第11話 三味が泣いている~歳三の熱情
「おりょー!!」
スタジオに坂本竜馬の大声が響いた。
音声調整卓で耳当てを当てて聴いていた音声の松っちゃんが声にならぬうめきをもらす。音効の辰っちゃんが顔だけで大笑いしている。"世界の坂本"は何もかも凡人とはスケールが違うと甚五郎は感心しながらカメラの照準に目を戻した。
ジョンの声とともに、その姿がスポットに浮かび上がってくる。
指定通りピントをゆっくりめに送り、ぼやけた像から、毛穴が見えるくらいのアップでくっきりと映し出す。顔を伏せていたジョンが甚五郎のカメラをにらみ返すように眼を見開く。
「それでは、京都の坂本竜馬さんのリクエストです。"三味が泣いている"…」
両の まぶた 閉じりゃ 今でも
あの娘の三味が 聞こえる
涙 流れ 頬を 濡らす
あの娘の三味も 泣いてる
若い二人の 奇麗な恋を
移る 時世が 裂いた
観音様で 来世を誓い
右と左に 別れた まま
歌のバックで無声映画のコメディ映画のようにコントが繰り広げられた。おりょうを救いに新選組の屯所に殴り込もうとする坂本を必死で止める武市という場面。
竜馬はついにを縛り上げられて泣き出す。次に武市は布団に隠れたイゾーを引きずり出そうとするが、イゾーは両腕を引っ張られながら、いやいやをして泣く。
武市、大いに困る……
両の まぶた 閉じりゃ いつでも
あの娘の三味が 聞こえる
風が 唄い 雲が 踊る
あの娘の三味が 泣いてる
(EDO著作権協会承認:ほの三十番)
ギターソロに移り、曲がフェードアウトしてゆく。
厳しい竹刀の音、くぐもった悲鳴……
だが、おりょーは蜻蛉模様の浴衣を着せられ座布団の上に正座して、お茶を啜っていた。縛り上げられ……ているのは沖田総司、いや、自分で菱縛りに縛ったものか?器用に自分の尻を竹刀で叩いている。
「さあ白状しろ!」
「誰が壬生狼なんかに……うっ!……ああ!」
すべて総司の一人芝居である。
おりょーが忍び足で入ってくる土方と近藤に気付き目礼をした。総司は気付かぬまま熱演を続けている。
「なんとしぶといおなごよ!」
「こ、これが……うちの……坂本様への……愛……いやあっ!」
「ふっふっふ……そのように申してもここはもう……」
土方が総司の肩を後からぽんと叩いた。振り返った総司の顔がとまどいから天使の笑顔へとモーフィングする。これにいつも誑かされるのだと思いながら土方は刀を抜いておりょーの喉元に突き付ける。
「女・・・どうあっても喋らぬというなら、この刃でその白魚のような指を一本づつ切り落としてやろうか?その気になるかも知れん。」
近藤が情景を想像したのか、気持ちが悪くなったようで、丸くなってえづき始める。総司が背中を撫でながら、涼しい顔で土方を見た。
「土方さん、無理ですよ。この人は竜馬の為なら笑って死んでゆける人です。うらやましいなあ…。坂本さんは人を殺した事が無いし、桂小五郎なんて人は刀を抜いた事も無いそうじゃないですか。僕らとは大違いだ。きっと、ああいう人たちが新政府の偉い人になるんでしょうね。ねえ、娘さん、その時になっても坂本さんはあんたみたいな身分のひとを相手にしてくれるでしょうか?どう思う?助けにも来ないしさ。」
おりょーは刃が喉に触れていることも感じないかのように茶を飲み終わると、澄んだ瞳を優しい拷問係に向けた。
「坂本様は…うちの太陽どす。どこにいたってうちに光の届かん事は有らしまへん。西洋の学問では夜空のお月はんも、あれはお日さんの光を受けて光ってはるて聞きました。たとえ、どんな暗い夜でも、あの人の姿が隠れてても、坂本様の光は…うちを照らしてます。」
「本当に、幸せな人なんだ…うらやましいな。」
「うち、幸せどす。ほんまに、怖いくらいに…」
「あー、やめよ!やめやめ!もうあんた帰んなさい。」
口元を拭いながら、近藤が牢の扉を開いた。おりょーが軽く会釈をして出ていった。
「あー馬鹿らしい。歳ちゃん、飲みに行こ!まったく…やってらんないわ。」
近藤が去っても土方は憮然とした顔で、立ちつづけていた。やおら総司の縄を解くと地面に叩き付ける。
「やる気あんのか、みんな!!!」
「土方さん…だって無駄ですよ。今の人は…」
「何が無駄だ…!じゃあ、お前が坂本を逃がしたのも、無駄だと思ったからか?」
「土方さん、もう、なんだかわからんのですよ。最近、勤王の志士を斬るより仲間の隊士を粛正する方が多いし…土方さんだって昔はそんな人じゃなかったじゃないですか。もっと、やさしい眼をしていた。今はなんだか…ワザとピリピリしているみたいだ。」
「近藤さんを悪者にしちゃあいかんからな。ああ見えて、この新選組のやったこと全ての責任を両の肩にがっしり受け止めている。凄い人なんだよ。」
「だからって土方さんは、"鬼の副長"と呼ばれて、バカみたいに厳しい隊規を作って、違反者を切腹させたり斬りまくって、一体何が楽しいんですか!そうして笑ってられるんですか!」
声を荒げた総司に向かって、土方は逆に静かな顔になった。
