第46話

 その日の深夜。


 ぐがー、ゴゴゴーという地響きのような看守のいびきで目が覚めてしまった。


 看守の仕事はどうしたんだとか、職務怠慢だろとか、もしかして睡眠時無呼吸症候群か? などと思いながら耳を塞いでなんとか寝ようと頑張っていると、こちらに近付いて来る複数の人の気配を感じた。


 気配察知系のスキルでも覚醒出来たのかと内心喜びながら、こちらに来るのをたぬき寝入りで待ち構えていると、物音一つ立てずに鉄格子の扉が開けられ、僕が寝ていると勘違いしているだろうから飛び起きてビックリさせてやろうと身構えて、タイミングを計っていたら顔を袋で覆われてしまい、体をロープで縛られ持ち上げられるとそのまま連れ去られてしまった。


 完全に起きるタイミングを逃してしまったのでそのままたぬき寝入りを続行した。


 ま、まぁ、これで誰の差し金で僕のことを誘拐しようとしているのか分かるし結果オーライだよ。本当だよ?


 誘拐犯たちに担がれながらしばらく揺さ振られていると馬車に乗せられたようで、なんとか外の状況を確認出来ないかと、第三の眼とか透視能力とか覚醒しないかなと、とにかく目に力を込めていると薄っすらと何かが見え始め、更に集中して力を込めるとハッキリと外の様子が見て取れるようになってしまった。


 自分の才能が恐ろしいね。


 まぁ、ひかりの加護のお陰だとは思うけど、まだ確定してはいないので今だけは自分の才能ということにしておいても良いだろう。


 馬車の中にはどう見ても隠密の者という感じの、布で顔を隠した黒服二人と執事っぽい強面のお爺さんが無言で馬車に揺られていた。


 どこを走っているのかと外を見ると、普段見るよりも少し離れたところにダンジョン塔が見え、街の中心部からかなり離れた位置を走っているようだった。


 しばらく馬車に揺られていると船着場のような場所に到着し、また体を持ち上げられて、いつか乗ってみたいと思っていたクジラの飛空挺に乗り換えて空島へと向かうみたいだ。


 クジラの飛空挺は貸切のようで、捕まってさえいなければ優雅な空の旅を満喫出来たことだろう。


 絶対キャシーさんたちと飛空挺デートすると心に誓った。


 優雅では無いが空の旅をそれなりに楽しみ、下に見える幻想的な街並みに見惚れていると複数ある空島の一つ、巨大な西洋風のお城がそびえ立つ島に到着すると、また黒服たちに持ち上げられてお城の中へと連れられて行った。


 お城の中はまさしく豪華絢爛といった具合いで豪奢なシャンデリアに高価そうな絵画や芸術品の数々、歩くのも憚られるレッドカーペット。


 ここまで来たら犯人像は大体分かったようなものだろう。


 暇を持て余したお姫様が勇者の情報を聞き付けて誘拐を指示し、捕らえた勇者を自分の愛玩具として好き勝手しちゃうとか、そういう感じの犯人だな。


 まさかとは思うが王子様という可能性もあるか……BLはお断りさせてもらおう。ただし王子様が男の娘だった場合は除く。


 そんな事を呑気に考えているとお城の奥へと連れられて、どう見ても拷問部屋のような場所に着くと、絶対に座りたくない大賞第一位な拷問用の椅子に繋がれてしまい、黒服たちが部屋から出て行ってしまった。


 正直もう逃げたいけど犯人の顔を見るまでは耐えようと、しばらく待っているとガチャッと扉が開かれ部屋に入って来たのは奴隷館で見かけたお姫様でした。


 僕の顔に被せた袋を取り外して丁寧に折り畳みテーブルに置くと優雅に挨拶をしてきた。


「こんばんは勇者様。わたくしの名はエリザベースト・バーントリート。以後お見知り置きを」


 絶対吸血鬼だろ!?


 いやいや、名前が似てるからって元の世界の人と何か関係がある訳でもあるまい……


 挨拶を返さないと何をされるのかわかったもんじゃないので挨拶し返す。


「こんばんはお姫様、奴隷館で会って以来ですね」


「奴隷館……? あそこで会った殿方はマスター様を除けば一人だけよ? どういうことかしら?」


 やばっ!? うっかり会ってること言っちゃったよ!


 なんとか誤魔化して……


「あなた、あの黒髪の少年なの? 確か八肝なせると言ったわね」


 なんで本名バレてるの!?


