第44話

「んんっ! むーっ! ンーーーッ!?」


 暴れる彼女を無視して続けているとプシュッっという何かが吹き出す音と共に彼女の強張った体から力が抜けていくのを感じた。


 彼女の首に回していた手を離してやると、ふにゃふにゃとその場に崩れ落ち呆然自失という感じで天を仰ぎ見ている。


 我ながらえげつないディープなキスをしてしまったな。


 だが、まだまだダンジョンには人がいる。

 僕が薄い本で会得した殺し技108式を試すには絶好の機会だ。


「まだまだ、狂乱の宴は終わらねぇぜ!」



 それから何時間経っただろう。


 誉め殺し、射殺し、とどめに殺し文句を言い放ち、一人、また一人と、ダンジョン内に居る人達を皆殺しにしていき、昇天した者はダンジョンの外へとなんでもボックスを使って追い出していく。


 あ、射殺すっていうのは僕のキュートな目線で射殺すって意味だからね。


「さあ、次の無謀な挑戦者は誰かな?」


 ダンジョンに一歩でも入ると僕に昇天させられると騒ぎになっており、その様子を一目見ようと入口付近は人で溢れかえっていた。


「お前行ってみろよ?」

「嫌だよ、お前こそ行ってみろ。一歩入った瞬間に漏らすぜ?」


「私、ちょっとイッて来る!」

「バカ! こんな大勢の前でそんなことさせられる訳ないでしょ!」


「あの人どう見ても勇者様だよね? 勇者様って実はめちゃくちゃハレンチな人だったの?」

「何か事情があるに違いない。いや、ある! 絶対に何かがある! でなければ本当にただの変態だったということになってしまう……!」


「一歩だけ! 一歩だけだから! 一歩入れたら満足だから!」

「ダメよ! その一歩が取り返しのつかないことになってしまうのよ!」


 フッ……

 どうやら勇気ある者はもう居ないようだな。


「キャシーさん引っ張らないでください! 服が伸びちゃいます!」

「クロニャさん早く! 勇者様ですよ! 生勇者! こんな機会滅多にありませんよ!」

「キャシー、落ち着きなさい。勇者よりも八肝様を見つけるのが先ですよ」

「と言いながら背伸びまでしちゃってソフィーちゃんは可愛いです」


「おや?」


 喧騒から聞き慣れた声が聞こえたのでそちらに目を向けるとキャシーさんたちが人混みの合間を縫ってこちらに近づいて来るのが見えた。


 とりあえず間違ってダンジョンに入らないように注意しておかないとな。


「キャシーさーん! ダンジョン内には入らないでくださーい! 入ってしまうと性的な意味で殺さないといけなくなりますー!」


「ほえ? わ、わたし、今、ゆ、ゆゆゆ勇者様に呼ばれましたか!?」


「ずるいですわよキャシー! わたくしに内緒で勇者様と面識を持たれていたなんて! サインをお願いしても良いですわよね!? ねっ!?」


「あ、ソフィーさんも気を付けてくださいね! それとクロニャさんとシアさんも!」


「はうっ!?」


 ソフィーさんが身悶えて倒れちゃったぞ?

 まだダンジョンには入っていなかったはずなんだけどな?


「すみません勇者様、失礼を承知で聞きますが私たちはどこかでお会いになったことがありましたでしょうか?」


 シアさんが変なことを聞いてくる。

 あ、今は勇者の見た目だったか。

 そういえばこっちの体では初対面だったね。


 こんな大勢の前で本名バレは嫌なのでシアさんの近くまで寄って耳打ちしよう。


「少しお耳を拝借」


「な、何を?」


 シアさんの側までやってくると周りに居たギャラリーがキャーキャーと騒がしくなってしまったけど無視して続ける。


「驚いたり、大きな声を出さないでくださいね。こんな見た目をしていますが僕は八肝なせるですよ」


 さすがシアさん。

 驚いた表情も一瞬だけで、何もなかったかのように振舞ってくれる。


「それが本当だとして、何をなさっているのですか?」


「ダンジョンに居る人達を皆殺しにしています。もちろん性的な意味で」


「はぃ? な、何故そのようなことを?」


「話せば長くなるのですが、とりあえずダンジョンに居る人間は皆殺しにしろという呪いに掛かってます」


「……その呪いは解呪出来ないのですか?」


「解呪……その手があったか!」


 なんだ、解呪してしまえば一々ダンジョンに来る人たちを皆殺していく必要もなくなるじゃないか。


 皆殺しすることで頭がいっぱいでそんな簡単なことすら思い付かなかったよ。


「解呪ってどうすれば出来ますか?」


「《ブレイク・カース》」


「ぎゃん!?」


 シアさんの突然の呪文で全身に痺れたような感覚が襲った。


 先程までダンジョンに居る人間たちを皆殺しにしなくてはいけないということで頭がいっぱいだったのに、今はスッキリした気分だ。


「どうですか? 治りましたか?」


「ええ、頭がスッキリして良い感じです」


 気分が良いのでライダーの変身シーンっぽく波紋を自分の体に展開して服だけをなんでもボックスにしまう。


 僕が全裸になったことによって悲鳴のような黄色い歓声が街中に響いた。


「なっ!? なななにをしているのですか!?」


 さすがのシアさんでも突然全裸を目の当たりにしたらビックリしたみたいだ。


「ゆゆゆゆっ勇者様の勇者様がああああああ!? あうっ……」


 キャシーさんが僕のを見て気絶してしまった。

 興奮し過ぎて頭に血が登っちゃったかな?


