第8話 人斬り新兵衛の最後

 スポットライトに浮かんだ半平太からカメラがパン(横移動)をすると提灯の明かりが見える。


 姉小路公知と田中新兵衛が御所から出てきた所だ。待ち伏せた刺客が飛び出し提灯を斬る。半分になった蝋燭の頭が堀の中へと弧を描き、新兵衛が舌打ちをして刀を構えた。


「刺客か!」


 闇に慣れぬ眼がうらめしい。瞬時に全身の感覚を研ぎ澄ました新兵衛は黒い風が傍らをすりぬけるのを感じた。


「何者じゃ!マロを姉小路公知と知っての…」


 しゃべりながら姉小路公知の身体が斜めにずれて行く、すでに斬られていた。あばらの断面を見せた上体が地面に転がる。下半身はゆっくりと崩れた。


「しもうた!」


 言うより早く新兵衛の足は地を蹴っていた。刺客の速さについて行くには場を踏んだおのれの判断の速さに賭けるしかない。待てば勝機はない、斬り込む。


 ぬ?この速さ……こんな刺客はただ一人しか知らぬ!


「待てぇ!この太刀筋、お前は…」


 刺客の刀は言葉が届く前に新兵衛を斬っていた。肋骨ごと肺に及ぶ深手を新兵衛は熱さとして感じた。刺客は姉小路の脇差しを抜いて新兵衛に近づく。心臓を貫く突きを間一髪さばいて腕を押さえ、新兵衛は懐から取り出した懐中電灯で、刺客の顔を照らした。


「イゾー…岡田以蔵だな。おいだ…田中新兵衛だ。」

「…!!」

「何だそりゃ、お公家さんの脇差しか…?下らん。武市の猿知恵か。おいが公家なんぞと刺し違えるわけがないぞ。おいならな…」


 新兵衛は無造作に自分の刀を腹に突き立てて一文字に斬った。


「新兵衛!」

「おいが姉小路を斬ったならな、切腹する…。この方が自然だ。船頭あがりの人斬りが、磔にもならずに腹を斬って死ねたら…本望というものよ。忠告しておこう。武市半平太とは手を切れ…ろくな事にはならんぞ。おいは、ずっと前に気がついとった。おいたちは只の人斬り包丁たい。斬って斬って斬りまくって刃こぼれしたなら、さっさと捨てられる。只の道具だ。…血まみれの人斬り包丁にすぎん。騙されて、利用されとる…だけだぞ……人を斬らねば……どこにも居場所が無い。」


 新兵衛の顔が真っ青になって動かなくなった。必死にふんばっていた足がゆらりとゆれて、新兵衛のたくましい身体が大地にぶつかった。


 赤い血がゆっくりと広がってゆく。


 イゾーは脇差しを投げ捨てて、走った。

 胸にたまった何かが破裂しそうで、ただ走った。


 イゾーが消え、やがて猿が辻には朝日が射し込み……わらわらと現れた新選組が現場検証を始めた。


「新兵衛が何でこんなことをするんでしょう?しかも、切腹するなんて…」


 首をひねった総司を土方が鼻で笑った。


「これは天狗面の仕業だ。」

「ええっ?!」

「新兵衛の傷は姉小路の脇差しの傷にしちゃあ大きすぎる。大体、脇差しに脂もついてねえ。しかも、この切り口の鮮やかさ。こんなに奇麗な傷がつけられるのは、あいつしかいねえだろ。あいつの人斬りが芸術の域だとすると、俺たちゃまだまだ、夜店の飴細工だな。ただ、もし俺たちの中で、あいつに勝てるとしたら…」

「斎藤さんですか?」


 聞くともなしに聞いていた近藤が口を開いた。


「馬鹿ね。総司ちゃんよ。」


 近藤の微笑にであって総司の顔が赤くなった。

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