から真っ二つじゃ。即死でも文句の無いところじゃが……こんドラマの作者は悪魔のような奴じゃ、喋らんと死なしても、もらえんぜよ……」
竜馬は路上にどっかと座り直した。
「気が狂いそうに痛いぜよ……まあ、おまんも座れ。立ち話も何じゃきに。」
竜馬の正面にイゾーが座ると、竜馬は突然、手を取った。
「イゾー!頼むぜよ。おまんは生きちょくれ……おまんに死なれちゃ、困るきに…わしはな、ゆうべ次ん帝に会うて来たんじゃ。帝に頼んできたんじゃ…新時代に、明治の世になったらこれだけは頼むちゅうて、ちゃんとしてくれんかったら、岡田以蔵が帝の首で蹴鞠がしたい言うちょった!…ゆうて脅かしたぜよ。生き物を殺したら畜生道に堕ちるゆうて、1300年も庶民を脅かした仏教を何とかしてくれ!日本をカムイの道に戻してくれい…そん為には、帝直々、四つ足ん肉も食うてくだされ、士農工商なんちゃ身分制は、とっとと止めて、長吏貧人にも解放令を出しちもらう……約束したんじゃ。じゃが、イゾー!おまんが、おまんが居らんようになったら…どないにごまかされても、ええ加減なことされても、打つ手はないんじゃ、……あれでなかなか食えん餓鬼なんじゃ、約束守ったふりして平気で逆の事しよるじゃろ…。おまんが生きておってくれて初めて、この竜馬の、命懸けの偉業が、歴史に残るぜよ。なあ……脳みそ出ちょるきに、こんなもん手に取って見たのはわしくらいぜよ。…ほんまに痛いき。もう…ええかのお?そうじゃ、おりょうのことを忘れちょった…おりょうは、おまんに…………あ。もういかんぜよ……ビートルズが…レクイエムうとうちょ……」
竜馬、ゆらりと地面に伏した。
イゾー、恐る恐る竜馬をつっつく。
動かない。
背中のネジを巻いてみる。
片手がジジジジ…と動きかけたがパタリと落ちる。
イゾーの眼から涙が迸り、竜馬の死体を濡らして行く。
顔が壊れ、突っ伏して大声で泣き出した。
「ああ~…」
気配が背後で動いた……イゾーを取り囲む。
一瞬、頭が白熱するほど嫌だと思った。
このまま泣いてもいられないの?
顔を上げると涙越しに新選組の斎藤、土方、近藤の姿が見えた。
「どうしたの?」
「駄目よ!みんな、この可愛い顔に騙されちゃ駄目よ!」
「え?」
近藤の声が僅かに震えている。
土方が斉藤に視線を送った。
「行け、斎藤…。」
「土方さん……、一緒に行きますか?」
「いや、子供相手に2人掛りとは大人げない。」
「この、馬鹿1、馬鹿2!何言ってんの!相手は岡田以蔵なのよ!」
いずれ劣らぬ裂帛の剣気が三筋、同時に頭上から襲った。イゾーの身体が感情から切り離されて綺麗に回転する。同地点に向かって振り下ろされた三本の刀は、それぞれ軌道を外されて、見事な正三角形を描く。その真ん中にイゾーが立って、倒れた三人のうめき声を聞きながら峰打ちの刃を返し、長船を鞘に収めた。
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