第38話

 人気の無い所までやって来ると、キャシーさんとクロニャさんから先程のビームについてあれこれ質問攻めにされてしまった。


 ひかりと夫婦になった影響だろうとは思うけど、はっきりとは分からないので自分には天才的な魔法の才能があったんだと大袈裟に喜んで誤魔化した。


「回復魔法や生活魔法なども同じ様に八肝さんが使うと威力が上がるのか確認してみたいですね」


「わたしも気になります! なせるさんならどんな魔法でも使いこなせそうです!」


 二人とも目をキラキラさせてこちらを見てくる。


「僕も、どんな魔法が使えるのか確認してみたいですけど、先程みたいに騒ぎになると困るので、あまり目立ちそうに無い魔法でお願いします」


 それにさっきのビームは一歩間違えれば人を殺していたかもしれないし……

 射線に誰も居なくて本当に良かった。


「そうですねぇ……では、アイテムボックスを試してみるのはどうでしょうか?」


 アイテムボックス!


「やりましょう!」


 異世界に来たら必須レベルの超便利魔法じゃないですか!


 ライベルマイトさんに借りたマジックバッグもすごく便利だったけど、やっぱり手ぶらの方が楽ちんで良いよね。


「アイテムボックスがどんな魔法かご存知なんですか?」


「ご存知もご存知! 見えない空間にアイテムを無限に入れられて、入れたアイテムを一覧で見れて、その上、時間経過もしない、超便利魔法ですよね?」


「えっと……そ、そうですね! その通りです! 何だったらもっと凄い機能もイメージ次第で思うがままですよ!」


 もっと凄い機能もイメージ次第だと!?


「え? そんな便利なまほムグッ!?」


「キャシーさんも一緒に練習しましょうね! ねっ?」


 クロニャさんがキャシーさんの口を手で塞いでキマシタワーが立ちそうな雰囲気だけど、今はアイテムボックスだ!


 どうやらこの世界の魔法はイメージ力で威力や効果が変わるみたいだな。

 ならばアイテムボックスではなく四次元ポケット的なものを想像すればそのようになるのだろうか?


 だとすると四次元ポケットより取り寄せバッグの方が使いやすいし、何だったら、なんでも入れられて、なんでも取り出せる金ぴかの英雄が使っていた宝物庫的なやつが良いな。


 とりあえずイメージは固まったので詠唱してみる。


「《アイテムボックス》」


 右手を掲げて詠唱し終わると前方の空間に虹色の渦が出現した。


「おぉ、成功したかな?」


 とりあえず豚肉の塊を入れてみて確認するか。


「ほいっと」


 虹色の渦に肉塊を放り投げると、音も無く吸い込まれて行った。


「ふむふむ」


 入れるのは問題なさそうだけど取り出すのはどうだろうか?

 あの渦に自分の手を突っ込むのはちょっとばかり勇気がいるな。


「まぁ、大丈夫だろ……」


 ごくりと唾を飲み込み、恐る恐る自分の左手を虹色の渦に突っ込んで行く。


 何の痛みも無いし渦に引っ張られる様子も無いので大丈夫なようだ。


「良し、っと……あぁ、そうだ。アイテム一覧はどうすれば見れるんだろ?」


 と思った瞬間、目の前にアイテムの一覧表が立体映像のように表示された。


「豚ロースブロック……やっぱり豚肉だったか」


 虹色の渦から豚ロースを取り出して異常が無いか確認し、どこにも問題は無さそうなので、また渦の中へと戻した。


 良し良し、アイテムボックスとしては十分に使えるみたいだな。


「凄い……! 本当にイメージしただけで出来るなんて……!」


「あれがなせるさんのアイテムボックスなんですか!? というか箱なんてどこにもないじゃないですか!? あんなの見たことないですよ!?」


 二人とも僕を見て、信じられないといった感じの表情で見てくるんだけど……


 あっ……これがあの、また俺、何かやっちゃいましたか? か……


「なぁ、なせる。私は記憶が無いから魔法についてもよく分かっていないんだが、なせるがしたことってのは普通じゃないんだよな? でも、失敗した……とか、やっちゃった……みたいな感情が伝わってくるんだが、何か不味いことでもしでかしてるのか?」


 赤の他人ならともかく、キャシーさんたちに変な目で見られるのは嫌なんだよ……


「心配しなくて大丈夫、ちょっと調子に乗りすぎただけだ」


 やっちゃったものはしょうがないし、この際だ、色々試してみるか。


 取り寄せバッグ的なイメージもしていたので、この四次元空間に入れていないものも取り出せるのか試してみよう。


「うーん、何が良いかな……?」


 たしか人も取り寄せられてたよな?