「総司、俺達はな、昔の侍とは違う。元の身分だってバラバラだ。おおむね、社会の底辺からやって来た。大名と家来とか、決まった主従関係、上下関係が隊の中にあるわけじゃない。だが、京都を守護する会津藩から、金をもらって治安維持をやっているプロだ。この新選組をプロの戦闘集団にしてゆくには仲良く楽しくはやってゆけぬのよ!振り返れば安楽な茶の間があるような状態で、誰が刃の下に飛び込んでゆける?俺達下賎の者が腐りきった今の武士どもに本当の武士道を教えてやるのさ!」
「どこに本当の武士がいるんですか?薩摩だって長州だって先頭きって攻めてくるのは農兵、やくざ者、奇兵隊なんかの諸隊=その他ですよ、エトセトラたちですよ。幕府だって、旗本は銃なんて持てるかって使えないんですよ!農民をかき集めてるんですよ!この時代に戦う根性があるのは俺達庶民だけですよ!300年えらそーにふんぞりかえってた武士たちじゃありませんよ!」
「だから、俺達が新しい武士になる、いや、もうなってるんだよ。近藤さんは京都の守護職、所司代にだって堂々と意見している。京の帝だって江戸の将軍慶喜公だって、近藤勇の名前を、新選組の事をご存知だ。元は日野の奴隷百姓の小せがれの名前をだよ!この先、若年寄にも、老中にも、幕府の大幹部になろうって勢いだ!凄いじゃないか!俺達は凄いことをしてるんだよ!徳川300年の身分制度を実力で変えちまったんだよ!」
今度は総司が妙に力の抜けた顔になった。
「幕府のお偉いさんたちが…自分の手を汚さないために、騙して使っている。金のためなら親兄弟でも平気で斬る…血に飢えた"人斬り狼"の群れ…私たちは・・・そう、言われてるんですよ。」
「何だと!総司、本気か!本気でそう思うのか!」
瞬時に詰め寄った土方の速度に総司はたじろいだ。斬り合いなら命が無い。ここが副長の本当の恐さだ。
「いや、そう言われてると…」
「もし、俺達が、言われる通りの"人斬り狼"でしかないと、総司!お前が、お前が言うのなら!俺はこの場で腹を斬る!総司!・・・介錯しろ!」
しまった・・・総司は唇をかんで即座に膝をつく。
「ごめんなさい…土方さん…言い過ぎました。」
「何だと!薄汚ねえ人斬り狼の首など斬れねえって言うのか!この首はお前に介錯してもらうだけの値打ちもねえって、そう言いたいのか!え、総司!!」
総司は土下座して土間に額を摩り付けた。
「この通りです。許してください!」
「聞こえねえな…俺は人斬り狼だ!人間の言葉は聞こえねえな!」
「…どうすればいいんですか…?違います…違うんですよ。ただ、私は、私自身が本当に…ただの人斬り狼になってしまったような気がして…」
「聞こえねえっていったろ!総司、三べん回ってワンと鳴いてみろ!」
総司は間髪おかずに従った。必要以上に可愛い声で鳴いてみる。
「お前は犬か!…舐めな。」
わらじを突きつけられ総司は丁寧に舌先で舐めた。
「……何でもします。私は土方さんを、尊敬してます。一目見た時から、ああ、この人だ、この人が本当の漢だって…惚れぬいてるんですよ!土方さんのために…私は毎日、人を斬ってるんですよお!」
「毎晩近藤に抱かれながらな…!」
神の速度で土方の唇が沖田の唇を捕らえる。舌が口を割り侵入して総司の舌を絡めとリ、痛いほど吸いあげる。一瞬の無限の時間が過ぎ、総司が眼を開くと土方の眼が真っ直ぐに見つめていた。
「土方さん…!」
「俺達は間違ってなんかねえ!そうでなけりゃ、俺のやってきたことはどうなるんだ!夜ごと、近藤さんに責められるお前のせつな声に、耳をふさぐ事もできず壁につけて聞いていた俺のこの気持ちはよお!大体、声が大きいんだよ!おめえはよお!手ぬぐい詰めるとか何とかあるだろうに、このタコ!」
総司の顔を足蹴にする。魂を抜かれた刺客は土間に転がった。ここまでのいきさつを柱の影で見守っていた斎藤が無表情に聞えない程の声でつぶやく。
「やれやれ、所詮は痴話げんかか。政(まつりごと)も惚れたはれたには勝てぬか。……犬も食わん。」
斎藤は気配を消したまま去った。
総司の眼が壊れている。
「すみません!近藤さんが・・・もっと大きな声を出せって」
「うるせえ!誰が寝屋のノロケ話をしろっていったよ!…お前、…隊に入った時、歓迎コンパの席で言っただろ?"僕、土方さんみたいな人がタイプです。"って言ったろ?」
「…はい…」
「初めての剣術の稽古の後で言ったろ?"僕、強くてクールで、人を斬った後でもニッコリ笑えるような人が好きです。"そういったろ!」
「言いました…。」
「俺はな、隠れて寝る間も惜しんで稽古をしたよ。人の何倍もな!クールって何だろうなって鏡とにらめっこしたよ。人を斬った後で笑顔も作ったよ…お前に言われた事だからな!何でもしてきたんだよ!、それを、それを人斬り狼たあ、総司!俺はなぁ…」
抜いた刀を突き付けられても総司はただ、泣き出しそうな顔の土方を見ていた。
「畜生!大好きなんだよお!」
土方の腕が、総司のあばらを折る勢いで抱きしめる。
求める心と同じくらい強く突き放し、牢外へ走り去った。
「土方さん…・。」
総司が激しくせき込んだ。かがみ込み血を吐き続ける。
暗い拷問部屋の床いっぱいに、総司の非情な運命がゆっくりと広がって行く。
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