「ハレンチです! ハレンチ! 勇者様ともあろう方が、チラッ、このような場所でチラッ、ぜ、全裸などと……チラッ」


 クロニャさんはチラチラと僕のを見てくるのでムッツリ確定です。


「勇者の勇者が勇者で勇者していた……ガクリッ……」


 ソフィーさんは何を言っているのか分からないけどきっと勇者が好きなのだろう。


「ふぅ、なんだか気分が良くて、今すごくエッチしたい気分なんですよね。今ならもれなくダンジョンに入ってきた人とエッチしたいと思います!」


 騒ぎになっている人たちにも聞こえるように声を張ってそう宣言する。


「ごめんなさい! えいっ!」


 ゴッ! という音と後頭部の痛みを感じた瞬間、世界が暗転した。


 ◇


「……ここは?」


 目を覚ますと知らない天井、首を横に向けると鉄格子、そこは牢屋でした。


「はっ? えっと……何していたんだっけ?」


 たしか、アイとダンジョンに行って呪いの首飾りを外して、宇宙ステーションに閉じ込められて、それから……?


「んん? それからどうしたんだっけ?」


 宇宙ステーションからの記憶が無いぞ?


「エスツーは覚えてる……アミニス、も覚えてる……でもその後は何にも覚えてない?」


 うおぉ……マジか……これが記憶喪失ってやつなのか……

 思い出そうとしても何にも思い出せそうにないぞ……


「というか何で牢屋に居るんだ? 何か悪いことでもしたのか?」


 起き上がり、辺りを見回すと石造りの頑丈そうな壁と小さな明り窓、簡易トイレ、洗面所、あとは鉄格子の扉が見える。


「記憶に無いけど僕は捕まったのか?」


 ここから逃げ出そうと思えば簡単に抜け出せるとは思うけど、それだと僕が何をして捕まったのかが分からないし、とりあえず看守を呼ぶか。


「すみませーん! どなたかいらっしゃいますか?」


「やっと起きたかニセ勇者」


「うおっ!?」


 こちらからは死角になっている場所から声が聞こえてきて、ちょっとビックリしちゃったよ……


 イスを動かす音が聞こえるとカツカツカツと靴を鳴らしながらこちらの方へ近付いてくる。

 顔が見える位置まで来ると、いかにもな筋肉ムキムキの看守さんでした。


「あの~、僕は一体何をしてしまったのでしょうか?」


「あっ? 何をしたかだって? 自分の胸に手を当ててよく考えるこったな」


「いえ、ちょっと記憶喪失になっているみたいで、本当に何をしたのか覚えていないんです。すみません……」


 看守さん、すごく呆れたような顔をしてるよ……


「いいか、てめぇは冒険者ギルド内で業務妨害、公然猥褻、勇者偽装罪、他にも色々あるが、それだけの罪を犯して、最悪死刑になるところだったが、然る方の恩情によって禁錮1年に減刑され、ここにブチ込まれたという訳だ。分かったか?」


「はぁ……?」


 うーん? 記憶が無いので実感がわかないけど、つまり犯罪を犯してしまって一年間の牢屋暮らしが確定してしまったということか?


「他に用がないならもう行くぞ。せいぜい反省するこったな。あぁ、一応言っておくが、ここじゃどんなに暴れても意味は無いからな? ここから逃げ出せた者は一人として居ないんだぜ?」


 そう言い終わるとドヤ顔で元の場所に戻っていくマッチョな看守さんなのでした。


 最後の一言はどう考えても逃げ出せるフラグなんだよなぁ……


「さて、どうしようかな……」


 禁錮1年はさすがに長いし、かといって逃げ出すとなると指名手配なんかされて街での活動が出来なくなるし……

 うーん、さっぱりわからん。


「とりあえず明日考えよう」


 ふかふかのベッドとは言い難いが寝心地は悪くないので横になり目を瞑る。


「そういえばアイたちはどうしているのかな? 僕が戻れたということはアイたちも戻れたと思いたいけど、まぁ、大丈夫だろ……ちょっと不安だけど」


 そんなことをしばらくぐるぐると考えていたらいつの間にか眠っていた。

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