 ひかり……はやめておこう。約束を破ることになる。

 ということはクロニャたちもダメだな。


 呼んでも問題無さそうな人といえば……ライベルマイトさん?


 そう思った瞬間、何かが繋がった気配を感じた。


「ま、まぁ、大丈夫でしょ……ドラゴンだし……」


 連れてきたは良いものの戻せないとなると困ったことになるけどライベルマイトさんならひとっ飛びで戻れるでしょ。たぶん……


「し、失礼しま~す」


 恐る恐る虹色の渦に手を差し込んで行き、腕っぽいものを掴んだので優しく引いてみると、渦から赤茶色の紳士服とマントを身に纏った端正な顔立ちの青年が現れた。


「ははっ、やはり八肝君でしたか、突然手が現れたので思わず噛み付くところでしたよ」


 ライベルマイトさんに本気で噛み付かれていたら腕ごと持っていかれてたな……


「突然すみません、魔法の実験に付き合わせてしまって」


「ははっ、昔は召喚魔法なんかで呼び出されることがあったけど、まさか優しく手で引っ張られるとは、貴重な体験をさせてもらって嬉しく思うよ」


 良かったぁ……とりあえず怒っては居ないようだ。


「はっ!? えっ!? なんで人が!? ど、どどどどどーなっているんですか!?」


「人が……人が出て来て……え、夢? 白昼夢ってやつかな? 昨日はなせるさんの隣でぐっすり眠れたはずなのに……」


 二人とも目の前で起こった出来事にあたふたしているけど、僕も事情を知らなければ慌てふためいていたと思う。


「なせるは人も呼び出せるのか……なら私の記憶も呼び戻せたり?」


 どうだろうか? この魔法では記憶を呼び戻すのは難しいと思うけど、忘れたことを思いだす魔法はありそうだからそれなら出来そうだな。


「それで八肝君、この後、俺は何をすれば良いのかな?」


「あっ、えっと、妖刀を持って帰ってみてください。長距離でも戻ってくるのか実験してみましょう」


 正直何も考えていなかったけど、咄嗟に思いついたにしては良い実験が出来そうだ。


「妖刀を持ってこの渦に戻れば良いのかい?」


「はい。たぶんそれで戻れると思います」


「ははっ、了解した。ではまた何か面白い実験をする時は呼んでくれよ?」


 妖刀を持って虹色の渦へと消えていくライベルマイトさんを見送り、妖刀が渦を通って戻って来ないよう《カード》の時と同じように消せるのか《アイテムボックス》と唱えてみると、あっさり消せたので、発動させた魔法を消したい時はもう一度同じ呪文を言うと消せるということが分かった。


「この世界の魔法の事について、なんとなく分かってきたな」


「あ、あの、八肝さん。武器を持って行ってしまいましたけど良かったのですか?」


「大丈夫ですよ。元々はあの人の物でしたから。でもたぶん、戻ってきちゃうんじゃないかな……?」


「はぁ……? そうですか?」


 今はちんぷんかんぷんって感じだろうけど、クロニャさんたちにはそのうち慣れてもらうとして、僕なら出来て当たり前ぐらいの感覚になってもらうまでバンバン、チート能力使って行こう。


