第41話

 目覚めると知らない天井が見えました。


「ここは……?」


 ベッドから上体を起こして辺りを見回すと、SF映画に出てきそうな宇宙船の船室のような、近未来的な部屋に居ることが分かった。


「アイは……居ないのか?」


 部屋を見回したがアイが見当たらず、自分の体にくっ付いていたはずの半透明の管も見えなくなってしまっていた。


「まさか、僕が死んだ時に成仏しちゃった、とか……?」


 いや、いやいやいや、まさかそんな……?


「アイ、どこかに居るんだろ? 返事をしてくれ! 散歩か? 散歩だよな? ……はっ! そうか! 《ステータス》」


 ステータスで自分の名前を見ればアイが居るのかどうか、はっきり分かると咄嗟に思いついたのだが、発動した瞬間、嫌な予感がした。


 名前 八肝なせる


 そこにアイの名前は表示されなかった。


「そんな……嘘だろ……?」


 言い知れぬ恐怖と喪失感を感じて胸を強く押さえ、気が狂いそうになるのを何とか耐える。


「アイは幽霊なんだ、だから」


 そんなはずは無いと自分に言い聞かせながらアイを探そうと思い、ベッドから起き上がり部屋から出た。


 センサーで反応する自動ドアを潜って部屋の外へ出ると、やはり近未来的な通路になっていて、自分はコールドスリープでもしていたのではないのかと錯覚してきた。


「本当に、ここはどこなんだ?」


 間接照明で照らされた通路を道なりに進んで行くと、いかにもイベントフラグな大きな扉を見つけてしまった。


 あの扉の奥にアイが居てくれれば良いのだが。


「行ってみるしか無いよな……」


 意を決して扉の前へ立つと、扉は開かなかった。


 拍子抜けしたがとりあえず扉をノックしてみる。


「すみません。どなたかいらっしゃいませんか?」


 返事は無かった。


 スイッチなどを探してみたが、それらしき物は見つからず、扉の隙間に指を掛け無理矢理こじ開けようとするも1ミリも動かすことも出来ず、最後の手段で「《開けゴマ》」と叫んだらあっさりと扉が開いてしまった。


 解錠呪文として発動したのか解錠キーが「開けゴマ」だったのかは分からないが結果的に開いたので、それ以上は深く考えないことにした。



「あはは、マジか……」


 扉の奥にはクトゥルフ神話に出てきそうな、いかにもな異形のモンスターが大きな口から白い煙りを吐きながら、こちらに向かって飛び掛かって来るのが見えた。


 その場からダッシュで逃げ出そうとしたが、ミミズ千匹が蠢く粘液でトロトロの触手で足を捕まれ、そのまま為す術も無く無様に空中へ持ち上げられると、僕の全身を這うように触手が絡み付いて、何故か服だけが溶けてきたので、その瞬間、僕はすべてを察してしまった。


「こいつエロ触手かっ!?」


 先程から攻撃魔法を使おうとしているのだが、どうもこのエロ触手には魔法を封印するスキルか何かを持っているらしく、出会った瞬間に焼き払っておけば良かったと今更後悔した。


「ちょっ、やめて! お尻はダメ! 絶対ダメだからっ! 嫌だー! 助けてひかりー! いやあああああああっ!」


「私のなせるに何してんじゃコラーッ!」


 突然現れた美少女ロボ? にぶっ飛ばされたエロ触手が「ぴぎぃ!」っと見た目に反して可愛らしい声で悲鳴を上げて、僕の全身に絡み付いていた触手がしなしなと力が無くなり、そのすきに触手から抜け出して、服を溶かされ露になってしまった股間とお尻を手で隠しながら物陰へと逃げ込んだ。


「なせる大丈夫か!?」


「その声は、もしかしてアイか? 」


 幽霊だった時の見た目とは違い、銀髪おかっぱの碧眼美少女ロボになっていた。


 全体的に白っぽい近未来的な服? パワードスーツ? みたいな、レオタードを彷彿とさせる格好で、抱き着きたくなるような大胆に開けた生脚がすごく眩しい。


「フッフッフッ! なせるの知っているアイは死んだ! いや、元々は幽霊だから、この場合は生き返ったことになるのか? まぁいいか。そう! 今の私はガイノイドタイプAに魂を移植され新生したアイ。ガイノイドタイプAアイなのだ! なのだ、なのだー……」


 セルフエコーも搭載しているらしい。


「そ、そうか。とりあえず助かったよ。ありがとうなアイ」


「ちなみにこの体、子供も産めるみたいだぞ」


「お、おう」


 何か突っ込んで欲しそうな目をしているが無視して、エロ触手がどうなったか見てみるか。


「キュィィ……キュィィ……」


 力無く地べたに倒れ伏しているクトゥルフ系エロ触手クリーチャー。


「まだ生きてたか……」


「どうするなせる? 見た目が気持ち悪すぎるし燃やすか?」


「いや、殺されそうになった訳じゃ無いし、気持ち悪いからって燃やすのはどうかと……」


 貞操の危機ではあったけど、気持ちよかったし、元の世界では薄い本で大変お世話になっていた存在だし、このまま燃やしてしまうのはなんだかやるせない。


「ならどうするんだ? このまま何もしないと、またエッチな目に合うぞ」


 うーん、またお尻を狙われるのは御免被りたいが……どうしようかな?