「えーっと……八肝なせる? とはどなたでしょうか?」


「今更誤魔化しても無駄ですわよ? 目が泳ぎ過ぎですわ」


 ぐふっ……このお姫様に嘘は通用しそうにないな……


「いつか機会があればご一緒したいと言いましたわよね? わたくしは御世辞というものが嫌いですの。したいと言えばそれは本当にしたいことですからマスター様にあなたのことを色々と聞きましたわ」


 ケルクラヴさん……帰ったら奥歯ガタガタ言わせてやる……!


「まさか勇者様と八肝様が同じ人物だったなんて、わたくしは運が良いようね」


「……それでお姫様は僕を誘拐してどうするおつもりですか?」


「ウフフ、今からすることをただ見ていれば分かりますわ」


 蠱惑的な笑みを浮かべておもむろにナイフを取り出すお姫様。


 拷問器具とか色々置いてあるのにそっちは使わないのかな?

 いや、使って欲しくは全然無いですけどね。


「あれは飾りよ? そもそも使い方が分かりませんもの」


「あ、そう、ですか……」


 拍子抜けもいいところだ。

 ちょっとだけビビってたのが馬鹿らしくなってくる。


 だけど、ちょっとした視線や仕草で何を考えているのか理解してしまうところを見るに、このお姫様はそういう世界で今まで生きて来たのであろう。

 それは僕には想像もつかない程のストレスになっていたに違いないんだろうけども、それでサイコパスになってしまうのも、まぁ、しょうがないこととは思うが、やっぱりやって良いこと悪いことがあるでしょうに……


 理解は出来るが同情はしてあげられないな。


「少しだけ首を切ります。安心してくださいね。殺しはしませんから……」


 ヒェッ!?

 やっぱり理解も出来ませんし、全然安心出来ません!


「うッ」


 首筋にナイフを当てスッと切られてしまい痛みで声が漏れ出た。


「では、いただきますわ」


 ナイフで切りつけた首筋に舌を這わせて吸い付かれると何か熱いものが身体中を駆け巡り、僕の息子さんが一気に臨戦態勢へと移行してしまった。


 お姫様の唾液には精力剤でも入っているのか?


 というか体が動かせないので息子さんがめちゃくちゃ切ない。

 拘束されていなければ今すぐにでもこのお姫様を襲いたい衝動に駆られる。


「んく……んく……ちゅぷ」


 お姫様も僕の血を吸いながら興奮してきたようで自分の股の方へ手をやると本当ならドレス越しで見えないはずの行為を僕は透視でガン見した。


 普段の僕なら見ないようにするところだが僕自身も興奮していてそんな配慮は欠片も出来そうに無かった。


 誘拐犯だし、一方的にやられているし、ちょっとぐらいは良いよね?



 しばらく吸血行為とその他諸々に付き合ってあげていると満足したのか手と口をハンカチで拭き取り、回復魔法で首の傷を癒してもらった。


「フフッ、あなたの血、存分に堪能いたしましたわ」


 本当にね……


 生殺し状態でこっちはどうにかなりそうですよ。


「あら? 何か突起物が……?」


 このエロ吸血鬼、自分の行為ばかりに気を取られて僕の変化に何も気付いていなかったな?


 というか突起物って何だよ?


 まさかそういうことは知っていても見るのは初めてとか、そもそも男を知らないのか?


「満足したらな、そろそろコレを外してくださると助かるのですが?」


「そ、そうね。いえ、やっぱりダメですわ! その突起物、何か武器などを隠し持っているのでしょう!? そうよ、そうに違いないわ! でも、本当にそうなら……か、確認させて貰いますわよ!」


 耳まで顔を赤くしているのでこの様子だと知ってはいるが見たことは無さそうだな。

 先程の行為の方がよっぽど恥ずかしいと思うけど、それ程恥ずかしがっていなかったから、このお姫様、かなり性知識が偏っているみたいだな。


「先に忠告しておきます。見たら最後、後には引けなくなりますよ」


 僕がそう忠告するとズボンへと伸ばしかけていた手をピタリと止めて、何か葛藤するような表情をして、こちらを見上げてきた。


「……見てしまったら、わたくしはどうなってしまうのでしょうか?」


「ご想像にお任せします」


 とびっきりの笑顔でそう答えてあげた。


「……わたくしがしたいと思ったのなら、例えどんな苦行に立たされようと、それを必ず成し遂げる覚悟がわたくしにはあります! 見させていただきますわ!」


 そういうカッコイイセリフはもっと別の場所で聞きたかったな……


 このお姫様には残念美人の称号をあげたいと思いました。


 ズボンに手を掛け一気に下げようとした瞬間、なんでもボックスで僕はお姫様ごとツキヨ村にあるシロネコ亭の自室へと移動させたのだった。

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