「はっ!? あれ? さっきの人は? やっぱり夢?」


 キャシーさんは現実逃避してたみたいだな。


「他にも色々実験してみたいので、キャシーさんとクロニャさんの知っている限りの魔法を教えて貰って良いでしょうか?」


「え、あ、はい! わたしじゃ使えない魔法はたくさんありますけど教えるだけならわたしでも出来そうです!」


「八肝さんに教えると、また驚かされそうで少し怖いですけどね……」


「あはは……」



 攻撃魔法は危ないので知識としてだけ覚えておいて、普段の生活に役立ちそうな魔法を中心に実験してみることにした。


「生活魔法だとリペアとかリフォームが使えると便利ですね。あとクリーニングやランドリーとか、ウォーターも威力を抑えれば飲み水には困りません。あとは……」


「クッキングが使えると料理する手間が省けますよ! わたしは使えませんでしたけど……」


「なるほど、ありがとうございます。色々試してみますね」



 ということで色々試してみた結果、必ずしも詠唱は必要ないという事がクッキングの魔法で判明した。


「詠唱する前に料理が出来上がるなんて……それにしても、この生姜焼きという料理は、すごく、おいひいですね!」


「モキュモキュ、モキュモキュ、あ、おかわりください」


「変なところに入るといけませんから食べ終わってから話してくださいね」


 アイテムボックスもとい、なんでもボックスからレジャーシートや食器類を取り出して、ちょっとしたピクニック気分の小休止を取っている。


「でも、なせるさんの魔法って本当にすごいですよね。料理が出来て洗濯、掃除も出来て……なせるさん! わたしのお嫁さんになってください!」


「ぶほっ!? 嫁!?」


「八肝さんがお嫁さんかぁ……うへへ、良いかも」


「なせるは私の嫁だぞ! 誰にも渡さん!」


 僕は一応、男なんだけど……


 いや、待てよ。

 出稼ぎは妻に任せて僕は専業主夫として家事を魔法でぱぱっと済ませて、日がな一日ぐうたら過ごすのも悪くはないな……


 うん、悪くない。悪くはないがひかりにドヤされてなんやかんやで狩りに行かされたりするのがオチだろうな。


 ぐうたら専業主夫の夢は一瞬にして絶たれた。


「ははは……食べ終わったら狩りの続きをしましょうか」



 汚れた食器類を無詠唱魔法で洗浄してみようとやってみたら案の定出来たのでそのままなんでもボックスに入れて元の場所へと戻した。


 どこから持って来ているのか分からないから次からは自分で手に入れたものを使うようにしよう。


「はぁ、やっぱり無詠唱魔法は良いですね。私も練習すれば出来るようになるのでしょうか?」


「たぶん。シアさんが無詠唱魔法を使っていましたからクロニャさんも出来るようになると思いますよ」


「むむむむっ……!」


 キャシーさんが一点集中して無詠唱魔法を使おうとしているんだろうけど、力み過ぎて顔が真っ赤になっている。


「ぷっはっ! 一滴も水が出ません! 無詠唱なんてどうやったら出来るんですか?」


「いやぁ、僕にもよく分かっていないのでシアさんに聞いた方が早いかと」


「ぐぬぬ、わたしも無詠唱魔法使いたいです!」


 キャシーさんの目の奥に火が灯ったように見えたので、いつか本当に出来ちゃうかもしれないな。



「おや、マイタケコケッコーが居ますね。ちょうど良いです。身体強化魔法の練習をしてみましょうか」


 指し示された方向へ視線を向けるとそこにはマイタケのような羽を生やした2メートルぐらいの巨大な鶏が草をついばんでいた。


「もはや小動物ではない……」


「あれでもまだまだ小さい部類のモンスターですよ? 上階にはもっと巨大なモンスターたちが待ち構えてますからね」


 マジか……


 ヤモリドンとかも大きかったし、この世界のモンスターは巨大なのが多いのかな?


「まずはキャシーさんからやってみましょう。ブーストで身体強化してみてください」


「了解です!《ブースト》」


 一瞬キャシーさんの体が光ったけど、強化されたのかな?


「どうですか? ちゃんと強化されてますか?」


「たぶんですけど、いつもより体が軽いような気がします」


 キャシーさんがぴょんぴょんとジャンプして体の調子を確認すると、腰に差していたナイフを抜き風の如く疾走して巨大鶏の首をあっさりと落とし、巨大鶏は煙となって消えて、お祝い事の時に見るような生の丸鶏だけがその場に残っていた。