 と、その時、不思議な考えが降りてきた。


 (わーい! たーのしー! すっごーい! 君は触手のフレンズなんだね!)


「はっ!? そうか! フレンズ化すれば良いんだよ!」


「なせるは何を言っているんだ?」


 魔法で美少女化出来る虹色の星をイメージしながら生成してクトゥルフ系エロ触手クリーチャーに押し当てると虹色に輝き出し、だんだんと人の形になって。


「おぉ、これは……!」


 触手成分多めのストレートロングなピンク髪のたわわな美少女が現れた。


「こんな卑猥物を作ってなせるはナニがしたいんだ?」


「いや、うん……僕もこんなにエロくなるなんて思ってもいなかったよ」


 とりあえず服を着せようと思いアイテムボックスから黒ジャージを取り出してアイに着せるように言うと、ちょっとだけ嫌な顔をしてから、何か諦めた様子でドスケベなフレンズにジャージを着させてあげた。


「こういう美少女の着替えの時って顔を背けるのが普通だけど、ちょっと僕の意思ではどうにも出来そうにないですね」


「普段の私なら今すぐぶん殴ってやるところだが、確かにこいつの裸体からは目を話すのは難しいな。ムラムラしてしょうがない」


「う、うーん?」


 目を覚ましたのか触手ちゃんがもぞもぞと身を捩らせ、その仕草を見てしまった僕は、鼻から何か温かいものが出ている感じがして触ってみると鼻血がドバドバ出ていることに気がつき、ヒールと浄化を無詠唱で使い鼻血を止めて血で汚れた体を清めた。


「ヤバイな。この子を連れ帰ると大量の死者を出すことになる」


「あ、あぁ、こいつはヤバイ。さっきから色々な液が体中から漏れ出て仕方ないぞ」


「あー、え? ここどこ? あなた達だれ?」


 起き上がった触手ちゃんはキョロキョロと辺りを見回し、僕とアイを見て不思議そうな顔をしている。


「えーっと、僕は八肝なせる、そっちはアイだ。君の名前を教えてくれるかな?」


「やきも? あいだ? 名前……?」


「もしかして記憶が無いとか?」


「記憶……うっ! あっ!? ワタシ、ワタシワ、対人形精魂収集生命体、S-22……?」


 おっと、これは世界の核心とかそういうアレかな?


 なんだか、めどくさそうなことになりそうなので話題を変えよう! そうしよう!


「よし! それじゃ今日から君のことはエスツーと呼ぶことにする。それじゃ行こうか!」


「エスツー……ワタシの名前……」


「なせる、どこへ行くんだ?」


「決まっているだろう。帰るんだよ」


 あれから何時間ぐらい経っているのか分からないが、きっとキャシーさん達が心配しているし、さっさと帰ろう。


「帰るのは分かったけど、その前に服を着た方が良いぞ? 私は今のままの方が好きだけどな」


「……あっち向いてて」


 顔から火が出そう。



 アイテムボックスから冒険者装備を一式取り出して着替えている最中に、天啓のような閃きを思い付いてアイテムボックスから更に、無くしてしまった認識阻害の指輪を取り出してみた。


「おぉー、やっぱりそうか! なんで今まで気付かなかったのかとクソダサ首飾りを付ける前の僕の頭を叩きたいね」


 紛失してしまった物も僕のアイテムボックスなら取り出せることに気が付いていればわざわざ装備を外すためだけに死ぬことも無かったじゃないか。


 まぁ、それだとエスツーには会えなかった訳だけどさ……


 とりあえず歩くドスケベジェノサイダーたるエスツーちゃんに認識阻害の指輪をはめさせよう。


「これは?」


「今日から君も僕たちのフレンズだからね! 記念のプレゼントさ!」


 そう言ってエスツーの左手をとって、薬指にはめると、エスツーの印象が薄くなり、先程よりはエロさが軽減された気がする。

 体に触れているとやっぱりエロイけど。


「おい、なせる。なんで左手の薬指にはめた。そういうことはまず私からだろ? それともなせるは私のことなんてキープしておくだけの、その程度の女だったということか? 永遠に愛してくれると言うのは嘘だったんだな……はぁ、悲しい、悲しいなぁ……悲しすぎて目からビームが出そうだ」