「すっごーい! キャシーさんすっごーい!」


「えへへ、なんか出来る気がしてやってみたら本当に出来ちゃいました!」


「初めて使ったブーストであの動き……キャシーさんは身体強化系の魔法が得意のようですね。他にも身体強化魔法は色々あるので試して行きましょう!」


「はい!クロニャ先生!」


 丸鶏をなんでもボックスに回収して別の獲物を探している間に僕もブーストを試してみた。


「おぉ、いつもより体が軽い! 空でも飛べそうな勢いだ」


 そう思っておもいっきりジャンプしてみるとキャシーさんとクロニャさんが米粒ぐらいに見えるぐらいまで飛べてしまった。


「あっ、これは死ぬわ……」


 失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した

失敗したぼくは失敗


「ヤバイ! ヤバイヤバイ! 死んじゃう! 死んじゃう!」


 パラシュート無しでスカイダイビングなんて冗談にもほどがあるだろ!


 落ちたら死ぬ! 確実に死ぬ! 死んでも生き返ることは出来るはずだけど、このまま地面に叩きつけられたらめちゃくちゃ痛い!


「ヤダヤダヤダ! 死にたくない! 死にたくない! 死にたくないッ!」


 走馬灯が脳内で流れ出したのでいよいよ覚悟を決めなければならなくなってしまったようだ。


「あぁ……くそ……キャシーさんとクロニャさんになんて謝ればいいんだよ……」


 さっきまで楽しく会話していた人間が次の瞬間ぺちゃんこに潰れているなんてショッキング過ぎるだろ……

 一生物のトラウマになるぞ……


「考えろ! 考えろ! 考えろ! 目の前で潰れなければいい、このまま移動して他の人に見られないところまで!」


 と言っても、もうすぐ地面に激突する距離だ。

 移動したところで二人には見られてしまう。

 ならばどうするか……?


「飛べ! なせる! じゃなきゃ私まで痛い目に遭うだろうが!」


 ああああああああああああ!


「飛べよおおおおおおおおおおお!」



 ぐくうぅぅぅ……!


 目を瞑って体を丸めて歯を食いしばり衝撃に備えていたのに、なかなかその時が訪れなかった。


「……ん?」


「なせるさんが浮いてる……?」


「飛行魔法!?」


「ふぅ、どうやらペチャンコにならずに済んだみたいだな……幽霊だけど死ぬかと思った」


「あれ、生きてる? というか浮いてる!? え? え? 何事!?」


 気付くと宇宙飛行士みたいに空中遊泳していて、バランスが取れず手足をバタバタさせると、体から何かの力が抜けて地面に落っこち、顔面を強打した。


「うゔッ! 痛ぇ……」

「痛いぞなせる……」


「だ、大丈夫ですか!?」

「今、ヒールしますね!」


 クロニャさんのヒールで痛みが徐々に引いていく。


 回復呪文にも色々あるんだな。


「すみません、ブーストを試したら即死しそうなほど高くジャンプ出来ちゃいまして、慌てて飛べ、飛べ、っと念じたら、あのように浮けてました」


「そんな危ないことしてたんですか!?」


「……八肝さんは基礎魔術を覚えるまで魔法禁止です。今のままだと確実に死んじゃいます」


 うっ、クロニャさんの顔、めっちゃ怖い……


「分かりました……」


 凄い魔法が使えるからって調子に乗りすぎたな……


 反省……


「はぁ……今日はもう、戻りましょう。集中力が乱れていると危ないですから」


「はい……すみませんでした……」


「八肝さんは今日一日反省してください。一歩間違えればあなた以外も危険な目にあっていたかもしれないんですから」


「はい……ぐすっ、すみばせんでした……」


 なんだよ……涙が溢れてきて止まらないよ……


「ぶふっ。なんだ、なせる女の子に怒られて泣いてるのか?」


 うるさいやい! こちとら怒られ慣れてないんじゃい!


「な、泣いてもダメですよ! ちゃんと反省してくださいね!」


「クロニャさん、あまり強く言ってはダメですよ。なせるさんもちゃんと反省してくれますから、ね?」


「あ、いや……はい……すみませんでした。強く言い過ぎました」


「よしよし、良い子良い子」


 キャシーさんが僕とクロニャさんの頭をなでなでしてきて、お姉ちゃんが居たらきっとこんな感じなんだろうなと思って、キャシーさんの優しさで更に涙が溢れ出てきてしまった。

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