 ジュッ! という音が聞こえたと思ったら頬に鋭い痛みが襲った。


「ま、待て! 落ち着けアイ! 無意識だった! 無意識に左手に指輪をはめてしまったんだ! アイにもとびっきりの指輪をプレゼントするから、そのエネルギーをチャージするような音を止めてくれ!」


「そうか、とびっきりか、なら許してやる。シアたちならまだ許せるが、ぽっと出のやつになんかに先を越されるのは本当に許せないぞ! これからもなせるには色んな女が近寄って来るんだろうけど、一番最初は私だ! なせるの初めては全部私にくれなきゃ嫌だぞ!」


「あー、うん。アイに初めてをあげたいとは思うけど、アイ以上に苛烈な子が居るから、その子と居る時はそっちを優先しちゃうかも……」


「今、言うことではないな。とりあえず燃やす」


「熱い!?」


 頭をチリチリアフロにされました。



「で、どうやって帰るんだ? 幽霊の時に色々見て回ったけど出口っぽいものは見当たらなかったぞ。ちなみに散策途中でこの体を見つけて為にし取り憑いてみたらそのまま定着してしまった」


「お、おう。そうか、それは困ったな……」


 出口が無いとなると、さて、どうしたものか?


「出口、無いよ。ここはダンジョンで死んだ人間を収容して解体、ダンジョンのエネルギーとして再利用する場所、場所、違う? 隔離? 勇者封印?」


 久しぶりに勇者って単語を聞いた気がする。

 というか、勇者封印? 隔離? それってかなり不味い状況なんじゃ?


「勇者? あ、なせるのことか」


「なんでアイが知っているんだ? って魂融合してたからか」


「いや、本屋で子供が勇者の絵本を立ち読みしているのを横から覗いてたから知っているんだ。というかなせるの今の見た目、まんま勇者じゃないか」


「なん……だと……?」


 アイテムボックスから鏡を取り出して自分の顔を見てみると絶世の美少年、ともすれば美少女の勇者顔が映っていた。


「死んだ時に薬の効果が切れたのか……」


「私も目が覚めた時はビックリしたぞ。魂は一緒みたいだったからすぐに慣れたけどな」


「はぁ……まぁ、今はいいか」


 また勇者だなんだと騒ぎになることも無いし。


「ん? ちょっと待てよ? 僕が勇者の見た目に戻ったせいで今のこの状況なんじゃないのか?」


「なせるは89%の確率で勇者として認定され、何度もその体を解体したが即再生、だから隔離封印された。そしてワタシはなせるの見た目がすごく好み。エッチしたい」


「ちょっと難聴になりたい気分になったわ……勇者認定、解体、エッチしたい?」


 最後のはいいとして「殴るぞ」


 よくないとして、何度も解体って怖すぎるわ、意識無くて本当良かったわ。

 もし解体途中で目覚めていたら、考えただけで恐ろしい。


「つまり、ここからは絶対に出られないということか?」


「そう。だから私とエッチ――」


「壁をぶっ壊してみるか、私とこの淫乱ピンクを抱えて飛ぶぐらいなら出来るだろ?」


「いや、エスツーに触れていると魔法が使えなくなるみたいで」


「それなら大丈夫。封印スキルを使わなければいいだけ」


「そ、そうか」


 やっぱりそういうスキルだったか。


 この子と戦うことになったらちょっと怖いな……


「よし、じゃぁ壁をぶっ壊そう! なせる頼む」


「あ、そこはアイじゃないんだ」


「私の体はそこまで強くないぞ。ビームだってちょっと物を燃やす程度しか威力出ないしな」


 アイの体の謎はここを出てからじっくり調べてみるか。あと太もも揉みたい。


「じゃあ、壁を壊すからちょっと離れててね」


 二人を僕の後ろに下がらせて壁に向かって人差し指を向け、《ビーム》と念じると赤い光線が放たれて壁を溶かしていく。


 壁を四角く切り取るとそこは宇宙でした。


「え、えええええええ!?」


 空気が漏れて!?


「ん? 漏れてない……?」


 一瞬、空気が漏れてそのまま宇宙空間に放り出されるかと思いヒヤッとしたが大丈夫みたいだ。


「おい、なせる。あれってダンジョンの塔じゃないか?」


「え?」


 アイが指差す方向へ視線を向けるとそこには軌道エレベーターのように高くそびえ立つ塔の天辺が見えた。


 切り取った壁の近くへ慎重に進み、外を見てみると青く輝く星が目に入り、まさしく。


「地球は青かった……」


 無意識にそう呟いていた。

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